第11話 魔女の言葉、女神の魔法1
レイダは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに美しい笑みをひらめかせる。
「美紗紀殿、来てくれたのですね」
心から嬉しそうだった。
「レイダ、やめて」
わたしはもう一度言った。
女神とあがめられる女性は眉をひそめた。
「やめるって、何をですか?」
「人を傷つけることよ」
心外そうな顔になった。
「ですが、向こうからしかけてきたのですよ」
「レイダ、あなたらしくないわ」
「どういうことがわたしらしいのですか?」
わたしは胸が傷んだ。
「もっと慈悲深く、やさしい人じゃないの。そんな平気で他人を傷つける人じゃなかったはずよ」
女神は横たわる巫女に目を落とす。
「わたしの子どもたちが殺害されてもですか?」
「それであなたのたがが外れてしまったの? わたしたちを捕らえに友理を送ったの?」
「友理?」
レイダは怪訝そうに小首をかしげる。
わたしはどきりとした。
空間が沸き立つような感覚。
魔法の発動!
思わず身構えるが何も起こらなかった。
レイダは気づかないようだ。
思いだしたというように、にっこりする。
「ああ、そうでしたね! わたしは、あなたに来てほしかったのです」
「来てほしかったって……それなら、どうして和弘さんの血を抜こうとしたの? 危うく死ぬところだったのよ」
この上なく美しい女性は無邪気な笑みを見せる。
「しかたありません。あのかたがいると、あなたがコロニーに残ってくれませんから」
わたしは茫然とした。
完全に精神のバランスを欠いている。
神官の言ったように、人が変わってしまったのだ。
わたしの受けた衝撃など知らぬげに続けた。
「美紗紀殿、わたしを助けてください」
「助けるって何を?」
「一緒にコロニーを良くしていくのです」
「どうやって実現するの?」
彼女は何かに耳を傾けるように押し黙った。
やがて楽しそうにひとりごとを言う。
「ええ、そうですね」
わたしを見た。
「首長派をこの世から排除するのです」
わたしは叫んだ。
「レイダ、何を言っているの! 絶対にだめよ!」
女神はつまらなそうな顔になる。
「そうですか」
また耳を傾けるようなしぐさをした。
うなずくとわたしに目を向ける。
「では、あなたにも実力行使しなければなりません」
左手をあげはじめる。
「レイダ、やめて!」
魔法使いの女神はにっこりした。
「心配いりません。わたしは美紗紀殿が好きなので、命は奪いませんよ。ただ和弘殿を排除するまで眠っていてもらいます」
「レイダ!」
空間がざわめく。不快な気持ち。
わたしは身を投げだした。
車が衝突するような音とともに、背後の木の枝が弾け飛ぶ。
「美紗紀殿、逃げるとかえって危険ですよ」
レイダの魔法は恐ろしいが、まだ支援はいらない。
「和弘さん、手を出さないでください!」
大声で叫ぶ。
女神の目がすっと細まる。
「和弘殿がいるのですか?」
暗示をかけるチャンスだ!
和弘さんの幻影を見せて無駄撃ちさせる。
魔法を使い続け、疲労したところを拘束する。
よし!
わたしは言葉を発しかけ、危うく踏みとどまった。
危ない。
レイダは強力な魔法使いだ。安易に発動すれば見抜かれる可能性がある。
もっと巧妙にしかけるのだ。
スプライトはどんなときに発動しただろうか。
恐怖だ。
強い感情だ。
感情の振り幅が大きければ効果は高くなる。
レイダの感情を揺さぶってやるのだ。
「レイダ!」
「どうしたのですか? 美紗紀殿の頼みでも聞けないですよ」
「そのことじゃないわ。あなたが記憶を失っていることについてよ」
「その話をここでするのですか?」
「そうよ、重要なことだから」
「いいでしょう。聞きましょう」
「あなたは妖魔から生まれたのよ」
レイダは笑った。
「何を言っているのですか。ばかばかしい」
わたしは和弘さんの推理を披露する。
「記憶を失っているのではなく、最初から持っていないのよ。もともと人間でも女神でもなかったから」
レイダは冷静だった。
「そのようなはずはありません。わたしは女神ですよ。だから魔法が使えるのです。妖魔にはできないことです」
「わたしは見たのよ。スプライトを体内に溜めこんだ妖魔が人間の姿に変わるところを。あなたが魔法を使えるのは、スプライトが体内にいるから。わたしが使えるのも同じ理由からよ。魔法はあなた自身に由来しているわけじゃないの」
「その理屈なら、美紗紀殿も妖魔になりますね」
「ところが違うのよ。わたしは自分が妖魔でないことを知っている」
「わたしも自分が妖魔ではないことを知っていますよ」
「それなら教えてあげる。あなたはコロニーの外のことを何も知らない」
レイダの瞳に小さな動揺が走るのがわかった。
「そうです。わたしは女神だからです」
「あなたは発見されたとき服を身につけていなかった。変態直後の妖魔だったからよ」
「違います!」
「あなたは発見されたとき、自分の名前しか話せなかったそうね」
「それがどうしたというのです!」
女神を自称する女性は震えはじめた。
「話せなかったのは、言語そのものを知らなかったから。自分の名前だと思っている単語は、人間の姿になったあなたを発見した人が言った言葉を不完全に聞きとった結果よ」
「何を言っているのかわかりません」
今や震えは全身に及んでいた。
かわいそうだが、あと一押しだ。
わたしは言った。
「あなたの名はレイダ」
なにも答えない。
ただ震えながらわたしを見つめている。
「妖魔から羽化するあなたを見た人が口にした言葉は……」
美しい瞳から涙が落ちた。
「聞きたくありません」
「"亡霊だ"だったのよ!」
「違います……」
「妖魔に命を奪われた女性の知人があなたを見つけた。あなたは、その女性そっくりだったのよ!」
「違います!」
レイダは絶叫した。
「違う、違う、違う!」
「あなたは人間の言葉を知らなかったのだもの、聞き違えてもしかたないわね」
レイダは膝をつき、両手で顔を覆った。
「違います……」
泣きじゃくっている。
魔法をかけるまでもなかった。
「レイダ」
脚を踏みだしかけ、どきりとした。
魔法をかける?
レイダとのやり取りの最中、魔法の発動を感じた瞬間があった。
だが、何も起こらなかった。
彼女と面会したときも同じだ。
神殿に入ってから気分が悪くなった。
あれは魔法の発動による影響だ。
魔女のしわざと思いこんでいたが、考えてみれば、それらしき現象は起きていない。
何も起きなかったのではなく、魔法にかけられたことに気づかなかったとしたら……
そんな魔法は知るかぎり、ひとつしかない。
たしかめなければ。
わたしは子どものように泣きじゃくり続ける女神に声をかけた。
「レイダ、あなたの――」
轟音が鳴り響き、女神の白いドレスの背中にばっと赤い花が咲いた。
吹き出す血はあっという間にドレスを染めあげる。
美しい女神はゆっくりと崩れていった。
「レイダ!」
わたしは悲鳴をあげて駆け寄る。
たどり着く前に再び銃声がした。
横たわったレイダの身体がびくりと動き、赤い染みが広がる。
「レイダ、しっかりして!」
地面に膝をついて揺するが返事がない。
「レイダ、息をして!」
上半身を抱き起こす。
ぐったりとした身体が、わたしにのしかかった。
「そんな!」
涙がわたしの頬を伝った。
まさか、和弘さんがやったのだろうか。
体育館の陰を見るが姿は見えない。
わたしの頼みを忠実に守り、梨恵ちゃんとともに姿を隠している。
ということは――
反対の方角に目をやる。
ライフルを構えた神官が立っていた。
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