第7話 女神との会見
新入りの男に視線を戻す。
「それでは、わたしはこれで失礼します。あとは支給所に行って必要なものをもらってください」
「待ってくれ、支給所ってのはどこにあるんだ?」
わたしはグラウンドに視線を送った。
「目についた人にたずねてください。だれでも知っています」
そっけなく答えたあとは、神官のもとに小走りで向かう。振り向きもしなかった。
ちょっとだけ溜飲を下げることができた。
「お待たせいたしました、神官さま」
近くまで来ると頭を下げた。
二十歳半ばの神官は、女性と見間違うような細い身体だった。
顔も女性のように美しい。印象的な赤い唇と切れ長の目をしている。
長くまっすぐな髪を背中まで垂らしているのは、レイダさまと同じだ。
美しい神官は微笑した。
「どうやら苦労しているようですね、赤リボン殿」
新入りの案内役のことを指しているようだ。
「神官さまのお声がけに救われました。ありがとうございます」
長い髪の男性は手を振る。
「いえいえ、レイダさまのご配慮ですよ。あなたの様子をご覧になって、早めに呼ぶよう命じられたのです」
「まあ、レイダさまがですか?」
「はい。おやさしいかたですから」
そこでため息をつく。
「もう少しご自分の立場を考えて行動していただければ、私も気が休まるのですが」
わたしは思わずくすりと笑う。
レイダさまは世間知らずなので、さぞ気苦労も多いことだろう。こんなにきれいな男の人が困った顔をするのは、ちょっとした見ものだ。
「おや、赤リボン殿には、私の苦労をご理解いただけているようですね」
わたしは秘密をうち明けるように言う。
「はい。今朝がたレイダさまには、高校とは何ですかと、真顔で聞かれました」
一瞬、あっけにとられたような顔をした相手は大笑いしはじめた。
「高校ですか! さすがに私も学校の概念については、お教えしませんでした。どうやら、私たちは同じ苦労を共有する同士ということになりそうですね。あなたは、私のはじめての理解者です」
理解者。
きっと本音だ。
神官さまは、そういった人物を心から欲しているに違いない。
権力の分散を嫌った首長が、神官やレイダさまを苦々しく思っていることは、わたしも耳にしている。
おふたりの力になってあげたい。
「はい、わたしも……」
あれ? どうしたのだろう。
神官が眉をひそめる。
「赤リボン殿、どうしました?」
「ちょっと気分がすぐれなくて」
なんだかおかしい。
空間が揺らいでいるような、見当識の喪失を感じる。
わたしの案内人は心配そうな顔になる。
「きっと働きすぎでしょう。朝から大変な目にあったのです。レイダさまとの面会前に、少しお休みになられますか? 神殿のなかでも構いません」
「すみません、ありがとうございます」
神官の肩を借りながら巨大な扉をくぐった。
建物の内部は真っ白だった。
滑らかな壁の続く廊下を抜け、広い円形の部屋に入る。
壁の一角を削ってつくったような長方形のくぼみに寝かされた。
くぼみは大柄な大人が楽に入るサイズで、わたしの身体なら余裕だった。
実際に寝台なのかもしれない。
横になりながら、ぼんやりとあたりに目をさまよわせる。
どのような仕組みかわからないが、壁を透過して外の光だけが部屋のなかに入りこんでいるようだ。
あいかわらず気分はよくない。
わたしのまわりの空間が歪んでいるような感じだ。胃の腑がひっくり返るような感覚を覚え――
気がつくと、目の前に美しい顔があった。
「レイダさま!」
わたしはびっくりして飛び起きる。
いつの間にか眠っていたようだ。
レイダさまは、ふふっと笑う。
「あまりにも寝顔がかわいいので、つい見入ってしまいました」
「すみません」
わたしは赤面した。
だらしない寝顔を見られるなんて恥ずかしすぎる。
しかも、相手は超のつくほどの美女なのだ。ただでさえレベルが違うのに、これでは無限大の差になってしまう。
「構いませんよ。お加減はよくなりましたか?」
わたしは身体のなかを探った。
あのおかしな感覚は消えている。
「はい。すっかりもとに戻りました」
美しい女神はにっこりする。
「それはよかった。では、こちらへ来てください」
寝台から身を起こし、示されたソファに移動する。校長室にあったものだ。
わたしと向かいあったレイダさまは、顔を奥に向けた。
「神官殿」
どこからともなく、あの神官があらわれた。わたしに片眉をあげて無言で問いかける。
体調は戻っている。
回復したことを示すために、軽く会釈した。
レイダさまは、半身だけを相手に向けている。
「友理殿を連れてきてもらえますか」
華奢な男性はすぐに姿を消した。
女神さまは視線を戻す。
「話というのは友理殿のことです」
「はい」
「友理殿は、あなたよりも早く、このコロニーにやって来ました」
そうだったのか。わたしは一度も見たことがなかった。
「すぐ近くにいたのですね。きちんと探していれば、もっと早くに出会えていたかもしれませんね」
レイダさまは小首をかしげる。
そのしぐさが何ともかわいらしかった。
「どうでしょうか。美紗紀殿がこのコロニーに来て間もない頃、友理殿は巫女として神殿で起居することになりましたから」
「そのときにレイダさまにお声がけしていれば、すぐにでも会えたということですか」
美しい女神さまは眉を曇らせた。
「そうでもありません」
「どういうことですか?」
「あなたがコロニーに来てすぐ、事件が起こりました」
覚えている。
警備の人たちが、あわただしく行き来していた。
「妖魔ですね。当時はわかりませんでしたが、後日聞いたところによれば、外に出ていた収穫班が襲われたとか」
「そうです。今朝の美紗紀殿と同じです。そのひとりが友理殿でした」
「友理ですか! 傷の程度はどれくらいだったのですか?」
「重傷でした。そのため、わたしが治療にあたったのですが……」
レイダさまは、わたしを見ながら言葉を濁す。
少なくとも今朝の様子では、身体に影響する大きな傷は残っていないようだった。
レイダさまが魔法を使えるというのは本当かもしれない。
そうか。だから首長は、レイダさまや神官殿を
ちょうどそのとき、神官が戻ってきた。
「レイダさま、友理殿をお連れしました」
女神さまが礼を言うと、彼は一歩下がり、後ろに控えた。
レイダさまは声をかける。
「友理殿、こちらへ来てください」
わたしの友人は無言で歩いてくる。
その顔は無表情だった。わたしの姿は視界に入っているはずだが、何の反応も示さない。
嫌な予感にとらわれた。
「レイダさま、もしや友理は……」
女神さまは痛ましげな顔になる。
「はい。事件以来、彼女の意思が感じられなくなってしまったのです」
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