第9話 脱出行

 陽のふり注ぐ真っ昼間だ。

 わたしと和弘さんは梨恵ちゃんをあいだにはさんで、グラウンドをよこぎる。


 警備班は、四つの門をローテーションでまわしている。

 特定の難民と親しくならないようにとの配慮だろう。


 今日のサスペンダーさんの担当は東門だった。

 農園の前を通るときは緊張したが、特になにも起こらなかった。


 門にはふたりいる。

 サスペンダーさんと、もうひとりだ。

 めずらしく難民はいなかった。

 治療した人たちを外に出したときに、次は射殺すると脅したからだろう。


 わたしは和弘さんと梨恵ちゃんをその場に残し、もうひとりのほうに歩み寄った。


「首長が呼んでいます」


「わかった。サスペンダー、あとを頼む」


 相棒に言い残し、小走りで去っていく。

 和弘さんの横を通るとき、不審な顔をして少女に目をやったが、そのまま駆けていった。


 あまり時間はない。


 わたしはまっすぐサスペンダーさんに歩み寄った。


「赤リボン、明日から一緒だな」


 のんきそうな声がかかる。

 実弾のこめられたライフルを肩にかついでいた。


 まさか、わたしたちに向けて発砲することはないと思うが……


 視線に気づいたのか、武器を軽く持ちあげてみせる。

「少しだけ練習させてもらえたよ。おまえはまだ無理だな」


「はい。どうせ使えませんから」


「いずれ、おれが教えてやるさ」


 そこでリュック姿の和弘さんと梨恵ちゃんに目をとめた。


「あの女の子はなんだ? 難民か?」


 訝しげな表情になる。


 わたしは正直に言うことにした。

「青シャツさんの姪です。実は彼が匿っていたのですが、わたしたちが引き取ることになりました。とはいえ、ここに置いておくわけにもいきません。それで、この子と一緒にわたしたちも、ここを去ることにしたんです。出してくれませんか?」


 和弘さんは害意がないことを示すため、少し離れた場所に立っている。


 警備の男性は困り果てた顔になった。

「そうは言ってもなあ。おまえの頼みだから、かなえてはやりたいが、特に今は首長の許可がないと……」


「そんな時間はないんです。いまコロニーでは魔女狩りがはじまっています。そんなときに、この子が発見されたら大変なことになります」


「青シャツの姪っ子なら、便宜ははかってやりたいんだが……」


 堂々めぐりだ。

 情に訴えれば打開できるだろうか。


「サスペンダーさん、あなたにも家族があるはずです。あの子が自分の年の離れた妹さんだったらどうしますか?」


「おれに妹はいないよ」


 顎のあたりがこわばっている。

 緊張しているようだ。


 なぜだろう。


「もしもの話をしているんです」


 相手はなぜか追い詰められた顔になった。

「小さい頃に亡くなったんだ。おれも子どもだったんだ」


 おれも子どもだった?

 言い訳じみた言いかただ。

 わざわざそんな台詞を付け加えたのは、なんらかの罪悪感があるのかもしれない。

 よし、試してみよう。


「後悔しているんですね」


「そんな言葉じゃ足りないよ」

 彼は目を落とした。


 サスペンダーさん自身が妹の死に関わっているのだろうか。


「助けてあげたかったんですね」


「そうだ。おれのせいだ」

 あいかわらず地面を見つめている。


「でも救えなかった」


 顔をあげてわたしを見る。


「どうしようもなかったんだ。夏美がどうしても川に入りたいと言ったから、許可したんだ」


 サスペンダーさんの目は、わたしを通り越して遠い過去を見ているようだった。


「夏美ちゃんを喜ばせてあげたかったんですね」


「そうだ。でも急に水かさが増して……。父親を呼びにいったときは、すでに手遅れだった。あっという間に流されてしまったんだよ」


「いまも、ふとした拍子に思いだしてしまうんですね。あのとき、もっとほかに方法があったんじゃないかって」


「ああ、そうだ。あのとき、川に入るのを止めていればって……」


 サスペンダーさんが手で目を覆った。


「許してくれ、夏美……」


 わたしは心のなかで夏美ちゃんに謝りながら、少女を指さした。


「いまのあなたなら、助けてあげられますよ。あなたは、もう無力な子どもじゃないんです」


 サスペンダーさんは、ぼんやりと目を向けた。


「ああ……ああ、そうだな」


 ゆっくりした動作で配電盤に歩み寄り、電気を遮断する。


「いいぞ。行ってくれ」


「ありがとうございます」


 わたしは近づいてきた梨恵ちゃんに囁く。

「夏美ちゃんになったつもりでお礼を言って」


 少女はサスペンダーさんを向いてにっこりする。

「ありがとう、お兄ちゃん」


 サスペンダーさんが幸せそうに笑った。

「ああ。ゆっくり遊んでおいで」


 わたしたちは門を通り抜け、コロニーの外に出る。

 立ち止まり振り返ると、夏美ちゃんのお兄さんは門を閉め、再び通電するところだった。


 和弘さんが我慢しきれなくなったように聞く。

「美紗紀、いまの手品はなんだ?」


「わかりません」


 自分で思い返してもわからない。なぜかとんとん拍子に進んでしまった。


「まるで催眠術をかけたように見えたぞ」


 和弘さんが同意を求めるように少女を見る。梨恵ちゃんはうなずいた。


「お姉ちゃん、さっき部屋でも似たようなことがあったよね」


「部屋? なんだそれは?」


 魔女狩りの人たちが部屋をあらために来たときに、目の前にいる梨恵ちゃんを見逃したことを話した。


「それも美紗紀がやったのか?」


「そんなつもりはないですよ。あのときも今も、わたしには梨恵ちゃんがこのとおり見えていましたし」


 少女がわたしを見る。


「あのとき、お姉ちゃんはあの人たちと話していて、部屋にはだれもいないって言ったら、みんな信じこんだんだよ」


「美紗紀、それは今の比じゃないぞ。わずか数語で催眠術がかかるなら、もはや魔法だろう」


「わたしは魔女のしわざだと思っているんです」


「どうしてそう思う?」


「梨恵ちゃんを発見する直前、黒いドレスの後ろ姿を見たんです。そいつが梨恵ちゃんが隠れていた、わたしの部屋に入っていったんです」


「お姉ちゃん、わたしだれも見なかったよ」

 訝しげな応答が返ってくる。


「えっ?」


「お姉ちゃんが来るまで、だれも部屋に入ってこなかった」


「何の変化もなかったの?」


「うん。スプライトは舞っていたけれど」


「スプライトか……」


 コロニー周辺は異世界の比重が大きいのか、あちこちでスプライトが飛翔している。

 ショッピングモールとは違い、密度も薄いため、危険は少ない。それ故、わたしたちは気にもとめなくなっていた。


 魔女の正体がスプライトということはないだろうか。

 わたしが夜間に校舎の陰で見た姿も、部屋に入った黒ドレスも、スプライトが結合したものだとしたら。


 いや、それなら夜中に血液を抜かれた犠牲者の説明がつかない。

 スプライトが外界に干渉するのは、強い刺激を受けたときだけだ。命を奪われるほどの魔法を使われたのなら、犠牲者自身もそれなりの攻撃をしていたはずだ。


 スプライトの飛翔が常態化しているコロニーの住人が、そんなことをするはずがない。

 仮に魔女と信じこんだとしても、最初の行動は、逃げるか助けを求めることだろう。

 何もしないのに、スプライトから積極的な働きかけをすることはない。


 わからなくなった。


「そういえば、美紗紀。おまえ魔法の発動がわかるような感じだったな」


 その声で現実に呼び戻される。


「レイダさまには魔法使いかもしれないと言われましたが」


「レイダも同じ見立てなら、やはり魔法が使えるんじゃないか?」


「そんな感じはしないですけれど。魔法使いって、ある日突然そうなるものなんですか?」


「おれに聞かれても困るが……」


 それはそうだ。


「まあ、いい。美紗紀であることに変わりはないんだ」


「はい」


「うん」

 梨恵ちゃんも同意した。


「これからどうしますか?」


「森のなかを通らなければならないが、少し寄るところがある。まずはそっちからだな」

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