妖魔の地、魔女の言葉、女神の魔法

第7話 魔女狩り２

「おい、赤リボン。そんなにあわててどこに行くんだ？」

　廊下を走りだそうとしたときに、男の人と出くわした。

「いえ、特にあてはありません」

　まさか人探しだとは言えない。

「そうか、今日は一日空いているはずだな。一緒に来い」

「何があるんですか？」

「集会だ。いいから来い」

　先に立って歩きだす。

　本当は一刻も早く探しに行きたいのだが。

「わかりました」

　焦れる気持ちを押さえつけながら、あとに従う。

　前を進む男性は空き教室に入った。

　なかはそれなりに広い。学年の全員が入れるくらいのつくりなのだ。

　椅子だけが並べられ、数十名の住人が腰かけていた。

　今日が休みの者だけでなく、業務中の者もいる。

「空いているところに座れ」

　男性は教壇のほうに進み、わたしは適当なところに腰かけた。

　主催者と思われる男女が並ぶ前方には、木刀や杖（じょう）などの武具が多数立てかけられている。

　わたしを案内してきた男性が別のひとりに告げる。

「めぼしい者はほぼ揃った。アレグロが見あたらないが、首長に押さえられているのかもしれん」

「わかった。はじめよう」

　報告を受けた男は中央に進み出る。

「話がある」

　首長のようには怒鳴らない。

　落ち着いた声だが、決然とした響きがあった。

「われわれはこれ以上、首長の横暴にはつきあえない」

　言葉を聞いた瞬間、ついて来たことを後悔した。

　ここは反乱の謀議の場だったか。

「よって、現執行部の退陣を要求しようと思う」

「あの首長が応じるとは思えないぞ。そのときはどうするんだ」

　だれかが発言した。

　主宰者はそちらに目をやる。

「そのときは実力行使に出るまでだ」

「どうせそうなるだろう。すぐに実行したほうがよくないか？」

「そのとおりだ。完全に信頼できる者たちだけで選抜された本隊が、いつでも動けるよう待機している」

　別の出席者が質問した。女性だ。

「じゃあ、この集会の意義はなんなの？」

　主宰の男性はにやりと笑う。

「陽動だよ。執行部の目をわれわれに引きつけるための騒ぎを起こす」

「どうやって実現するの？　武器はないわ」

「ちょうどいい材料がある。魔女だ」

　最初の男が応ずる。

「その噂は聞いているが、どう利用するんだ？」

「魔女の捜索と称して、すべての部屋をあらためるんだ。そのなかで首長の取り巻きをひとりずつ捕らえ、拘束する。やつらの戦力を充分に削いだら本隊が動く」

　ああ、まずい。

　段々騒ぎが大きくなっている。

　音楽室で女性たちが喋っていたのは、このことか。

「魔女の噂は、あなたたちが流したの？」

「違う。だからこそ真実味があるんだ。意図を知らず、われわれの動きに乗ってくる者もいるはずだ」

「首長派のやつらも抵抗するかもしれないぞ。丸腰じゃ不安だ」

　主催者は視線を横に流した。

「木刀と杖を用意した。妖魔には通用しないが、人間相手なら充分だろう」

「警備の連中はどうするつもり？　実弾をこめた銃を持っているんでしょう？」

「おれたちが活動するのは、この建物内だけで外には出ない。それに半数は賛同者だ。残りは日和見（ひよりみ）だから、見て見ぬふりをしてくれるだろう」

「いいな。いつ取りかかる」

「今すぐだよ、四人ひと組みになれ。いくぞ！」

　一斉に立ちあがった。

　近くの者から声がかかる。

「赤リボン、やるぞ！」

「アレグロさんの居場所に心当たりがあります。探してきます！」

　急いで講堂を飛びだした。

　もはや一刻の猶予もならない。

　梨恵ちゃんを探し出すのだ。

　だれもいない廊下を走り、連絡棟と西棟の三叉路に達する。

　そこで立ち止まった。

　おそらくこの連絡棟の二階にはいないだろう。人が集まりすぎている。

　どこから手をつければいいだろう。

　校舎は広すぎる。魔女狩りの人たちに先んじるためには、手あたりしだい探すというわけにはいかない。

　最も可能性が高いのは、どこか。

　黒い影が視界の隅をよぎった。

　廊下の先、中央棟との階段のところだ。

　梨恵ちゃん？

　わたしは急いで駆け寄った。

　まず下に降りる階段を確認、次に上階への階段。

　見えた。

　踊り場の手すりから指が離れたところだ。

「梨恵ちゃん！」

　声に出して呼ぶが返事はない。

　足音高く駆けあがり、踊り場に達する。

　すばやく上り階段をチェックした。

　いない。

　廊下に出て左右前方に視線を走らせる。

　人の影はない。

　四階か！

　再び駆け上がる。

　踊り場を抜け、四階へ。

　どこだろう。

　三方を順に見ながら、ふとした疑問が頭をよぎる。

　十二歳の子どもにしては、速すぎないだろうか。

　わたしが全力疾走しても追いつけない。

　廊下の先に動くものがある。

　真っ黒なドレスの裾がスイングドアの向こうに消えた瞬間だった。

　わたしは凍りついたように動きを止め、その部屋を見つめる。

　あれは――

　あれは、わたしの部屋だ。

　ドレスは子どもが着るような小さなサイズではなかった。

　魔女。

　魔女を見た。

　これで二度目だ。

　恐ろしい。

　それでも、たしかめなければならない。

　早くしないと住人たちが来る。

　恐るおそる自分の部屋に近づいた。

　見慣れた扉がよそよそしく映る。

　ゆっくりと手を伸ばす。

　スイングドアを押し開け、震える脚をなかに入れる。

　女の子がいた。黄色いワンピースの髪の短い少女。

　片隅で膝を抱え、怯えた目でこちらを見ている。

　さっと見まわしたが、ほかに動くものはない。

　少女に顔を戻す。

「――梨恵ちゃん？」

　女の子はうなずいた。ぱっちりとした大きな瞳がまだあどけなさを残している。

「赤リボンのお姉ちゃん？」

「そうよ」

　少女はわたしの胸に飛びこんできた。

「お姉ちゃん、助けて！　叔父さんはもう帰って来ないの！」

　泣きじゃくりはじめる。

　雄二さんが命を落としたことを耳にしたのね。

　かわいそうに。

　わたしはやさしく背中をなでた。

「もちろん助けてあげるわ。雄二さんに言われて、あなたを探しに来たの」

　少女が落ち着いてきた。

　わたしは屈みこみ、目線の高さをあわせる。

「梨恵ちゃん、今は時間がないの。わたしと一緒に来てくれる？」

　短い髪の子はうなずいた。

「うん」

　怯えさせないように、あらかじめ言っておいたほうがいいだろう。

「もうひとり男の人がいるんだけど、その人は味方よ。和弘さんという名前の人なの」

「わかった」

「それじゃあ、急ぎましょう」

　少女の手を引いて部屋を出ようとしたとき、扉が反対側から開く。

　しまった！

　四人の男女が入ってきた。武器を持っている。

　魔女狩り――いや、クーデターの協力者たちだ。