第12話 魔女の言葉、女神の魔法2

「赤リボン、ゆっくり立ちなさい。私に正面を向けたまま、後ろに下がるのです」


 わたしは自分を狙う銃口を見つめながら言われたとおりにする。


「アレグロ、出てきなさい!」

 神官が大声で叫ぶ。


 わたしの後方、体育館の角から足音が聞こえた。和弘さんだ。


「銃を捨てなさい。赤リボンが死にますよ」


「わかった」

 短い答えがあがり、重いものが地面に落ちる音がした。


 女性のように美しい男は、わたしにライフルを向けたままゆっくり歩いてくる。

 血まみれになって横たわるレイダの前まで来ると、身体を蹴った。


「やめて!」

 再び涙が出てきた。


「どうやら、息はしていないようですね」

 神官がこちらを向いた。


「やはりあなただったのね」

 涙の合間に言う。


 かわいそうなレイダと友理たち。

 こんな男に操られ、いいようにされていたのだ。


 冷たい目が見返す。

「ほう、わかりましたか」


「レイダといるときに魔法の発動を感じたわ。神殿であなたと話しているときも同じだった」


 男が興味を引かれた顔になる。

「どのような魔法だったと思うのです?」


「暗示をかけたり、幻覚を見せる魔法よ。レイダは、首長派を排除する意図を明かす前にためらったわ。本心は違うのに、あなたが暗示をかけたからよ」


「彼女がおかしくなったからではないですか?」


「おかしくさせたのは、あなたでしょう! わたしにも暗示をかけたわね!」


「いつのことでしょう。教えてください」


 神官は楽しんでいるようだった。

 銃を持っているせいか、態度に余裕がある。


「神殿のとき。そしてバリケードであなたの話を聞いたときよ。神殿ではレイダに対する苦労をわたしに打ち明け、あなたへの信頼感を増幅させた」


「バリケードにいるときにはどんな暗示をかけたのですか?」


「あなたはレイダが攻撃的になっていると言い、人を傷つけているように思わせたわ。わたしたちはその暗示にまんまとかかってしまった。レイダが人の命を奪う瞬間まで目撃したわ。でもそれは幻覚。レイダもわたしも、あなたの魔法にとらえられていたのよ」


 倒れているはずの男たちの姿はどこにもなかった。首長派に襲われ、息絶えた巫女がいるだけだ。


「では、もうひとつおたずねしましょう。なぜわたしは、レイダを幻影と戦わせたのですか?」


「彼女は心根がやさしい。傷ついた首長派の人間を救いたいと言いだすに決まっている。あなたはそれを防ぐため、幻と戦わせて疲弊させたのよ。治癒魔法を使えないようにするためにね」


 美しい男が笑った。

「さすがですね、赤リボン。私が見込んだだけのことはある。私はこの暗示の力を幻惑魔法と呼んでいます。あなたが魔法使いということはわかっていましたよ。しかも私と同じ能力をもっている。だから見抜けた」


「そうよ。あなたは、このクーデターのために、ずっと以前から仕組んでいたんでしょう」


 神官は、少女のように目をきらめかせている。

「わたしが何を仕組んでいたのです?」


 不意に気がついた。

 この男は強烈な自己愛の持ち主だ。

 だれにも知られずに行っていた策謀を教えたくてしかたないのだ。


 こいつの心につけ入る隙を見つけた。

 話に乗ってやる。


「あなたは神殿の扉に鍵をかけた。コロニーに潜む謎の殺人鬼からレイダを守るためと言ったけれど嘘よ。あなたの目的はふたつだった。レイダを閉じこめ、常にあなたの魔法にさらすため。ふたつ目は、魔法使いにした巫女たちが勝手に出歩いて、住人の血を吸わないようにさせるためよ」


「どうやって巫女たちを魔法使いにしたのですか? あなたのお友だちは、以前にも魔法を使えたのですか?」


「普通の人間だったわ。彼女を暗示にかけて外に連れだし、大量のスプライトにさらしたのよ。コロニーのなかでは、そんなに大量のスプライトは飛んでいない。ほかの巫女たちもそう。首尾よくいったあとは、住人に悟られないよう、妖魔に襲われたことにして神殿で起居させたんだわ」


「どうして私は魔女騒ぎのことを、わざわざあなたに話したのでしょう」


「わたしの魔法の力を見抜いたあなたは、レイダに魔の手が迫っていると思わせ、わたしに護衛をさせるつもりだったから。あなたも四六時中、彼女のそばにいるわけではない。かといって巫女たちでは心もとない。だからわたしを使った」


「すばらしい。よくわかりましたね。あなたの素質に目をつけた私の判断は間違っていなかった」


 まるで正解した生徒を褒める教師のようだった。


「ですが巫女たちの結果は、私にとって残念なことでした。暴走しないよう薬を飲ませ続けたのですが、住人の血を吸うだけの力しかない、妖魔のできそこないでした」


 友理のことをできそこないですって!


 頭に血が上るのを感じ、必死で落ち着こうと努力する。

 感情的になってはだめだ。特にいまは。


「あなたは巫女たちを薬づけにして意思を奪った。暗示にかけるだけで済んだのに、どうしてそんなひどいことをしたの!」


 髪の長い男はにやりと笑う。

「私から離れていても魔法の効果が持続するようにですよ。あなたもショッピングモールで見たはずです。妖魔の森を抜け、あんなところまで行ったのですよ。すばらしい出来でしょう!」


「あの森でわたしたちを追ってきた難民を使ったのもあなたね」


 あのとき男たちは突然、夢からさめたようになった。


「そのとおりです。時間がなかったので薬は使えませんでした。ですが、もともとコロニーに移住したくてうずうずしていたので、簡単に操れましたよ。知性の低い者は扱いやすい」


「わたしたちの命を奪うために、わざわざそんな手間をかけたの?」


 神官は意外そうな顔をする。

「まさか! そんなつまらないことはしません。あなたがほしかったのですよ」


 思いもよらぬ答えに言葉を飲みこんだ。


 美しい男は手を差し伸べる。

「赤リボン、私に協力しなさい。私はこのコロニーに来るまでに、さまざまな魔法使いに会いました。ですが、私たちほどの強力な魔法を使える者はひとりもいなかった。レイダなど比べものにならない。この力があれば世界を支配できるのです」


「世界の支配って……」

 わたしは茫然として、目の前の美しい男の顔を見つめた。


 相手は笑った。

「赤リボン、魔法は使えてもまだ子どもですね。私の目的がこのちっぽけなコロニーの支配だと思ったのですか?」


 蔑んだように口の端を持ちあげる。


「くだらない。それなら必要に応じて首長を暗示にかけてやれば充分です。もっとも、もうこの世にはいませんがね。いいですか、私のやりたかったことは実験なのですよ。意のままになる魔法使いを量産する。充分揃ったところで、人々の信奉する女神を旗頭に世界を支配するのです。必要な血は大衆が流してくれる。われわれはただ待っていればいい」


 狂っている。

 この男が心の底から恐ろしかった。


「赤リボン。あなたが自分の意思で協力してくれるなら、暗示も薬も使いません。あなたは美しい。望むなら、あなたを女神として人々の敬愛の対象としても好い。さあ、一緒に世界を手に入れましょう!」

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