第6話 魔女狩り1
わたしの推測に和弘さんはうなずく。
「おまえの言うとおりだが、事態はもっと深刻化するような気がする」
「どういうことですか?」
わたしはグラウンドを見まわしながらたずねる。
仕事があるため、人々は三々五々散りはじめているが、まだ立ち話をしているグループもある。
レイダさまと神官も周囲の人々と話し合っている。
和弘さんは周囲に鋭く目を配る。
わたしたちのまわりにはだれもいない。
声を低めた。
「昨日の活躍で、レイダの人望が頂点に達している。彼女を信奉するやつらが黙っていないだろう」
舵を切りそこなったと和弘さんが言ったのは、そういうことか。
「反乱ですか?」
「そうなるな。巻きこまれる前に脱出しなければならない。特におれたちは首長に目をつけられている。反乱の噂が耳に入れば、まっさきに捕らえられるだろう」
「そうすると、今日じゅうには梨恵ちゃんを探しだし、逃げる必要がありますね」
「おまえもおれも、今日一日は自由に動ける。チャンスだな」
和弘さんは少し考えたあと言葉を継ぐ。
「おれは回収班のリーダーとして武器と装備の交渉をする。そのときに倉庫を見てまわり、リュックと水を手に入れよう。食糧は少し貯めたものがある」
「わたしはその間、梨恵ちゃんを探します」
「頼んだ。保護したら知らせてくれ。おれは倉庫のあたりにいるはずだ。問題は門衛をやっている警備班だが、すんなり出してくれるかどうか……」
わたしはサスペンダーの警備員を思い浮かべた。
「わたしに好意的な人がいます。サスペンダーの男性です。その人のシフトを狙えば、うまくいくかもしれません。ただ、もうひとりが持ち場を外したときしかチャンスがありませんが」
「それでいい。警備の者だってトイレにいくだろう。どちらが行っても、サスペンダーと話せればいいんだ」
「わかりました」
和弘さんと話すと、計画がすらすらと決まっていく。決断力があるからだろう。
「美紗紀殿、アレグロ殿!」
神官が近づいてきた。
レイダさまは先に戻っているようだ。
「神官さま」
髪の長い美しい男性は周囲を見まわした。和弘さんと同じだ。
人に聞かれては困る話に違いない。
「なんでしょうか?」
意図を理解したしるしに小声で応じた。
神官もボリュームを落とす。耳をそばだてないと聞こえないほどだ。
「首長から統治権を奪いとる計画があると、住人のかたから話をもらいました。それに乗ろうと思います」
「クーデターということか?」
神官は和弘さんに視線を移した。
「はい。彼らは無血革命と言っていましたが。それでおふたりのことです」
「おれたちは脱出する。悪いが協力はできないんだ」
きれいな顔だちの男性はうなずいた。
「そうだろうと思っていました。政権を奪取できたら合図の旗を掲げます。それを目にしたら戻ってきてほしいのです。おふたりはコロニーにとって必要なかたです。レイダさまも、それを望んでいらっしゃいます」
和弘さんはわたしに視線を投げた。
判断をまかせてくれたのだ。
わたしは頭を下げた。
「ありがたいお話です。友理のことも心配なので、そのときはお願いいたします」
神官は美しくほほ笑む。
「そう言っていただければ嬉しいです。住人たちとの打ち合わせもあり、お手伝いはできませんが、ご成功をお祈りしています」
わたしたちは神官と別れたのち、校内に戻る。
途上で和弘さんと別行動になり、わたしは梨恵ちゃんを探しに音楽準備室に向かった。
昼前の校内、特に居住区のあたりは静まりかえっている。
仕事のある者は持ち場に出かけ、夜勤の者は眠っているのだ。
梨恵ちゃんを探しだすのも難しくないだろう。
しんとした音楽室に入り、奥にある準備室の扉を開いた。
だれもいない。
どうしてだろう。
この時間、訪れる者はいないはずだ。
思案していると音楽室の扉が開く音がして、話し声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いたかしら。また事件が起きたそうよ」
「事件って昨日の妖魔のこと?」
掃除班の女性たちだ。
梨恵ちゃんはスケジュールを知っていたので別の部屋に動いたのか。
最初の女性が答える。
「違うわ、例の魔女の件よ」
どきりとした。
魔女?
わたしは準備室の扉を開けた。
「それはいつのことですか?」
二十代の女性ふたりが大きな声をあげる。
「赤リボン! いきなりそんなところから出てこないでよ、驚くじゃないの!」
それならどこにいれば驚かないのだろう。
そう思いながらも頭を下げる。
「すみません、探しものをしていたもので。それで、魔女のお話をしていたようですが」
ひとりが言う。
「そうよ、今朝のことなの。また全身から血を抜かれた犠牲者が出たのよ」
「今朝というと首長の話のときですか?」
「それか、その前ね」
もうひとりがぶるっと震えた。
「明け方ってことじゃないの。みんな眠っている時間よ。鍵もないのに、そんなときに襲われたら防ぎようがないわ」
「まったくね! 早く捕まえてもらわないと、いずれ皆殺しにされるわ。妖魔よりも恐ろしい!」
「首長はどうするつもりなのでしょう」
最初の女性があきらめたように言う。
「あの首長が自分の利益にならないことをやるわけないじゃない! だから、わたしたちで魔女を探し出すのよ。そのための特別班もつくっているらしいわ」
その言葉にわたしは青ざめる。
大変なことになった。
全教室を一斉捜索されてしまう。
本来、存在するはずのない梨恵ちゃんが発見されれば、それこそ魔女にしたてあげられる。
彼らより先に見つけなければ!
礼もそこそこに教室を飛び出した。
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