第8話 追跡者たち3

「残念だったな。おまえたちの逃避行もここまでだよ」


 わたしたちは無言で銃に目を注ぐ。


「おまえたちを探しにきたのは三人だけだと思ったか? あさはかだな」


「おれたちを捕まえるのに、二組も使うとはな。ご丁寧なことだ」


 新入りの男はにやにやした。

「ジムに行かせたふたりのことか。手分けして探すことにしたんだよ。念には念を入れろってことだ」


 和弘さんがわずかに眉をひそめる。


 わたしも相手を見つめた。


 話がかみあっていない。

 森から追ってきた難民たちのことは知らされていないとみえる。

 ジムのふたりはこの男が重用されているようなことを言っていたが、首長にとってはただの駒だったか。


 はじめて見るもうひとりが、新入りに言う。

「ふたりと聞いていたが、この子どもはなんだ?」


 新入りはちらりと梨恵ちゃんに目を落とす。


「何でもいいさ。どうせここで始末するんだ」


 なんですって!


 少女がわたしの手をつかんだ。


「やめて! この子はまだ十二歳なのよ。やるなら、わたしたちだけにして!」


 冷酷な男がじろりと見る。

「おまえは連れていってやるよ。但し、おれの女になるという条件だ」


「いやよ!」


「それなら、みんなここでさようならだな」


 わたしは唇を噛んで押し黙った。


 いずれにせよ、梨恵ちゃんと和弘さんを助ける気はない。

 どうすればいいだろう。


 新入りが奥に向かって怒鳴った。

「おい、おまえら! 尋ね人はとっくに捕まえたぞ。早く来い!」


 角の向こう側にいた三人がやってきた。


 新入りが舌打ちする。

「まったく使えねえやつらだな」


「悪かった。それより早くけりをつけて帰ろうぜ。ここは妖魔が来る。長居は無用だ」


「臆病なやつらだな」


 和弘さんが皮肉る。

「スプライトに腕をやられて泣き声をあげていたやつと同一人とは思えないな」


「何だと!」


 痛いところを突いたようだ。

 新入りが顔を真っ赤にして怒り狂う。


「決めた! おまえとその子どもは火あぶりだ!」


 梨恵ちゃんが泣きはじめた。


 わたしは少女の手を握りながら訴える。

「やめて、お願い! 何でもするわ!」


 仲間のひとりがおずおずと言った。

「なあ、いくら何でもそれはやばいんじゃないか」


「いいんだよ! こいつらは魔女の仲間だ。魔女といったら火刑と決まっているだろう!」


 めちゃくちゃな理屈だ。

 首長派もクーデター派も、みんな魔女騒動にかこつけて、気に入らない人間を粛清しようとしている。


 梨恵ちゃんはまだ泣きじゃくっている。


「うるさいぞ、黙れ!」


 わたしは言い返そうと口を開き――少女の握る手の力が強くなったことに気づいた。

 すぐに緩め、また強く握る。


 これは合図だ。

 何のサインだろう。


 めまぐるしく頭を回転させる。


 そうか!

 この子は頭がいい。

 魔法を使うのだ。


 トレーニングジムでの一件がいい肩慣らしになった。

 今こそわたしたちの魔法の真価を発揮するときだ。


 こっそり男たちの顔をうかがう。

 気づいている様子はなかった。


「外に出るぞ。建物のなかで火を起こして燃え移ったら、消し止めきれないからな」


「待ってくれ。外に長くいると妖魔に見つかる。屋内でなんとかならないか?」

 別のひとりが提案した。


 新入りが考えこむ。

「それもそうだが、延焼もこわいぞ。ここは物資の調達場所だから、燃やしてしまうと首長がうるさい」


 最初の男が言った。

「美術館がいいんじゃないか? あそこはまわりから離れている。建物ごと燃えてもそこだけで済む。たしかスポーツ施設のほうにあったはずだ」


「よし、そこにしよう」


 わたしたちは背中をライフルで小突かれながら外に出た。

 逃げてきたばかりのスポーツジムの方角に戻る。


 和弘さんはさっきから無言だった。

 ときどき隙を見て、周囲にすばやく目を配っている。

 わたしたちの計画とは別に何かを考えているようだ。


 しかし、いま合図を送ると男たちに悟られる。

 梨恵ちゃんとわたしだけでやるしかない。


 美術館の前まで来た。

 三階建てになっている円形の建物のエントランスを抜ける。

 一階のホールで立ち止まらされた。


 新入りが仲間に言う。

「燃料が必要だな。どこから調達すべきか……何か思いつくものはあるか?」


「近くにバイクが数台放置されている。そこから抜き取れるはずだ。灯油ポンプさえあれば何とかなる。器具は店に置いてあるだろう」


 ふたりを取りに行かせ、別の男たちに服飾店から運んだ衣類を積みあげるよう命じた。

 そこにギフトコーナーにあったぬいぐるみや書籍など、燃えやすいものを足していく。


 和弘さんはあいかわらず周囲を気にしている。


「おい、アレグロ。逃げ道を探しても無駄だぞ。おまえが逃げるそぶりを見せたら、赤リボンが痛い目にあうことになるからな」


 命は奪わないと言っておきながら、暴力は否定しない。

 助けを求める気などないが、この男の精神構造には吐き気をもよおす。


「そんなことはしない」

 和弘さんが短く答える。


 ガソリンを抜き取りにいったふたりが戻ってきた。

 ポリタンクを台車に乗せている。


 新入りが嬉しそうな顔になった。

「それだけあれば盛大に燃えるな」


 男たちが衣類の山からいくつかを選り分け、小さな山をつくった。

 そこにガソリンをかけ、使い捨てライターで火をつける。


 真っ赤な火が勢いよく燃えあがり、黒い煙を吐きだす。


 梨恵ちゃんがすすり泣きはじめた。


 ホールに煙が漂い、男たちがあわてて窓を開けに行く。


 まだ和弘さんも梨恵ちゃんも縛られていない。

 男たちが分散している今がチャンスだ。


 新入りのライフルが最大の脅威だが、誤射を警戒して判断は遅れるだろう。


 新入りのまわりに煙が流れてきた。


「おい、窓だけじゃ足りない。扉も開けておけ!」

 注意が仲間に向く。


 わたしは静かに移動し、ふたりの味方から距離をとる。

 梨恵ちゃんがはっとしたように視線を走らせてきた。

 小さなうなずきを返す。


 少し離れたところで立ち止まった。


「わたしを火あぶりにしなくていいの?」

 声がホールに反響する。


 男たちの視線が一斉に集まった。


 新入りが訝しげな顔をする。

「命を助けてやろうというんだぞ。おまえ、そんなにこいつらと一緒に死にたいのか?」


 そう、あなたには理解できないでしょうね。

 最初からそうだった。

 愛も思いやりも持ちあわせていないサイコパスめ。


「わたしは魔女よ。火あぶりにしないと恐ろしい目にあうわよ」


「おい、やっぱりこいつ……」

 ひとりが青ざめる。


 新入りの男は鼻を鳴らした。

「ばかばかしい! 赤リボンが魔女だと。おれはよく知っている。こいつはただのひ弱な高校生さ」


「そうかしら。それなら隣の部屋に何が見える?」


 わたしは指さした。


 そこには魔女がいた。

 全身から血を滴らせ、全裸のわたしがゆっくりと歩いてくる。


 男のひとりが悲鳴をあげた。

「なんだ、こいつは!」


「言ったでしょう。魔女よ」


 新入りがライフルの引き金を引いた。

 轟音が鳴り響き、魔女の背後にある壁がえぐれる。


「な、なんで……」

 新入りの顔がみるみる青ざめる。


 わたしはくすくす笑ってみせた。

「ばかな人間。魔女に銃がきくと思っているの」


 ちらりと梨恵ちゃんに目を向ける。

 少女はうなずいた。


 魔女の姿が消えた。


 きょろきょろ見まわしていた男のひとりが声高に叫ぶ。

「お、おい。奥だ!」


 長い画廊の奥に消えたばかりの魔女がいた。

 跳躍する。

 長い廊下をひと飛びで距離を詰め、ひとりの前に着地した。

 棒立ちになった男を壁に叩きつける。

 男が動かなくなった。


「おまえ、本物の魔女だったのか!」

 新入りがわたしに銃の狙いをつける。


「美紗紀!」「お姉ちゃん!」


 覚悟していたことだ。

 だから巻き添えを食わせないよう、そばを離れたのだ。

 目を閉じる。


 扉のほうで恐ろしい声があがった。


「よ、妖魔が来た!」

 別の男の叫び声に目を開く。


 腕の長い緑の化け物がホールの入り口に立っていた。

 足もとには血の海のなかで横たわる男。


 あの森で遭遇したやつだ!


「くそ! こっちが先だったか!」

 和弘さんがうめくように口走り、梨恵ちゃんを抱える。


 男たちが気を取られている隙にわたしの手を引っぱった。腕が抜けそうなほどだ。


 走る和弘さんに引かれ、ギフトコーナーの片隅に身を隠す。


 わたしは少女を抱きしめた。

 ふたりとも震えている。


「和弘さんはこれを待っていたんですか?」

 うわずった声で質問した。


「いいや、こっちは恐れていたほうだ。おれが期待していたのはあっちだ」


 開け放たれた扉から入ってくるふたつの人影。

 白い衣装のそれは――


「友理!」


 妖魔を恐れる様子もなく、うつろな瞳を向けてホールに入ってきた。

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