第8話 魔女狩り3
わたしは少女を自分の身体で隠し、扉の前で彼らに正対した。
ちょうど逆光の位置にいる彼らは、しきりにまばたきを繰り返している。
「赤リボンか?」
ひとりが言った。
目の上で、手のひさしをつくっている。
「そうです」
「どうして部屋に戻っているんだ?」
怪しんでいる様子はない。
「ちょっと気分が悪くなったので休ませてもらっています」
「そうか。昨日は大変な思いをしたからな」
一緒にいる女性が言う。
「悪いけれど、部屋を調べさせてもらうわよ。決まりなの」
広がって入ろうとしてきた。
わたしは動かない。
「魔女探しですね」
「そうよ。たしか、あなたも集会の場にいたわよね」
「はい。でもそのあと気分が悪くなって」
「そうか。ゆっくり休んでいて良いぞ。上のほうには、おれたちから伝えておく」
「ありがとうございます。ここにはだれもいないですよ」
「具合が悪いのに入ってこられるのも嫌だろうが、おれたちも命令されているんでな。連絡棟の四階が受け持ちなんだ。悪く思うなよ」
男性がわたしの脇を抜け、部屋に入ってきた。ほかの三人も続く。
まずい!
「だれもいないわね。まあ当然だけど」
腰に手をあて、部屋を見まわした女性が言った。
えっ?
梨恵ちゃんはわたしの後ろで震えている。
どうして見えないのだろう。
いや、そんなことはあとだ。
この人たちを別の場所に誘導しない限り逃げられない。
「なにか聞こえませんか?」
わたしは眉をひそめてみせた。
魔女狩りの四人は耳を澄ます。
「ああ、聞こえるぞ。足音だ」
偶然、別の棟でだれかが走ったようだ。
テンポの速い足音がする。
「ひょっとして、魔女ですか?」
信じるだろうか。
四人が緊張した。
「まさか、そんなことはないと思うけれど……」
女性の声がわずかに震えている。
「わたし、さっき見たんです。黒いドレスの一部だけですが。この四階にいました」
「おい、どうする?」
ひとりが仲間に言った。
「どうするって、本来おれたちの目的は……」
そう。首長の戦力を削ぐことだが、本物の魔女を見つけてしまったら……
恐怖をあおってやろう。
「でも、怖いです。昨夜の犠牲者は眠っているあいだに襲われたんですよね。これじゃあ、政権を奪還しても、安心して寝られません」
女性は青い顔をしている。
「たしかに赤リボンの言うとおりだわ。わたしたちの目的は平穏な生活を取り戻すことよ。いくら首長をその座から引きずり下ろしたって、夜も寝られない日が続くんじゃ、なにも変わらないわ」
「わかった。こっちは四人だし、武器もある。見つけたら……」
別のひとりが廊下をのぞいた。
「いたぞ、黒いドレスの女だ! 逃げていく!」
「よし、追いかけるぞ!」
四人は駆け去っていった。
よくわからないけれど、助かった。
わたしは胸をなでおろす。
「梨恵ちゃん、怖かったでしょう。大丈夫?」
「赤リボンのお姉ちゃんと一緒だったから、平気よ」
健気にもほほ笑んでみせている。
「わたしのことは、美紗紀と呼んでね」
「美紗紀お姉ちゃんでもいい?」
「もちろんよ。さあ、行きましょう」
わたしは梨恵ちゃんの手を引いて、そろそろと扉を開ける。
みんな魔女を追いかけに行ったようだ。
和弘さんと合流予定の倉庫は、この連絡棟のつきあたり、東棟に接する箇所の一階だ。
連絡棟のこの四階は、わたしの部屋に来た人たちの担当と言っていた。
彼らが消えたいま、なるべくこの階で移動距離を稼いだほうがよい。
陽に照らされた廊下を少女とともにひた走り、東棟とのあいだにある階段に達する。
下方を注意しながらすばやく下りる。
二階に達したときに人の声がした。東棟のほうからだ。
梨恵ちゃんと一緒に空いている部屋に走りこんだ。
唇に人差し指をあてて合図する。
少女はうなずいた。
「なあ、どうしても許せないやつがいるんだが」
この声は回収班の二班の生き残りだ。
ということは、クーデター側か。
「だれのことだ?」
「アレグロと赤リボン以外の回収班のやつらだよ。首長に取り立てられたやつらだ」
「ショッピングモールでなにかあったんだな?」
「あとから聞いたんだが、青シャツは死んで、アレグロと赤リボンは遅れて帰還したんだろう?」
「ああ、そうだ」
「やはりな。早く逃げ帰った六人は、おれたちを見捨てたんだ」
「どうしてそう思う? おまえたちがいなかったから、先に帰ったと判断したのかもしれないぞ」
「妖魔に襲われたとき、ちょうど青シャツと交信中だったんだ。普通、応援に来るもんだろう? それなのにアレグロや赤リボンよりずっと早く戻ってきた。ということは……」
「ああ、助けに来てくれたのは三人だけだったということか」
「そうだ。特に黒縁や新入りは、おれたちが妖魔に追われて逃げてきたときも、コロニーに入れるなと叫んでいた」
「二度も見殺しにされたわけだな」
「だから復讐してやりたい。ちょうどこのフロアは、新顔の寝ぐらだしな。チャンスなんだ」
三人目の声がする。
「あいつらは首長派だ。どうせ拘束するが、それだけじゃだめなのか?」
「足りないね。おれたちを見殺しにしたんだ。六人がやられたんだぞ。同じ目にあわせてやりたい」
最初の男が言った。
「おれは構わないぞ。どうせ気に入らなかったやつらだ。おまえたちはどうだ?」
残りの者の同意する声があがる。
「ただ、やっつけるならそれなりの理由が必要だが」
「あるさ。魔女の協力者にしたてあげればいい。あの黒縁の恋人はスプライトの幻覚魔法の影響を受けて、仲間の目をつぶしたんだ。宙を睨んでたわごとも口走っていた」
四人目が言った。
「まさに魔女そのものだな」
「それでいこう。武器を奪われるなよ」
男たちの足音が遠ざかる。
なんてことだ。魔女狩りを理由に暴徒化している。
わたしは震えながら少女を抱きしめた。
やがて奥のほうから叫び声が聞こえてきた。黒縁の声だ。
「なんだ、おまえら!」
「魔女に協力したやつらを捕えにきた正義の味方だよ」
「魔女に協力ってどういうことだ!」
「文字通りの意味だよ! 住人を殺しまわってコロニーを汚すやつらのことだ!」
「おれはそんなことしてないぞ!」
「おや、気づかずやっているらしいな。それこそ魔女の一味の証拠だ」
「ばかげたことを……よせ!」
物の壊れる音と悲鳴が聞こえてきた。
「お姉ちゃん!」
少女がしがみつく。
これ以上、聞いていられない。
わたしは梨恵ちゃんの手を引いて走りだした。
一気に階段を駆け下り、一階まで達する。
すぐそこに和弘さんがいた。
気づかわしげな顔でわたしを見ている。
少女の手を引いたまま、その胸に飛びこんだ。
「和弘さん、早くここを出ましょう!」
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