23.マジカル・キュウエンヨウセイ

 温暖な瀬戸内海では冬の寒さもそう厳しいものではないが、もともとインドア派の私はいつにも増して外に出なくなってしまう。世の中はクリスマスや年末に向けて慌ただしくなり始めているが、年中無休の魔法少女には関係ない話だ。

 一応まとまった休暇も取ろうと思えば取れないことはないのだが、やはり人員の確保という壁が立ちはだかる。いざという時に魔法少女はお休みです、なんてことになったら一大事だ。うちのように新しい人員を補充するか、よそから応援に来てもらうしかない。そういう意味では今広島支部には五人もの魔法少女がいることになる。新人たちも慣れてきた頃合いだし今年は一人くらい長期休暇を取っても大丈夫だろう。来年から忙しくなることを考えると、やはり理沙に休みをあげるのが妥当だろうな。

 そんなことを考えていた時、部屋にサイレンの音が鳴り響く。だがいつも聞いている出動要請とは違う音だ。その聞きなれない音に待機所にいた間宮さんと九条さんが顔を見合わせる。


『大阪支部より救援要請、深度六のウェーブが確認されたとの情報あり。目標地点は兵庫県淡路島近海。対応可能な魔法少女は十二番ゲートより直ちに現場に急行せよ。繰り返す——』


「これが救援要請……! 初めて聞きました……」


「私が行く。理沙、二人のことよろしくね」


「はい、任せてください」


 本部ほどではないが大阪支部もかなり規模は大きい。そこから救援要請が出るということは、相当に厄介な訪問者ビジターが現れたと見ていいだろう。ゲートから外海ダイブで移動すればそう時間はかからない。今はただその時まで持ちこたえてくれることを祈るばかりだ。




 ゲートから全速力で移動して五分ほど経っただろうか。目標地点である淡路島が目視できるようになったところで、その上空で妙なものが舞い踊っているのが確認できた。鮮やかな青い羽を四枚持ったその訪問者ビジターはまるで蝶のように見える。対峙するのは一人の魔法少女、大阪支部のエースであるアカツキだ。赤いマントに刀を携えた派手な格好をしているが、その明るい雰囲気とは裏腹に表情は険しい。状況はわからないが、どうやら戦いは膠着状態が続いているようだ。私は身を隠したまま蝶に接近し、鎌を振りかざす。先手必勝、その羽切り落としてやる——


 しかし私が姿を現した瞬間、アカツキの叫び声が聞こえた。


「あかん! 離れて!」


 それと同時に強烈な違和感を体に覚える。目には見えない「何か」が周辺に漂っている。その感覚に戸惑っていると、私に気づいた蝶が糸のようなものをこちらに飛ばしてくる。この状態で身動きが取れなくなるのはまずい。


術式コード外海ダイブ!」


 再び外海ダイブで身を隠し、糸をすり抜ける。しかし今の感覚は一体何だったんだ。今まで感じたことのない、体の力が抜けていくような不快感。とにかく一度アカツキと合流して話を聞いた方が良さそうだ。蝶から距離を取り、アカツキのそばへ姿を現す。


「おお、さすがセブンス。めっちゃ速いな」


「そりゃどうも。それで、今のはなに? わかる限りでいいから教えて」


「うちにもよくわからんけど、あの訪問者ビジター、なんか粉みたいなん撒いてんねん。それを浴びすぎると変身が解けてまう。うちの後輩もそのせいで退くしかなくなってもうた。今まともに戦えるんはうちだけや」


「変身が解ける……!? まさか、そんな……」


 今まで何体もの訪問者ビジターと戦ってきたが、そんな能力を持った個体は初めてだ。変身が解ければ私たちはただの人、そうなれば戦いどころではない。その時、蝶がその大きな羽を羽ばたかせて強風を起こす。おそらくアカツキの言っていた粉を風に乗せて飛ばしているのだろう。外海ダイブを使えばかわすことはできるが、そうするとアカツキと意思の疎通ができなくなってしまう。メイやトライならともかく、一緒に戦ったことのないアカツキとそんな状態で連携をするのは難しい。だがアカツキはそんなことは気にしていないようだ。


「ちっ、またか。遠くからせこせこほんまに鬱陶しい……!」


 そう言ってアカツキは腰に差した刀を抜き放つ。確か、アカツキの使う魔法は——


術式コード焦熱フレイム!」


 アカツキが叫ぶと同時に刀の刀身が炎に包まれ赤く染まっていく。そのままアカツキが大きく踏み込みながら目の前を一閃すると、斬撃と共に放たれた炎が目の前の空間を焼き払った。どうやら敵の撒く粉もある程度は焦熱フレイムで対処できるようだ。アカツキは険しい表情のまま私に告げる。


「あの粉がある以上迂闊には近づけん。この距離じゃ焦熱フレイム魔弾バレットで直接攻撃するんも無理や。……正直言って、うちじゃどうにもならん。でもそれは遠距離攻撃のないセブンスも同じや。あんたの同期のメイならどうにかできるかもしれん。悪いけど呼んできてもろてもええかな?」


 確かに遠距離攻撃が主体のメイならこの訪問者ビジターにも有利に立ち回れるだろう。だがアカツキはすでにかなりの時間戦闘を続けている。ぱっと見ではわからないが、相当疲弊しているはずだ。彼女がメイが到着するまで果たして戦線を維持できるだろうか。本当に、私たちでは勝機はないのだろうか。私は思考を巡らせる。


「どないしたんや? ここはうちに任せて——」


「いや……私たちならやれる。アカツキ、手を貸して」


 もしアカツキが倒れればもう訪問者ビジターを阻む者は何もない。ここは大阪や神戸といった大都市も近くにある。そんなことになれば甚大な被害が及んでしまう。だからなんとしてもここで食い止める。それが私の下した判断だった。

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