第2章 生還率5割の任務

第1話 懲罰任務

 新入りはきょろきょろと見まわした。


「あんたと一緒に戻ってこれたやつは、どこにいるんだ?」


 わたしは冷たく答える。

「ばかね、任務に成功したのよ。こんなところにいるわけないじゃない」


 その後別の任務を与えられ、それきり帰らぬ人となった。

 だがそのことは、こんなやつに教えたくない。


「おい! 銃も支給してくれないのか!」

 最前列で怒鳴り声がした。


 先ほどの青シャツの人だ。

 舞台の下のフロアに長テーブルが置かれ、その上に武器が並んでいた。銃だけがない。


 声をあげた男性は、武器係の男に食ってかかっている。

 彼の言うとおりだ。こんな任務のときこその銃ではないか。


「なんであいつらは銃をくれないんだ?」

 新入りの声も不服そうだった。


 わたしは前列のやりとりに気を奪われながら答える。

「わたしたちは補充のきく消耗品だからよ」


 首長が歩み寄り、傲然ごうぜんと男性に視線を投げた。

「武器は不足しているんだ。それで我慢するんだな」


 青シャツさんは怒り狂っている。

「それなら、おれはやらんぞ! こんな貧弱な武器で行けというなら、コロニーを出る! どうせここにいても死ぬだけだ!」


 首長はあわてた顔になった。

 こんな状況で任務を放棄する者が出れば、ほかの者も追随する。

 一挙に二十人もの人間がみずからコロニーを去るとなれば、日ごろ不満を抱いている住人も続くだろう。

 連鎖的な脱退者が続けば、コロニーそのものの崩壊につながりかねない。


「まあ、待て。こっちだって、おまえたちを死なせたくはないんだ」

 コロニーの責任者はなだめにかかる。


 嘘つきめ。

 わたしは心のなかで毒づいた。


「おまえたちの危険を少しでも減らすよう、目的地までの塹壕を用意した」


「塹壕? 塹壕とはどういう意味だ?」


「文字どおりの意味だよ。地面を掘って、ルートをつくった」


「トンネルか?」


「地下ではない。そんな土木工法を習得している者はいない。資材もない」


「じゃあ、意味がないじゃないか。お日さまの照らす穴なんだろう。上から襲われて終わりだ」


「だからカムフラージュの板を敷いている。安全に進めるはずだ」


 わたしはだまされなかった。

 安全なら自分の子飼いを送るだろう。懲罰任務として課すくらいなのだ。危険に決まっている。


 首長は下手したてに出過ぎたことに気づいたようだ。急に顔をあげ、声を張りあげた。


「武器を支給するぞ、まずは二人ひと組になれ!」


 新入りがわたしの顔を見るのがわかった。

「おい、赤リボン」


 わたしは視線をあわせなかった。


 冗談じゃない。自分をレイプしようとした男に命を預けるなんて、死んでもごめんだ。

 早くだれかと組まなければ。


 急いでまわりの大人を見まわす。


「赤リボン、おれと……」


「美紗紀!」

 その場のざわめきを圧して、ひときわ大きな声が響き渡った。


 この声は!


「ここです!」

 わたしは片手を頭上に伸ばした。


 人垣をかきわけて頼もしい顔がのぞく。

 背後で舌打ちする音が聞こえたが、気にしなかった。


「アレグロ――和弘さん!」


 わたしは急いで駆け寄る。


「一緒にやるぞ」


 思いがけないことを言ってくれた。


「はい! よろしくお願いします!」


 和弘さんは眉をひそめ、わたしの顔をのぞきこむ。

「どうした? これから危険な場所に向かうというのに、嬉しそうだな」


 事実、嬉しい。


 わたしは笑顔で言った。

「三度目です」


「三度目? なにがだ?」

 戸惑ったような顔が返ってきた。


 わたしはたくましい顔を見上げる。

「和弘さんに救ってもらいました」


 わたしのヒーローは、視線を奥にさまよわせる。

 新入りがほかの男性に声をかけているところだった。


「またあいつか?」


「はい。つきまとわれていました」


「わかった。おれから離れるなよ」


「はい! 離れません、絶対に」

 わたしは力をこめて返事をする。


 和弘さんが、ほんの少しだけ笑った。


「二人組をつくった者から武器を受け取れ!」

 首長の声に、和弘さんとわたしは列に並ぶ。


 四挺しかないクロスボウは、真っ先に取られてしまった。

 残りは、鉄パイプを斜めに切断した槍とスプレーガン。

 鉄パイプは、わたしの属する採取班も武器として携えていたものだ。みんなは鉄槍と呼んでいるが、妖魔の前では役に立たなかった。

 スプレーガンのほうは、塗装工事で使うような頑丈な噴霧器で、高濃度の水酸化ナトリウム溶液を噴射する。


「美紗紀、以前は何を使った?」


「スプレーガンです」


「わかった。今回もそれだな」


「はい」


 扱い慣れているほうが良い。


 列が進み、わたしたちの番になった。

 わたしは答えたとおりの武器を選ぶ。和弘さんは鉄槍を手に取った。

 バランスを考えてくれたのだろう。


「言うまでもないが、グローブを忘れるなよ。火傷が怖い」


「はい!」


 わたしは指示に従ってグローブを受け取り、すぐに自分の手にはめる。

 隣で和弘さんも同じようにしていた。

 続いて空のリュックを受けとり、両肩に背負う。コロニーに持ち返る物品を入れるためのものだ。


 ほかのペアも思い思いの武器を手に取り、全員が揃ったところで建物の外に出る。


 グラウンドでは各班があちこちで仕事をしていたが、みな手を止めてこちらに視線を向けた。


 同情といくらかの好奇心が混ざった視線のなか、わたしたちは西の裏門に向かって進む。


 先頭は、クロスボウを手にした青シャツさんだった。

 リーダーとして一行を率いるつもりなのだろう。新入りを含め、だれも異を唱える者はいない。


 門の前では、レイダさまと神官が見送りに来ていた。巫女たちは連れてきてはないようだ。

 レイダさまは、祈るように胸の前で両手を組んでいる。


 目の前を通るときに、声をかけられた。

「美紗紀殿、どうか気をつけてください」


「必ず戻ります」


 わたしは答え、隣にいる神官に視線を向ける。

 長い髪の美しい男は黙ってうなずいた。


 銃を持った警備班の男性が裏門を開く。

 わたしたちは足取りも重くコロニーをあとにした。

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