第7話 ショッピングモール2

 何とか妖魔の目を盗み、鎮痛剤を手に入れて一階に戻ると、青シャツさんは班をふたつのチームに分けていた。


 わたしは全員の人数を数える。


 回収班は二十名の編成でコロニーを出発した。

 塹壕で二人やられ、ショッピングモールの入り口でひとりやられた。

 今は十七名になってしまっている。


 ほかにも重傷者がひとりいる。

 左腕をやられた新入りは動けるようだが、青シャツさんは負傷者の介護要員として置いていくことに決めたようだ。


 新入りは痛みに顔をしかめているが、心の底では喜んでいるようだった。


 一チームは八名、それぞれ古参と新顔が四名ずつ入る。

 和弘さんとわたしは青シャツさんの第一班になった。新顔の黒縁も同じだ。

 黒縁の様子がおかしく、何をするかわからない。そこで目の届くところに置き、最も腕の立ちそうな和弘さんを加えたのだろう。


 自分の所属する班を教えてもらったあと、和弘さんとわたしは回収した品を預けた。

 薬と予備バッテリー付きのトランシーバー、それに懐中電灯だ。

 その後、二階にいた妖魔の件を報告する。


「まだ二階にいるのか?」


「おれたちが出るときはそうだった。ほとんど動いていなかったな。あんなの、はじめて見た。おそらく鼻先を歩いても気づかれなかったんじゃないか。美紗紀の見立てでは、スプライトに幻覚を見せられているということだが、そのとおりかもしれない」


 スプライトを捕食していた件は、あとでいいだろう。


「わかった。しばらくは動かないと考えていいんだな。二階の探索は見送り、地下と三階をあさることにしよう。それぞれ食品売り場と日用品のフロアだ。地下はおれたち一班。二班には三階を割り当てる。回収すべき品は、サプリメント、食品、医療キット、衣類などが中心だ。集合はここに二時間後だな」


 和弘さんは青シャツさんに一歩近づいた。囁き声になる。

「二階に見張りを置いたほうがよくないか?」


 青シャツさんは押し黙った。じっくりと検討しているようだ。


 和弘さんが小声で言ったのは、リーダーの判断に疑義を呈したと、他の者に受け取られないようにするためだろう。

 指導力に疑いを抱く者が出れば、組織はまとまらなくなる。


 ようやく青シャツさんが口を開いた。和弘さんよりもさらに声のボリュームを落とす。

 わたしは耳をそばだてた。


「見張り役は危険だ。ここにいるやつらは、頼りにならない」


 青シャツさんの言うとおりだった。

 この場にいる人間は、通常の仕事で大きな失敗をしたため、その懲罰として物資回収の仕事を命じられたのだ。

 和弘さんは別だが、ほかの者はコロニー内の仕事上でのミスだ。内部の仕事は、さほど命の危険はない。


 だが、ここでは違う。妖魔に見つかれば、まず生き延びることはできない。

 見張り役は、自分の命と引き換えに、危険を知らせなければならないのだ。

 普通はできない。新顔ならなおさらだ。

 最悪の場合、妖魔を引き連れたまま仲間のもとに逃げ帰ることだってあり得る。

 そうなれば全滅だ。


 そんなリスクを負うよりは、各班で担当フロアの見張りを立て、非常時は一斉に別の出口から逃げるようにしたほうがいい。


「わかった」

 和弘さんがうなずいた。


 青シャツさんは第二班のリーダーと方針を確認しに行った。

 それが済むと、わたしたちは負傷者用にトランシーバーと懐中電灯を残し、出発する。


 食品売り場の地下は真っ暗だった。

 当然のことながら窓などない。

 三個持ってきた懐中電灯をすべて点灯させた。トランシーバーの電源は入れたままだ。


 青シャツさんは最後尾につき、三階を探索中の第二班と頻繁に連絡を取っている。


 わたしたちは食べものの陳列棚に向かった。

 妖魔があらわれたときに備えて、それぞれがお互いを確認できるようポジショニングする。

 懐中電灯の明かりのなか、なるべく保存のきくものを選び、リュックに詰めこんだ。


 作業が進み、暗闇にも慣れてきた頃だれかが口を開いた。新顔のひとりだ。

「あのスプライトって生き物だけど、なんであのふたりだけを攻撃したんだ?」


 ばか!

 ここには亡くなった女性の恋人もいるのよ。


 わたしは苛立ちながらも自分の作業を進める。


「あの生物はな、刺激を受けると自己防衛のため外界へ干渉するんだ。それを魔法と呼ぶやつもいる」

 薄暗闇に古参の説明する声が響く。


「入り口で三回、違った攻撃を受けたように見えたんだが。なんで攻撃の強度が違うんだ?」


「魔法の強さは、刺激の強さに比例するんだよ。スプライトにとって深刻な刺激であるほど、魔法の強度も高くなってくるってわけだ」


 新顔は無思慮に質問し続ける。


「あの幻覚みたいなやつはどうなんだ? あのとき、ショートカットは何もしなかったじゃないか。腕を銃弾みたいに穴だらけにされた男のほうは別として、どうして彼女が攻撃を受けたんだ?」


「スプライトは感情による刺激にも反応するんだよ。恐怖や怒りの感情を感じとると、それに応じた反応をするのさ。だから、幻覚を見ても何もせずにいれば、そのまま終わっていたんだ」


「ひょっとして、駐車場の妖魔もそうだったのか? おれたちの恐怖に反応したスプライトの魔法だったのか?」


「そうだ」


 新顔はなぜか不満げな声になった。

「本物そっくりに見えたぞ。それに車も大破していた」


「本物だよ、あの時点でのな。スプライトは相互に結合し、実体のある姿をとることができるんだ。体組織もオリジナルどおりに変性される。ただ不安定だから、短時間で分解してしまうんだよ」


 質問した男は気が抜けたような声をだす。

「じゃあ、あそこでただ座っていればよかったのか」


「結果から言えばそうだが、それは後付けだな。駐車場の妖魔が本物の可能性だってあったんだ」


 青シャツさんもいらついていたのだろう。ふたりの会話を遮った。

「おしゃべりはそこまでだ。早く作業を終えて戻るぞ」


 その後はみな黙って作業を進めた。

 懸念していた黒縁もトラブルを起こすことなく働く。

 やがて全員のリュックが満杯になった。


 わたしたちは戦利品でぎゅう詰めになったリュックを背負い、一階の集合場所へと戻ることにした。


 ひとりが先行して様子を見にいく。


「おい、だれもいないぞ!」

 驚きの声があがった。


「まだ戻って来ないんだろう」


「違う! 二班のことじゃない。負傷者のほうだ!」


 わたしたちは寝かせてあった場所に急いだ。


 ベッド代わりのマットやトランシーバーは残っているが、新入りと重傷のレザージャケットさんの姿が見えない。


 青シャツさんはすぐに第二班に確認をとり、短い会話を交わした。


「向こうにも行っていないようだ」


「懐中電灯がなくなっているな」

 和弘さんが指摘した。


 青シャツさんはあったはずの場所に目を落とす。

「少なくとも、自分の意思で出かけたってわけか」


「レザージャケットさんの容体が変化して、二階に医薬品を取りにいったということはないですか?」


 リーダーは少し考えて首を振る。

「それなら、新入りひとりで行くはずだ。二階に妖魔がいることは、ふたりとも知っている。歩行に支障を来たす重傷者を連れていくわけがない」


「それもそうですね」


「こうなったら手分けして――」


 言いかけたときに、仲間の声があがった。


「いたぞ!」


 全員の目が一斉にそちらに向く。


 新入りがひとり、のんびりと歩いてくるところだった。片手に懐中電灯を下げている。

 わたしたちに気づき、訝しげな顔つきになる。


「どうしたんだ?」


 青シャツさんがたずねる。

「どこに行っていたんだ?」


 新入りは腹立たしそうに答えた。

「トイレだよ! 行っちゃまずいっていうのか!」


「レザージャケットはどうした?」


「あの負傷者のことか? そこにいるだろう」

 顎をしゃくう。


 和弘さんが口を挟んだ。

「いないから聞いているんだ」


「知らねえよ、そんなこと! おれはあいつの子守役じゃないんだぜ!」


 和弘さんが胸ぐらをつかんだ。

「おまえはお守り役のために置いたんだよ! 勝手にトイレに行くんじゃない!」


「それならどうすりゃいいんだよ! おまえらだっていなかったんだ! 置いて行くしかないだろうが!」


「トイレなんて、このフロアの片隅でするんだよ! いつまでも滅んだ文明にすがりついているんじゃない!」


 近くで別のひとりと喋っていた青シャツさんが向き直った。


「アレグロ、レザーが見つかった」


 和弘さんはすぐに口論を打ち切り、顔を向ける。


「どこにいる?」


「どこにいた、とたずねるほうが正確だな。反対側の階段で発見したが、息をしていなかった」


「死ぬようには見えなかったぞ」


「ああ。妖魔のしわざだ」


「なんだって? どうしてそう思った?」


「体液を吸われたようだ。血がほとんど残っていなかった」

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