35.マジカル・サイヘンセイ

「先輩! これって……」


 姿を現した私にトライが近づいてくる。


「うん、終わったよ。……理沙、助けに来てくれてありがとう。理沙は最高の後輩だよ」


「先輩……!」


「あーあー、いいなぁー。私にも『最高の相棒だよ』とか言ってくれないのかなぁ」


「いや……別に相棒じゃないし」


 そんな話をしていると急にスマホが震えだす。見れば新田さんからの電話だ。施設で何か起こったんだろうか。


「はい、もしもし——」


『ああ! やっとつながった! ってことは訪問者ビジターを倒したのね。さすが瀬戸さんだわ』


「あの、それで何かあったんですか?」


『そう、そうなの! 落ち着いて聞いてちょうだい。今、全国各地で深度七以上のウェーブが多発してるの。明らかな異常事態だわ。とにかく今すぐ応援に向かって欲しいの。大阪支部は持ちこたえてるそうだから、まずは長崎支部に行って現地の指示を仰いでちょうだい』


「深度七……! わかりました、すぐに向かいます」


 電話を切るとそばにいた理沙が不安げな表情で尋ねてくる。


「深度七って……何かあったんですか?」


「他の場所でも似たようなことが起こってるらしい。とにかく早く助けに行かないと……!」


「瀬戸」


 五月の表情は一変していた。その真っすぐな瞳と目が合う。だけど五月はすぐに表情を崩して、いつも通り気楽そうな笑みを浮かべた。


「なるべく早く帰って来てよ。誕生日会の続きしないといけないんだから」


「……そうだね。なるべく早く帰る」


 長崎支部なら十分もあれば到着できるだろう。またさっきみたいなやつが待ち構えているかもしれない。だが怖気づいてる暇はない。


術式コード外海ダイブ


 二人に見送られながら、私はまた虚ろな海へと沈んでいった。




 広島支部に戻ってこれたのはそれから二日後のことだった。いつかと同じように支部長室で私を出迎えてくれた支部長は、珍しく少し憔悴しているように見える。


「お疲れさまでした、瀬戸君。それでどうでしたか?」


「はい、こちらで確認したのと同型の訪問者ビジターと向こうでも交戦・殲滅しました。負傷者は無し、市街地への被害もありません」


「報告ありがとうございます。どうもウェーブの影響なのか全国的に通信障害が多発していまして、他支部との連絡もあまりうまくいってないんです。……ですが今朝、本部からヘリで直接伝令が届きまして……これを見てもらえますか」


 そう言って支部長は書類の束をデスク上に取り出す。手に取ってみるとそこには「人員の再編成に関する計画書」と書かれている。


「再編成……? それって大規模な転属をするってことですか?」


「必ずしもそうとは限らないようです。……ただ聞いた話によると、本部は今回の訪問者ビジター襲来でかなりの被害が出たらしく、早急に人員の補強をしなければならないそうです。それで……書類の五枚目を見てもらえますか?」


「五枚目……以下の魔法少女に転属を命ず。……え!? 支部長、これ……」


「……残念ですがこれは総司令の指示です。特別な理由がない限りは拒否することはできません」


 支部長はゆっくりと立ち上がり、そして私をまっすぐ見据えた。


「魔法少女二四七号・登録名:セブンス。あなたに本部への転属を命じます」




 私が転属を命じられたその三十分後、静まり返った待機所の中、一番最初に声を発したのは理沙だった。


「私、納得できません……! どうして先輩が、しかもこのタイミングで転属なんて……」


「……なんで瀬戸が選ばれたのか、ってことならなんとなく察しはつくけどね」


 五月は腕組みをしたまま静かにそう答える。


「今ここには五人も魔法少女がいて、しかも今回の件でもほとんど被害を出していない。全国的に見ても現状で一番余力のある支部だと思う。そのうえで誰を引き抜くかとなると、やっぱりいなくなったとしても後々の影響の少ない十九歳の二人のどちらか……。だけど私が魔法少女でいられるのはあと三か月、さすがに短すぎる。となると必然的に瀬戸が本部に呼ばれることになるだろうね、実績もあるし」


「だからってこんな急な異動あんまりです……! 私、最後まで一緒にいられるって、辛くても笑ってお別れしようって、そう思ってたのに……なのに、こんな終わり方だなんて……」


「理沙……」


「瀬戸は納得してんの? 別に本部に行けてうれしい、ってキャラでもないでしょ?」


「それはそうだけど……だからって逆らうわけにはいかないし……」


「いいじゃん。やめちゃえば? 魔法少女」


「え、ええ……!?」


「な、なに言ってるんですか先輩!?」


 後輩二人の突っ込みも無視して五月は淡々と続ける。


「魔法少女は命がけ、だから私たちにはいつでもやめられる権利が与えられてる。本部へ行きたくないならこの場でやめればいい。……誰も文句は言わないよ、ここの皆は瀬戸がずっと頑張ってきたこと、ちゃんとわかってるから」


 随分と無茶なことを言っているけど、これも五月なりの優しさなんだろう。だけどやっぱり私はまだやめるわけにはいかない。


「……確かにここを離れるのは寂しいけど、やっぱり私、本部に行こうと思う。なんか、口ではうまく言えないけど、嫌な予感がするの。だから限界ギリギリまで魔法少女を続けたい」


「先輩……」


「……まあ、瀬戸がそう言うならいいけどさ。星野によろしくね」


「あー……そうだった、本部にはあいつがいるんだった……」


「やっぱやめとく?」


「いやぁ……あー……どうしようかなぁ……」


「え……星野さんと先輩って、その、仲悪いんですか……?」


「んー、逆だね」


「ぎゃ、逆?」


「ま、乙女にはいろいろあるのよ」


 魔法技術局統括本部。そこで果たして何が待ち受けるのか、今はまだわからない。

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