第10話 追跡者たち
和弘さんは森のなか、比較的大きな木が生えているところに導いた。
大樹の根もとにかがみこみ、うろに片手を差しこむ。
取りだしたのは、ワックスペーパーでくるまれたスコップだった。
「少し待ってくれ」
近くの地面に突き立て、掘り返していく。
すぐに作業は終わり、中から同じようにワックスペーパーにくるまれた幾つかの包みを取りだして地面に並べた。
サイズはさまざまだ。
それらを一つひとつ広げていく。
あらわれたのは武器だった。
クロスボウと矢の詰まった矢筒、鉄槍数本。わずかだがペットボトルの水と携行食料もある。
梨恵ちゃんが目を丸くした。
「すごい!」
「和弘さん、これ……」
頼りになる年上の男性はうなずいた。
「そうだ。少しずつ溜めておいたんだ」
「それじゃあ、森で妖魔に襲われたときに、ひとりで逃げろと言ったのも……」
「そういうことだ。妖魔をおびき寄せるほかに、放棄された武器を回収する目的もあった」
そういえば、あのとき和弘さんは落ちていた武器を拾いあげていたっけ。
「おれと一緒に逃げたら、武器を隠しているあいだに、追いつかれる危険があった。そうなれば命はない。連れていくわけにはいかなかったんだ。ひとりで怖い思いをさせてすまなかったな」
「いいえ、いいえ……」
それしか言葉が出てこない。
「おじさん、コロニーから逃げるつもりだったの?」
梨恵ちゃんが質問する。
「おれは首長に目をつけられていたからな」
ずっと前から少しずつ準備をしていたのか。
やはり頼りになる人だ。
和弘さんがわたしの微笑に気づいた。
「どうした?」
「頼りがいのある男の人だと思っていました」
「そうか」
和弘さんが赤面する姿をはじめて見た。
クロスボウと矢筒、鉄槍、それに糧食だけ選び、残りはもとに戻して地面に埋めなおす。
「さあ、行こうか」
「どこに行くつもりですか?」
「近くの店はほぼ略奪され、何も残っていない。危険だが、あのショッピングモールに行こう。もっと食べものや水が必要だ。それに医療品もな」
「首長は追手を差しむけると思いますよ」
みんなの前で制裁を宣言した住人が逃げたのだ。
捕らえなければ、しめしがつかない。
「おれもそれは考えた。レイダを信奉するやつらの計画がうまくいけば、クーデターが起こる。だが首長も狡猾だ。それくらいの予想はしているだろう。だから今は可能なかぎり、自分の駒は手もとに置いておきたいはずだ」
「わたしたちを気にかける余裕はないということですね」
「そうだ。とはいえ、放置しておくわけにもいかない。クーデターを潰した場合、外に火種を残しておきたくはないからな。それ故、多少の追手は放ってくると考えたほうがいい」
「たとえ少人数でも、武装していると思いますが」
「美紗紀、頭がまわるな。おれも首長は手段を選ばないと読んでいる。だから追手を避けるに越したことはない。おれたちが入った建物とは反対側にある施設に向かおう。あそこは広い。向こうほど大きな店はないが、必要なものは調達できるだろう」
「そのあとはどうしますか? どこかで夜を過ごさなければなりません」
「モールのなかには密閉された部屋もあるだろう。しばらくはそこを根城にして、あとは――」
「新天地を探すか、様子を見てコロニーに戻るかですね」
「そうだ」
レイダさまや神官さまが政権を握れば、コロニーも過ごしやすくなるだろう。
そのときは協力しよう。
わたしたちは出発した。
和弘さんが前に立つ。クロスボウを構え、警戒しながら歩く。
わたしは鉄槍とリュックを引き受け、梨恵ちゃんの手を引いてあとに続いた。
森は静かだった。
陽射しが降り注ぎ、地面に落ちた葉を照らしている。妖魔の心配さえなければ、散歩に来ていると錯覚してしまいそうだ。
次第に植物相が変わってきた。
ねじくれた樹木が多くなり、黄色と紫のまだらの樹々も出現しはじめる。
空気が緑色に彩られている。
大量のスプライトだ。
「気をつけろ、異世界の密度が濃くなっているぞ」
和弘さんが歩行のペースを極端に落とした。
このあたりは、だれも足を踏み入れたことのない地域だ。
一歩一歩、足もとをたしかめるように歩を進める。
「美紗紀、鉄槍だ」
わたしは鉄槍を手渡し、かわりにクロスボウを受け取った。
「梨恵ちゃん、植物に気をつけてね。わたしから絶対に離れちゃだめよ」
かたい声で注意をうながす。
このあたりは凶暴な植物が多いため、コロニーの人間もめったに足を踏み入れない。
いやでも慎重にならざるを得なかった。
「うん、わかった」
少女にも緊張が伝染している。
和弘さんが不意に立ち止まった。
わたしたちを振り返り、口の前で人差し指を立てる。
かすかに足音が聞こえる。
人の足音だ。
それも多数。
間違いない、追手だ。
この場の恐ろしさがわかっていないのか、普通のスピードで近づいている。
和弘さんが周囲を見まわす。
隠れるところを探しているのだ。
わたしはひとつの大木を指さした。
ねじれた赤緑色の大木だ。枝からは無数の蔦が垂れ、意思をもっているかのようにぴくぴくと動いている。
和弘さんがうなずいた。
「お姉ちゃん、あれ怖そうだよ。大丈夫なの?」
手をつないでいる少女が囁く。
「恐ろしそうに見えるけれど、あれはこちらから悪さをしない限り、害はないの。わたしたちは、いつも採取班の仕事で外にいたから知っているのよ。ただ決して木を傷つけないようにしてね。それから、あの木の周囲には危険な草むらがあるから、わたしのあとを正確にたどって歩いて。絶対に踏み外しちゃだめよ」
「わかった」
先端がわずかに赤みがかっている雑草を迂回し、大樹の陰に身を潜めた。
追手が通り過ぎるのを待つ。
ざくざくと落ち葉を踏む音が聞こえてきた。
予想よりも、はるかに多い。
二十人近くいそうだ。
問いかけの視線を投げる。
和弘さんも戸惑っているようだった。
たかが脱走者ふたりの捜索に、こんなに人数をかけるものだろうか。
しかもクーデターが起きているのだ。
男の声がする。
「いい加減、追いついてもいい頃じゃないのか?」
「おれもそろそろだと思うがな」
「三十歳くらいの男と、高校生の女だったよな」
三人目だ。
梨恵ちゃんのことは発覚していない。
「多少の怪我はさせても構わないと聞いたが、捕らえたらどうするつもりなんだ?」
「知らん。よっぽど恨みがあるんだろうよ。おれたちには、どうでもいいことだ。関係のない人間がどうなろうが、知ったこっちゃない。あそこに住めれば何だって構わないさ」
別の男が笑った。
「むしろ席を空けてくれたほうがいいな」
わたしは和弘さんと目配せした。
難民を使ったのか。
人手を割きたくない首長が、コロニー移住を餌に使ったのだ。
だから、こんなところを無頓着に歩いている。
きっと使い捨てだから、武器は与えていないだろう。
人数で圧倒するつもりだ。
女性の声がする。
「どこかに隠れて、わたしたちをやり過ごそうとしているかもしれないわよ」
「そうだな。少し散開して探すか。四人ずつに分かれよう」
まずいことになった。
見つかるのも時間の問題だ。
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