第7話 魔女の正体

 わたしが羞恥に身もだえしていると梨恵ちゃんが声をあげた。

「お姉ちゃん、わたしもわからないことがあるんだけど」


 ほっとして救いの言葉に飛びつく。

「何かしら?」


「お姉ちゃんの顔をした妖魔が喋ったでしょう? "ユンダー"と言っているように聞こえたよ。お姉ちゃんの知っている人?」


 そのときのことを思い浮かべた。

 男たちを出し抜くのに必死で正確に覚えていないが、そう聞こえた気がする。


「ううん、そんな名前の人は知らないし、そんな言葉もはじめて聞いたわ」


 和弘さんが何かに気づいたようだ。

「もしかしたら、単に人間の言葉を繰り返しただけかもしれないぞ」


 あのとき、わたしたちはどんなことを喋っていたっけ。


 少女が即座に思いだした。

「あの槍を持った人が何か言っていたね!」


 和弘さんが口にした。

「"なんだっていうんだ"だな」


 梨恵ちゃんは合点がいったような顔をする。

「その最後の部分、"いうんだ"ね! それを妖魔がユンダーと聞きとったのね」


「聴覚も人間と同じようにつくり変えられたので、キャッチできたということですね」


 目の前の男性がため息を漏らした。


「恐ろしいな。あのままおれたちがやられていれば、もうひとりのおまえができあがる。完全に言葉を学習し、服を着てしまえば、おまえのことをよく知っている者でないかぎり区別がつかない。コロニーの連中はおまえが帰ってきたと思いこみ、なかに入れるだろう。そこで殺戮がはじまり、全滅だ。まさに美しい顔をした魔女だな」


 梨恵ちゃんが思わずわたしを見てほほ笑む。

 自分の頬が紅潮するのがわかった。

 和弘さんは自分の言ったことに気づいていないようだ。


 わたしはごまかすため、別の疑問を投げた。

「もし魔女がわたしと梨恵ちゃんがつくりあげたスプライトだったとしたら、コロニーで血を抜かれた犠牲者の事件はどうなるのでしょう。最初の犠牲者は、わたしが来る前のできごとと聞いています」


 和弘さんは意表をつかれたようだ。


「たしかにその謎が解決していないな。素直に考えれば、ほかにも魔女がいることになるが……」


 額にしわを寄せて考えはじめる。


「わたしは神殿で気分が悪くなりました。梨恵ちゃんの魔法なら影響はないはずです。やはりほかにもいそうですね」


 クーデターの行方は別として、まだ安心はできないということだ。


 がたりという音がした。

 ホールのほうだ。


 だれかがいる。

 わたしたちを追ってきた男たちがドアを開けっ放しにしたに違いない。


「ふたりともここにいろ」

 和弘さんが小声で命じ、ひっそりと出入り口に向かう。


 わたしは立ちあがり、梨恵ちゃんを背中にかばった。

 ホールのほうで動くものがある。陰になっているためよく見えないが、人間のようだ。


 和弘さんが入り口で立ち止まった。


「美紗紀、来てくれ」

 声をひそめる様子はない。口調も穏やかだった。


 わたしは梨恵ちゃんと手をつなぎながら歩み寄る。

 和弘さんの隣に立ち、その視線の先を追った。


 ホールの中央に、白装束の女性がふたり立っている。


「レイダの巫女だ」

 和弘さんが言った。


 クーデターが成功して、レイダさまか神官が人をよこしてくれたのだろうか。巫女を同行させていれば明確にわかる。


 ひとりがこちらに顔を向けた。


「友理!」


 わたしは驚いて歩み寄る。

 和弘さんと梨恵ちゃんもついて来た。


「友理、レイダさまと一緒に来たの?」


 友人の視線は隣にいる和弘さんに移った。


「魔女」

 ぽつりと漏らして手を伸ばす。


「どうした? 何か言いたいことがあるんだな」

 和弘さんが一歩近づいた。


 船酔いのような気分の悪さが湧き起こり、空間の歪みを感じる。


「和弘さん、避けて!」


 和弘さんが身をよじって友理の正面から逃れた。

 わずかに遅れた片腕が、友理の伸ばした指先の延長線上に残る。


 空気が弾ける音がした。シャツの袖が真っ赤に染まる。

 和弘さんの血が空中を伝って友理の指先に吸いこまれていく。


「友理、何をしているの!」


 わたしの友だちは、ぼんやりと目を向けるだけだった。


 隣にいるもうひとりの巫女がゆっくりと片腕をあげる。


 その先にいるのは梨恵ちゃん!


「梨恵ちゃん、こっちに来て!」

 わたしはつかんでいた手をぐいとひっぱる。


 小さな悲鳴をあげ、少女の身体が前のめりになった。


 空間が揺らぐ感覚がして、その上を何かが通過する。

 奥にあるガラス窓が音をたてて割れた。


「美紗紀、走るぞ!」


 和弘さんが友理に突進する。

 大人の男性のタックルをまともに食らった友人は、あっけなく跳ね飛ばされた。


 わたしはもうひとりに足払いをかける。

 そいつの両足が床から離れるのを横目で確認し、少女の手を引いて駆けだした。


 建物の入り口を抜け、外に走り出る。

 広いモールの通りを駆け抜け、居並ぶ建物のひとつに飛びこんだ。


 避難先は服飾の百貨店だった。小さな店から大型のテナントまである。

 二階に駆けあがり、窓のある適当な店を選んで様子をうかがうことにした。


 身を屈めながら窓際まで走り寄る。

 外をのぞいた。

 友理たちはようやくスポーツ施設の建物から出たところだった。


 幸い彼女たちの足は遅い。

 ここで行方を確かめ、違う方向に動けばよい。


 友理たちは通りをよこぎり、別の建物に入っていった。


 和弘さんが腕を押さえている。

 指の間から赤い血がしたたっていた。


「その腕、大丈夫ですか」

 鼻声になっていたが止められない。


「大丈夫だから泣くな」


「泣いていません。止血をしましょう」


 和弘さんは顔をしかめた。

「そうだな」


 わたしは梨恵ちゃんと従業員用の部屋に入り、救急セットを探しあてた。

 和弘さんのシャツを脱がせ、止血用の包帯を巻いた。

 その後、手近な店から身体にあう男性用のシャツを調達する。


 ひととおりの対応が済むと、ほっとして座りこんだ。


「魔女の正体は巫女だったとはな」

 和弘さんがぽつりと言った。


 認めたくないが、友理は和弘さんの血を吸収していた。

 コロニーの犠牲者も全身の血を抜かれていた。

 もはや間違いない。


「神官さまは、夜間は神殿の扉の鍵をかけると言っていました」


「あいつは魔女騒ぎの真相を薄々感づいていたのかもしれないぞ」


 レイダさまの安全というよりは、巫女を外に出さないことを目的としていたのかもしれない。


 わざわざ魔女の話題を持ちだしたのは、巫女が怪しまれていないか反応を見るためだったのだろうか。


「お姉ちゃん、おじさん!」

 梨恵ちゃんが小声で注意を引いた。


 少女の指さす先に三人の男がいた。

 テナントをあらためている。

 みな回収班にいた男だ。

 ということは首長派。わたしたちを探しているに違いない。


「難民を使った森の二十人、ジムにあらわれた男ふたり、そしてここの三人か。おれたちを捕らえるだけのために、ここまでの人数をかけるとはな」

 和弘さんが呟く。


 よほどわたしたちが憎いとみえる。


「やつらが向かいの店に入ったら、反対側の出口から出るぞ」


 わたしたちは静かに移動する。

 男たちの姿が消えた瞬間、そっと外に出た。

 その先は曲がり角だ。数十歩でたどり着く。


 音をたてずに足早に進み、角を曲がる。

 そこで思わず足を止めた。


 通路の中央にふたりの男が立っている。

 ひとりはライフルを持ったあの新入りだった。

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