第9話 女神の出自2
ホールは大混乱になった。
銃を乱射する音と男たちの悲鳴、それに妖魔の濁った甲高い咆哮がかさなる。
ひとりが巫女の指先に触れ、大量の血を噴出させた。
壁際では、妖魔にのしかかられた魔女が引き裂かれようとしている。
両断される寸前、両手が伸び、化け物の腕を引きちぎった。
近くにいた新入りの男は、戦う二体の化け物に銃を向けながら用心深く後退している。
片足が火のついた本を蹴飛ばし、衣類の山に燃え移った。
ガソリンをたっぷり吸った可燃物の山が大きな音をたてて燃えあがる。
炎が床に広がった。
振り返る新入り。その目がガソリンで満たされたポリタンクに向く。
「ああ、やばい!」
いつものふてぶてしい様子は消え去り、恐怖の表情をはりつかせていた。
炎が広がり、壁や柱を舐めていく。
ホールが黒い煙で充満し、あたりが見えなくなった。
悲鳴と妖魔の鳴き声だけが反響する。
目が痛い。涙が出はじめた。
みんなむせている。
かろうじて見える視界のなか、梨恵ちゃんを抱えあげる和弘さんのシルエットが映った。
「ガソリンタンクが爆発する! 逃げるんだ!」
荒々しく手を引っ張られる。
「でも友理が!」
「無理だ! 逃げろ!」
わたしたちは出口と思われる方角を目指し、一目散に駆けだす。
胸の悪くなるような焦げたにおいのなか、咳をしながら走った。
扉を抜け、陽光のなかに飛びだす。
「まだだ、走れ!」
和弘さんのかけ声に押され、脚を動かし続ける。
背後から喉が裂けそうなほどの絶叫が聞こえた。
新入りの声だ。
直後、大地を揺るがす爆発音が轟く。
「きゃあっ!」
叩きつける熱波にあおられ、転倒した。
通り抜けたばかりの出入り口から炎が噴き出している。
あっという間に上階へと達し、洒落たつくりの建物を紅蓮の炎で包んだ。
「友理……」
わたしは膝をついたまま呟く。
「一体だれがあなたたちをこんな目にあわせたの……」
涙が頬を流れ落ちる。
和弘さんが静かに言った。
「美紗紀、わかっているはずだ」
少女がわたしの手を取る。
「美紗紀お姉ちゃん……」
「大丈夫よ、梨恵ちゃん」
女の子を抱きしめ、肩越しに年上の男性を見つめる。
「でもレイダさまは……」
「レイダさまじゃない、レイダだ」
和弘さんが穏やかに言う。
「巫女に命令を下せるのは彼女だけだ」
わたしは無言だった。
あのレイダさまが裏で糸を引いていたなんて。
信じたくないが、そう考えないと説明がつかない。
クーデターの企みを住人に吹きこんだのもレイダだったのだろうか。
たしかに彼女が一声命じるだけで大勢の人が動く。
目的はコロニーの支配だろうか。
わたしたちがコロニーを去ることは、神官にしか伝えていなかった。
急いで巫女に追いかけさせたのは、味方に引きこむためだろうか。
いや、彼女たちは和弘さんを手にかけようとしていた。
命を狙ったのだ。
レイダ、大好きだったのに……
「和弘さん、コロニーに戻らせてください」
「そう言うと思ったよ」
やさしい口調だった。
「レイダに真相を聞きたいんです。友理のためにも」
「わかった」
「お姉ちゃん、わたしも行くよ」
梨恵ちゃんが言った。
わたしの個人的な思いで巻きこんでしまうのはよくない。
「危険だから和弘さんとここにいてね」
少女はわたしの目をまっすぐ見た。
「わたしもお姉ちゃんの力になりたいのよ」
「美紗紀、ひとりでは行かせないぞ」
和弘さんも同意する。
「でも、危険です。コロニーはまだクーデターの最中かもしれません。首長派が鎮圧した可能性もあります。梨恵ちゃんは、もともとコロニーには存在しない人間でした。首長派に見つかれば密入者扱いでどうなるかわかりません。クーデター側に発見されても、魔女にしたてあげられてしまうでしょう」
「そうだ。だからおまえの魔法の出番だ」
「わたしの魔法ですか?」
「コロニーの連中に暗示をかけるんだ。梨恵を彼らの意識から外す。もともと彼らは梨恵の存在を知らない。覆い隠すのは難しくないはずだ。おまえの魔法の効果は、声の届く範囲までだろうが、それで充分だ。あとはおれが常に張りついて守ってやる」
わたしは念を押す。
「梨恵ちゃん、本当にいいのね」
「いいわ」
少女は力強くうなずいた。
「わかったわ。ありがとう」
わたしは抱きしめた。
行動方針が決定すると、和弘さんはカー用品の店にわたしたちを連れていった。
並んでいる新車から悪路に強い車を選び、事務室からキーを拝借する。
店内から新品のバッテリーを持ちだし、車のそれと交換した。
車内に入り、エンジンをかける。
ガソリンは半分くらい入っていた。
「よし、行こう」
塹壕に沿ってコロニーまでの道を走る。
車では通れない道になったら乗り捨て、塹壕に入って残りの行程を進むことにした。
和弘さんが運転しながら話をする。
「レイダはおそらく妖魔だ。いや、妖魔だったというべきか」
わたしは思わずその顔を見た。梨恵ちゃんも驚いている。
「どうしてそう思うんですか?」
「おまえたちも見たろう、トレーニングルームの魔女を。美紗紀そっくりの姿をしていた」
「あれは、わたしの血を吸ったからじゃないんですか?」
「そうだ。レイダも同じだ」
「つまり、彼女のオリジナルとなった女性の血を吸ったということですか」
和弘さんが厳しい顔をした。
「そうだ」
そしてその女性は死んだ。
和弘さんは続ける。
「レイダが神殿のそばで発見されたときは全裸だった」
「妖魔から変態したばかりだったからですね。あの魔女と同じように」
「そうだ。それに、高校の概念を知らなかったそうだな」
「はい」
「その後、過去の記憶を失っているとも打ち明けた」
「はい」
「妖魔からの完全変態であれば、前世の記憶がないのもうなずける」
梨恵ちゃんが口をはさむ。
「でも、お姉ちゃんそっくりの魔女は凶暴だったよ。力も強かったし。レイダさまとは全然違う」
「スプライトの種類が違うのかもしれない。おまえたちと共存しているスプライトは、外界に対して積極的な働きかけはしない。レイダもだ。ところが、トレーニングルームの魔女はおそろしく攻撃的だった。振る舞いが異なるのは、種族が違うからではないか」
そういえば、モールの駐車場にあらわれた妖魔の姿をしたスプライトは攻撃してこなかった。
わたしたちの恐怖に反応し、ある意味で期待されたとおりの動きをしただけだ。
一方、新入りの腕に穴を空けたり、ショートカットの女性を火だるまにしたやつは好戦的だった。
スプライトにも個性があるということか。
「じゃあ、美紗紀お姉ちゃんに魔法の発動を感知させるのは、受動的なスプライトだね」
「攻撃型、ニュートラル、受動型だな」
和弘さんが整理する。
「待ってください。わたしには二種類のスプライトが棲みついているということですか?」
「そうかもしれないぞ」
「お姉ちゃん、スプライトのデパートだね」
梨恵ちゃんが笑う。
かわいい笑い声に、真剣な和弘さんの声がかさなる。
「植物から妖魔が生まれ、その妖魔はスプライトによって別の生き物へと
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