24.マジカル・ハイスイノジン

「ほ、ほんまにやるんか? セブンス」


「うん……これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない」


 依然として蝶は妖しげに空を舞い、その不気味なほど鮮やかな青い羽を閃かせている。おそらくチャンスは一度きり、まさに背水の陣。だがアカツキは優秀な魔法少女だ。私たちならきっとできる。アカツキの刀を握りしめ、その感触を確かめる。


「……しゃーないなぁ。ま、あのセブンスならどうにかしてくれるか。頼んだで」


 そう言ってアカツキは私の鎌を振りかざす。使い慣れない武器ではあるだろうが、敵の隙を作るためにはお互いの武器を交換するしかない。


術式コード焦熱フレイム!」


 アカツキが唱えると鎌が炎に包まれその刃が赤く熱されていく。しかし焦熱フレイムは炎を操る魔法ではない。自分が触れたものに魔力を流し込み、強いエネルギーをまとわせる。武器に使えばその破壊力を飛躍的に向上させ、敵に使えばその体を焼き焦がす。炎はアカツキが生み出しているのではなく、その強い魔力に反応して大気が自然発火しているのだ。

 アカツキは鎌を振り回し、周囲を焼き払いながら蝶へと向かっていく。それを迎え撃つように蝶は羽ばたき、見えない敵意の込められた風が吹き荒れる。風を刻みながらどうにかアカツキは進んでいくが、やはり直接敵の懐に飛び込むことは難しい。


「いくで、セブンス!」


 そう叫んだアカツキは体を大きく回転させながら、手にしていた鎌を蝶目掛けて放り投げた。同時に私も外海ダイブを発動し、あちら側へ潜る。これで全ての準備は整った。灼熱の炎をまといながら、私の鎌は手裏剣のように空を切り裂き、蝶へと飛んでいく。その勢いは蝶の放つ強風を受けても一向に弱まらない。接触を避けるために蝶はさらに上空へと羽ばたいていく。そう、今がまさにチャンスだ。

 蝶の放つ鱗粉は周囲に滞留して私たちを遠ざけることで蝶を守っている。だが逆に言えば、たった一撃でもいいから遠距離攻撃によって蝶をその鱗粉の防壁から出すことができれば、一瞬とはいえ蝶に近づくことができる。そして外海ダイブの移動速度ならその隙を決して逃さない。刀は投擲には向かないので二人の武器を交換せざるを得なかったが、とにかく近づくことさえできればこちらのものだ。舞い上がる蝶を追い抜き、その青い羽へ刀を振り下ろす。

 確かな手ごたえと共に、またあの不快感が全身を襲う。思っていたよりも鱗粉の量が多い。だが今このチャンスを逃すわけにはいかない。そのまま刀を切り下ろし、蝶の羽の一枚を切断する。バランスを失った蝶はふらふらと風に流されるように宙を舞うが、まだ完全には浮力を失っていない。このままさらにもう一枚——

 そう思ったとき、不意に目の前が真っ白になる。何かと思えば私の装衣が白く発光しているではないか。こんな現象は今まで見た事がない。そして次の瞬間、まとっていた装衣は跡形もなく消え去り、私はただの瀬戸七海に戻ってしまう。まず感じたのは風、そして次に重力。私の体はなすすべもなく落下していく。下は海とはいえこの高さから落下して、果たして人間は無事でいられるのだろうか。危機的な状況にあるのに不思議と恐怖は感じなかった。これ、私死ぬんだろうか。殉職した魔法少女はこの三十二年間で一人しかいない。もし私が死んでしまえば、ある意味では歴史に名を残すことができる。


 元魔法少女・瀬戸七海としていつか穏やかな死を迎えるより、魔法少女セブンスとして今ここで死んだ方が幸せなのではないだろうか。


「あっぶなー! 無茶しすぎやってほんま。自分、大丈夫か?」


 心臓の鼓動が聞こえる。私はまだ、生きている。生きてるのに、今、私、何考えてた? 押し寄せる得体の知れない感情を抑え込むように深く息を吸い込む。そうだ、私は生きている。

 気が付いたらアカツキに抱きかかえられるような格好になっていた。変身が解けて落下する私を受け止めてくれたのだろう。なんというか、しょうがないことなんだけど、体が密着しすぎていて少し気まずい。


「その、ありがとう。怪我とかは、その、ないから、大丈夫」


「ならええけど。おかげであいつの羽一枚もげたわ。こうなったらもうこっちのもんや」


「あの、それはいいんだけど、私、どこかに降ろしてほしいっていうか」


「まあ待ちぃや。すぐ終わらせたるから見とき。あ、これ返してもらうで」


 そう言うとアカツキは私を片手で抱えつつ、私の手から刀を取り上げる。どうにも落ち着かないが下手に動くと邪魔になるかもしれない。仕方なくじっとしているしかない。

 蝶は羽を切られたせいで一つの場所に留まり続けることができなくなったようだ。これならアカツキでも隙を見て蝶に接近することができる。


術式コード焦熱フレイム!」


 振りぬかれた刀から灼熱の斬撃が飛び、蝶の体を切り刻み焼き焦がしていく。海に没していくその残骸を眺めながら、私は自分の頭によぎったあの考えを何度も繰り返していた。一瞬とはいえ、私は魔法少女として死ぬことを望んでしまった。それをただの気の迷いとして忘れ去ってしまってもいいものだろうか。自分の中にこれほどまでの執着心が眠っていたということに、ただ慄然とする。しかしやはり、それ以上は深く考えないことにした。私は魔法少女として終わりたいのではない。魔法少女を終わらせたかったのだ。


「ほな早いとこ帰ろか。後輩らの様子も気になるし」


「あ、ちょっと待って! 私、どうやって帰ればいいの? 今変身できないんだけど……」


「あー、せやなぁ。とりあえずうち来たらええんちゃう? 局の方でどうにかしてくれるやろ」


「あ、あと私の鎌ちゃんと拾ってよ。失くしたら怒られるの私なんだから」


「なんや注文多いなぁ。うち一応命の恩人やねんけど」


 そんなやり取りをしながら、私はアカツキに抱えられたまま空を飛んでいく。少し五月に似ている子だな、と思った。

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