第4章 死闘
第1話 この子を守るためなら!
追跡者たちの足音が近づいてくる。
和弘さんが耳もとで囁いた。
「美紗紀。リュックのなかに、モールで手に入れたサバイバルナイフが入っている。それを使うんだ」
わたしは梨恵ちゃんを背中にかばい、鞘に入った刃物を取りだす。鞘を自分のベルトに通し、ナイフを抜いた。
和弘さんは鉄槍を握りしめていた。
何かあれば突き出そうという体勢だ。
人を傷つけることはしたくないが、向こうはそう思ってはくれない。
わたしたちが捕らえられたら、梨恵ちゃんはひとりこの凶悪な森に残されるだろう。
そんなことはさせない。
この子を守るためなら何だってやる。
男の声が聞こえる。
「なあ、あのでかい木が怪しくないか? 触手のような蔓が動いているし、身を隠すにはうってつけな気がするぜ」
「そうね。わたしたちが警戒すると思って、あの裏に潜んでいるんじゃないかしら。あんなこけおどしで通用すると思うなんて、ばかなやつら」
せせら笑いがした。
どうやら難民は妖魔以外の危険を理解していないようだ。
雄二さんが言っていたように、恵まれたところに住んでいたのかもしれない。
それならその無知を利用してやる。
ナイフを鞘に戻し、飛びだす構えをとった。
首長に雇われた男女は会話を続けている。
聞かれても問題ないと考えているのか、音量を下げようともしない。
「ねえ、念のため何か武器になるようなものを持ったほうがいいんじゃない?」
ひとりは女か。
「そうだな」
しばらく沈黙があり、別の男が口を開く。
「これでどうだ?」
何かを手のひらに叩きつけるような音がした。
太い木切れだろうか。
「いいんじゃない? わたしもこれでいくわ」
ざくざくと地面に突き刺す音。
「男のほうはあんたたちふたりにまかせるわ。わたしたちは、あの女子高校生のほうをやっつける」
「わかった。そっちは女ふたりなんだ、気をつけろよ」
ばかにしたような声が聞こえる。
「あんな小娘ひとりくらい、何でもないわ。袋叩きにして連れ帰ってやる」
足音が二手にわかれた。
両側からまわりこんでくるつもりだ。
「ここから動かないでね」
怯える少女に囁く。
無言でうなずくのを確認して、和弘さんと目をあわせた。
相手が首を縦に振る。
お互いの意思疎通だ。
梨恵ちゃんをはさんで背中あわせになった。
体勢を低くして草むらのあたりだけを見る。
足音がすぐ目の前で聞こえ――
女もののブーツが視界に入ると同時に飛びだした。
「いたわ!」
ブーツが止まり、仲間を呼ぶ声。
構わず両脚にタックルする。
「うわっ! なにこいつ!」
頭上から声が降ってきた。
わたしはつかんだ両脚をすくいあげた。
悲鳴をあげ、女が仰向けに倒れる。
投げ出した両腕が赤い草むらに触れた。
ふるふると震えた草先が両側から丸まる。先端が細く尖り、くねるように動いた。
侵入者を撃退するかのように女の腕に突き立つ。
前にもまして悲鳴をあげる女。
刺された箇所から血が流れ、袖を真っ赤に染めあげる。
「なんなのよ、こいつ!」
あたりの草を引きちぎろうとした。
「そんなことしちゃだめ!」
叫んだ時には手遅れだった。
周囲の草がいきなり伸び広がる。身を起こそうとする女をからめとり、再び地面に張りつけた。
葉の縁がカミソリのような薄い刃状に変化し、全身に巻きつく。
女が絶叫した。
草むらが真っ赤に染まり、動かなくなった。
「お姉ちゃん、上から来る!」
少女の声にすばやく振り向く。
こん棒のような長い木ぎれが、頭上から襲ってくるところだった。
右にサイドステップしてかわす。
「逃げるな! 息の根を止めてやる!」
狂ったような目をわたしに向ける。
横から振り抜くように顔を狙ってきた。
すばやく身をかがめる。
髪の毛が風であおられ、逆立つのを感じた。
横なぐりに頭上を通過した凶器は、勢いあまって背後の大樹に叩きこまれた。幹がえぐられ、表皮が飛び散る。
垂れ下がっていた無数の蔓がびくりと痙攣した。
のたうちながらするすると伸び、四方から女に襲いかかる。
「やめろ、こいつ!」
わめき声をあげる女に触手を伸ばし、がんじがらめにする。
女がこん棒を取り落とした。巻きつく蔓に爪をたてるが、びくともしない。
全身を蔓で拘束され、頭上高く運ばれていく。
「やめろ、放せ! この下等な植物め!」
はるか樹上まで達すると、葉の茂った木の枝がざわざわと動き、その身体を覆い隠した。
襲撃者の悪態が悲鳴に変わる。
声が途切れた。
わたしは和弘さんに目を移す。
ちょうどふたり目の男をたたき伏せたところだった。
ほかの足音が近づいてきている。
「美紗紀、場所を移すぞ」
視線を奥に向ける。
わたしはためらった。
見ればわかる。あそこは食肉植物がうごめく一帯だ。
難民は知識がない。彼らの被害が大きくなる。
「でも……」
「こいつらは容赦してくれないぞ」
たしかにそうだった。
覚悟を決めなければ。
「わかりました」
「よし、行くぞ」
「梨恵ちゃん。怖いけれど、もう少しだから我慢していてね」
少女に声をかける。
「お姉ちゃんと一緒なら平気だよ」
しっかりと手を握ってきた。
少女の手を引いて和弘さんのあとについていく。
もどかしいが、一歩ずつ慎重に足もとを確認しなければならない。
怪しそうな草むらは避ける。かといって地面ばかりが広がっている箇所も要注意だ。植物たちの罠がしかけられている。
緑の合間に薄茶色の地面がのぞく箇所だけを歩き、すこしずつ足を運ぶ。
食肉植物の植生地になった。
腰くらいの丈の巨大な葉のあるもの、ひょうたんのような実をつけたもの、一見、普通の樹木にしか見えないものなど、さまざまだ。
こいつらは、みんな危険なやつだ。
「いたぞ、三人だ!」
後ろから男たちの声が聞こえた。
こちらを指さしている。
二十人近くいた。
リーダーらしき男が、ほかの男たちに命じている。
「広がって取り囲め! 油断するなよ、仲間がやられたんだ。場合によっては、最終手段に訴えてもいいぞ! コロニーには、おれから弁解しておく」
和弘さんが立ち止まった。わたしと梨恵ちゃんも続く。
年上の男性は振り返り、追手に向かって声をあげた。
「おまえたち、ここには来るな!」
男たちが思わず足を止める。
「何を言っている!」
「ここは危険だ! もう引き返せ。これ以上進むと命の保証はできないぞ」
ひとりがためらいがちに言う。
「おい、やばいんじゃないか?」
リーダーが答えた。
「あいつのはったりを真に受けてどうする。臆病者め」
ほかのやつらが笑った。
「逃げられないと悟って、こけおどしに出ただけだ」
リーダーが大きな声をだす。
「いくぞ!」
近くに落ちていた木切れを拾いあげ、一斉に走り寄ってきた。
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