第5話 独裁政治
結局その日は、梨恵ちゃんの捜索にあてる時間がとれなかった。
いずれにせよ、校内は騒然としている。どこかに隠れてしまっているだろう。
翌朝早く、わたしたちはグラウンドに集められた。
フェンスを修繕中の整備班を除き、動ける者はみな集合させられている。
こんなことははじめてだ。
ごった返す人ごみのなかから和弘さんを見つけだし、隣に立った。
「何がはじまるんでしょう」
「昨日の騒ぎに関することだとは思うが、わからないな。ろくでもないことだけはたしかだ」
和弘さんは疲れているようだ。
あまり寝ていないのだろう。
わたしは年上の男の顔を見上げた。
「和弘さん、大丈夫ですか? 心配です」
「大丈夫だ。おまえのその言葉で元気が湧くよ」
疲れた笑みを見せる。
「静かにしろ!」
朝礼台に乗った首長の取り巻きが大声をだす。
ざわついていた場が静かになった。
みんな良くないことが起こると思っているのだ。
わたしは周囲を見まわし、端のほうに立つレイダさまと神官を発見した。執行部の側でなく、住民と同じように並ばされている。
嫌な予感がする。
「これからコロニーの方針に関する大事な話がある。心して聞け!」
かわって首長が上ってきた。
「昨日は大変な日だった。君たちもさぞ恐ろしい思いをしたとことと思う」
隣で和弘さんが皮肉を言う。
「自分は真っ先に安全な場所に逃げこんだくせにな」
そういえば、和弘さんは首長と一緒にいたのだっけ。
「和弘さん、ありがとう」
わたしは片手を伸ばして、その大きな手を握る。
屋上からの指示がなければ、妖魔の餌食になっていた。
和弘さんとレイダさまのおかげで、わたしは今日もここに立っていられる。
「おまえが無事で良かったよ」
強く握り返された。
壇上では首長の話が続いている。
「わたしは二度とこのようなことが起こらぬよう、君たちに約束しよう! まずは難民の対処についてだ」
左右の裏門を指さす。今日も朝から難民が集まっていた。
正門のほうは、建物の反対側で見えないが、同じだろう。
「今後は侵入しようとする者どもには、厳正に対処する! これまでは温情をかけていたが、それも終わりだ。警備班には実弾を支給することにした。現在、配置についている彼らには、支給済みだ」
「自分のけちな失敗をうまくごまかしたな」
和弘さんが小声で言う。
「まったくだぜ」
近くのだれかが呟いた。
「次にコロニー内部の統制だ! こちらについても厳格なルールを適用する!」
グラウンドが少しざわついた。
「静かにしろ!」
取り巻きが再び声をあげる。
静かになったのを見て、首長が再開する。
「信賞必罰だ! コロニーに貢献した者にはそれに応じた報酬を、害を与えた者に対しては、より厳しい制裁を与えることにする!」
あちこちで舌打ちの音が聞こえる。
「今朝はその第一回目の適用だ。回収班!」
横を向いて呼ぶと、取り巻きの背後から六人の男たちがあらわれた。
新入りや黒縁の姿がある。二班を見捨てて逃げてきたやつらだ。
レイダさまの治癒魔法で回復した二班のふたりはいない。
「回収班は困難な任務を成し遂げ、貴重な物資を持ち帰った。多大な貢献だ!」
「二班や雄二さんを犠牲にしてね」
わたしは呟いた。
「この行為に報いるため、彼らを執行部の一員とする」
ひどい!
和弘さんと雄二さんが妖魔を足止めしたから、彼らは追跡の恐れもなく逃げて来られたのに!
わたしは和弘さんの顔を見上げる。
瞳が潤んでいたかもしれない。
和弘さんは黙って見返す。
穏やかな目に怒りの色はなかった。
「いいんだ、美紗紀」
この人は、こういう人なのだ。
「次に罰則だ!」
首長はいっそう声を張りあげる。
「赤リボン!」
わたしはびくりとした。
手を握る和弘さんの力がこもる。
「回収班の任務をこなしたことは賞賛に値する。しかし、反抗的な態度がそれを帳消しにした! よって警備班に移動を命ずる。なお、功績を認め、本日は休養を与える。ゆっくり休み、英気を養うがよい」
「勝手なことを言うやつだ!」
和弘さんが吐き捨てる。
「そしてアレグロ。常日頃から著しく反抗的なこの者は、回収班専属とする!」
なんですって!
衝撃のあまり、顔から血の気が引くのがわかった。
「但し、物資を持ち帰った功績は認め、班のリーダーを任せよう」
嘘だ。
雄二さんが亡くなったから、統率者が必要になっただけだ。
あの経験豊富な雄二さんでさえ、命を落とした。
和弘さんだっていつそうなるかわからない。
和弘さん……
涙が地面にしたたり落ち、黒い染みをつくる。
「美紗紀、泣くな」
和弘さんの静かな声。
「泣いてなんかいません」
鼻声で返す。
首長の演説はまだ続いていた。
「最後にコロニーにおける平等性の推進について説明する。特権の剥奪だ。一部の者が享受している特権を剥奪し、他の住人と平等に扱う。ここまで言えばだれを指しているのかわかると思う。レイダと神官だ。ふたりには適切な仕事に従事してもらう」
グラウンドに大きなざわめきが広がった。
「静かにしろ! コロニーのルールに従い、この二名の最初の職務は回収班の仕事だ」
二度目の衝撃がわたしを貫いた。
自分たちのことも忘れてレイダさまに目を走らせる。
ふたりは何ごともないかのように、静かな表情でたたずんでいる。
神官さまはともかく、レイダさまはどれほど危険な任務なのか、わかっていないのかもしれない。
周囲のざわめきは収拾がつかないほどに大きくなっていた。
「回収班の出発は三日後! なお、成果のなかった先の回収班ふたりも、これに加えるものとする。以上だ!」
場内が騒然とするなか演説を切りあげた首長は、新たな取り巻きとともに去っていった。
「あいつ、舵をきりそこなったな」
落ち着いた和弘さんの声がする。
わたしは世界で一番大切な男性の顔を見た。
「和弘さん、一緒にコロニーを出ましょう」
「いいのか?」
「構いません。一刻も早く梨恵ちゃんを探しだし、三人でここを去りましょう」
「昨日、おれが持ちかけたとき、おまえはレイダを気にかけているようだったぞ。ほかにも気になることがあるように見えた」
さすがに鋭い。
「はい。ですが、今はそれどころではなくなりました。実は、わたしの友人がレイダさまに保護されています」
「保護というからには、その友人に問題が起きているのだな」
「自分の意思を失っているようなのです。同じような女性たちを、レイダさまは巫女として保護しています」
「それで二の足を踏んだわけか」
わたしはうなずく。
「はい。彼女のことはレイダさまにお願いしておきます。心配なのは、レイダさまと神官さまの回収班の任務ですが、頼みの和弘さんがいなくなれば、さすがに強行できないと思います」
回収班が全滅すれば支給した武器や装備が無駄になる。
さすがの首長でも、まったく成功の見込みのない任務を、人はともかく資源を費やしてまで推し進めることはないだろう。
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