36.マジカル・カオアワセ
私はてっきり本部への移動も帰省した時みたいに新幹線でするものだと思っていたが、なんと私だけのために本部から迎えのヘリが来てしまった。しかも想像していたものよりも遥かにでかい。明らかに軍事目的で開発されたであろう黒くて厳ついヘリだ。乗り込むだけでもかなり緊張する。正直に言えばこんなものを用意するよりも、
「なっちゃーん! 会いたかったですー!」
「うおぁ!?」
私がゲートから出るなりいきなり誰かが抱き着いてくる。こんなことをしてくるのはどう考えてもあいつしかいない。というかいい加減人前で抱き着いてくるのはやめて欲しい。
「ああ……一年ぶりのなっちゃんです……。あったかいです、本物のなっちゃんです……」
「……相変わらずだね、夢」
星野夢、私の同期で現役五年目の十九歳。そして昨今の魔法少女ブームの火付け親である魔法少女・ドリームスターライト、通称ドスラちゃんでもある。そのファンシーな名前に反して実力は現役随一、間違いなく最高の魔法少女だと言える存在だ。そしてどういうわけか私のことをやたら好いている。そりゃあ夢は同性の私から見てもかなり可愛いしそんなに悪い気はしないけど、やっぱり一緒にいるとどうも調子がくるってしまう。
「これから毎日なっちゃんと一緒にいられるなんて……この世の全てに感謝です」
「あのー……それで私、これからどうすればいいの?」
「はっ、そうでした。総司令は今お出かけ中なので、今のうちに顔合わせを済ましちゃいましょう。待機所はこっちですよー」
夢に手を引かれるまま私は本部の中を歩いて行く。と言っても広島支部と同じでゲートから待機所まではかなり近い。間にあるものといえば武器庫くらいだ。しかしやはり本部というだけあって装備はかなり充実している。そしてその中には見覚えのある刀があった。
「はい、到着です! どんな子が待っているかわくわくですね。それじゃさっそくご対面!」
開かれた扉の先にいたのは二人、ブルーナこと青島美月とアカツキこと西野明莉だった。
「お、久しぶり。まさかうちまで東京に呼ばれるとは思わんかったわ」
「……こちらは一月ぶりですね。私もここであなたに会うことになるとは思っていませんでした」
「あれ? みーちゃんはいいとして、あっちゃんともお友達なんですか?」
「あ、あっちゃん?」
「……アカツキでええよって言うてもその呼び方譲ってくれへんねん」
「諦めた方がいいです、そういう人ですから」
「だってだって、絶対あっちゃんの方が可愛いですよー」
「えーと、もしかして今ここにいる魔法少女って……」
「……はい、この四人が現状における本部の全戦力です。先日の
「なるほどな、それで被害の少なかった大阪と広島からうちらを引き抜いてきたわけや」
「人数は少ないですけど、なっちゃんやあっちゃんがいれば怖いものなしです。二人とも、あらためてよろしくお願いします!」
少々不安な部分もあったが蓋を開けてみれば結局全員顔見知りだったわけだ。なんだか拍子抜けしてしまったが、これはこれで幸先のいいスタートと言えなくもない。
「総司令が戻るまでまだ時間があります。その間に施設内を案内しますのでついてきてください」
「あ、私はちょっと用事があるので……みーちゃん、後は任せましたよ」
そう言うと夢はさっさとどこかに行ってしまう。その背中を見送りながらアカツキが小さくため息をつく。
「なんや忙しいな。またテレビにでも出るんか? 今はそういうタイミングやないと思うけど……」
「それは本人もわかっています。……多分、後輩たちのお見舞いに行ったんだと思います。明るく振る舞っていますけど、昨日までずっと自分を責めて落ち込んでいましたから」
「……やっぱ変わんないな、夢は」
「そっか、セブンスはドスラと同期か。あの人、昔からあんな感じなん?」
「そうだね、ずっとあんな感じ。さすがにそろそろ抱き着いたり手つないだりするのはやめて欲しいけど」
「な……!?」
「え?」
見れば青島美月はなにやら驚きの表情を浮かべている。正月に私と偶然会った時だって表情は崩さなかったのに、この子こんな表情もできるのか。するとアカツキがどこか気まずそうに私に尋ねてくる。
「えーと、その……もしかして二人って、そういう関係なん……?」
「は!? いやいや、全然違うって! あれはただのスキンシップというか……しかも一方的な……!」
「一方的? つまりあなたは星野さんのそういった行為を不快に感じているということですか?」
「ええ? いや、別に不快というほどでは……。ただ私たちもう十九だし、そろそろそういうの恥ずかしいなっていう。それこそ変な誤解されても困るし……」
「……そうですか。いや、しかし……」
何とも言えない空気感の中、青島美月はなにやら考え込んでいる。どうも想像していたのとは違った形で波乱が起きようとしている……かもしれない。早くも広島で過ごした穏やかな日々が遠く懐かしいものに思えてきてしまった。
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