第6話 ショッピングモール1

 フロアにはキャンプ用品の売り場もある。

 和弘さんはまずそちらに向かい、懐中電灯と電池を調達した。


 建物には吹き抜け箇所があり、採光窓から差しこむ陽射しで明るい。だが、壁で囲まれた部屋や廊下もあるだろう。

 そのための用途だ。


 問題なくライトが点灯するのを確認し、フロアの奥に向かう。

 従業員用の出入り口を抜けた。


 直接売り場に行かないのだろうか。


「どこに行くんですか?」


「警備員室だよ。トランシーバーがあるはずだ」


 そうか。

 電機用品のフロアは上方の階にある。あの空間がねじれた箇所かもしれない。

 だから手近なところから調達するというわけね。


 和弘さんは機転がきく。

 このまま、ずっとそばにいられれば嬉しい。

 わたしは頼もしいその顔を見つめる。


 不意に和弘さんのいぶかしげな視線が向けられた。

「どうした?」


「いえ、何でもありません」

 自分の頬が赤くなるのがわかった。


 狭い廊下は真っ暗だった。

 懐中電灯の灯りを点け、目的の部屋まで進む。

 たどり着いた警備員室は、そこそこの広さだった。

 このサイズの建物なのだ。警備の人数もそれなりにあっただろう。


 和弘さんはひとわたり懐中電灯の光を向けたあと、なぜかまっすぐロッカーに歩み寄る。


 扉にライトを当て、端からネームを確認していった。目当ての名前を見つけたらしく、その扉を開く。

 下がっている制服を全部投げ捨てたあと、上半身を突っこんだ。

 なかでごそごそとやっている。


「何をしているんですか?」

 しびれをきらしたわたしは質問する。


 奥からくぐもった声が聞こえてきた。

「おれはここに勤めていたことがある。このロッカーを使っていたやつは、会社の備品をくすねていたんだよ」


 目的のものを見つけたようだ。


「あったぞ」


 段ボール箱を取りだした。

 ガムテープを剥がし、なかに敷かれているカムフラージュの古雑誌を取り去る。

 下に並んでいたのは新品のトランシーバーとバッテリーだった。


「こんなもの、どうするつもりだったんでしょう」


 外国映画には盗品の故買屋が登場するが、日本にもいるのだろうか。仮に存在したとしても、一般の人がそんな裏社会とつながれるとは思えない。


「ネットで売るんだろう。ほかの商品も見たことがある。今もロッカーのなかにあるぞ」


 常習だったわけだ。


「ここの用事は済んだ。次は二階へ行こう」


 トランシーバーと予備バッテリーをリュックに入れ、わたしたちは警備員室をあとにした。


 幸か不幸か、ショッピングモールの周辺は、妖魔が頻繁に出没する地域だ。そのため危険をおかして入りこもうとする者はいなかった。

 おかげで略奪からはまぬかれ、商品も豊富に残っている。今となっては薬は貴重品だが、目的の鎮痛剤も簡単に手に入る。


 わたしたちは急ぎ足に階段を上り、売り場の扉を開けた。


 二階の売り場は陽光に照らされている。従業員用の通路から出た直後は、立ち止まり、目を明るさに慣れさせる必要があった。


 視界が黒点で彩られるなか、何かが動いた気がする。いくつもの棚が並んだ先だ。

 逆光ではっきりと判別できないが、商品棚の最上段から、グレーの頭部が出ている。

 あれは……


「妖魔です!」

 わたしは身をかがめ、声を押し殺す。


 和弘さんはすぐにしゃがみこんだ。

「どこにいた?」


「四列先の棚、一匹でした」

 囁き声で返す。


 わたしの言葉を裏づけるように、キュルキュルという不快な音が聞こえてきた。自動車内部のベルトが摩耗したときに起こるような音だ。


 わたしたちは腰を落とし、妖魔が去るのを待つ。


 五分経過したが、化け物は居座ったままだ。動く様子もない。

 わたしたちが隠れ場所から出るのを待ち構えているのだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 あいつは獲物を発見したら、すぐに飛びかかってくるはずだ。


 何をしているのだろう。


「様子を見てみます」

 和弘さんに囁いた。


 相手は驚いた顔になる。

「待て、危険だ。おれが行く」


「わたしのほうが小柄です。棚の陰に隠れやすいです」


 和弘さんは渋い顔をしたが、強引に押しきった。

 青シャツさんもやきもきしながら待っているだろう。


 床に這いつくばり、できるだけ姿勢を低くする。

 棚の端からそろそろと顔をだした。

 二列目の通路は無人。

 面倒でも、一つひとつ確認する必要がある。

 次だ。這いつくばって音をたてないように、ゆっくりと移動する。

 三列目もいない。

 四列目。さっき見たのはここだ。

 慎重に顔をだす。


 やはりいた。

 茶とグレーに彩られた背中をこちらに向けている。

 周囲はスプライトだらけだった。花粉のような薄緑色の微小生物に取り巻かれ、化け物が居座っていた。

 妖魔の背中で何かが動いている。背骨に沿い、細くて長い繊毛のようなものが伸びている。

 感覚器官なのだろうか、一つひとつがクラゲの触手のようにゆらゆらと揺れ、うごめいている。


 背中の繊毛のいくつかが、するりと伸びた。そいつが周囲を漂っていたスプライトを捉える。次いで、喉にある小さな呼吸孔のような穴に運んだ。

 獲物が内部に収まると、孔が閉じる。呼吸孔ではなく、スプライトを吸収するための捕食孔ほしょくこうとでも呼ぶべきものか。


「スプライトを食べているな」

 いつの間にか隣に来ていた和弘さんが囁いた。

 私と同じように腹這いになっている。


「顔にある口とは違う部分を使っていますね」


「ほかの生物やおれたちに対しては、口を使っていた。スプライトは単なる食用ではないのかもしれないな」


 わたしは異世界の生き物の動きをじっくり観察した。

 スプライトは捕食されているのに、逃げもしない。なにごともないかのように妖魔のまわりを舞っている。


「わたしには、スプライトが進んで食べられに来ているようにも見えるのですが」


 和弘さんはまわりを見まわす。

「そういえば、妖魔の周囲にしかいないな。おまえの言うとおりかもしれない」


「どうしてそんなことをするのでしょうか」


「おれたちの世界でも、自力で動けない植物は、動物に自分を運搬させているぞ」


 授業で習ったことがある。


「実を食べさせたあと、消化しきれない種の排泄によって、繁殖領域を広げるしくみですね。ということは、妖魔に対して幻覚作用を起こし、わざと捕食させているのでしょうか」


 和弘さんは眉をしかめた。

「それは恐ろしい推測だな。事実だとしたら、おれたちも利用されていることになる」


 世界変異以来、わたしたちは大量のスプライトを体内に吸収している。

 特に異世界の影響を強く受けた地域では、スプライトは植物の花粉のようにそこらじゅうを漂っていた。否応いやおうなく、呼吸とともに体内に入りこむのだ。

 滞在時間が長ければ長いほど、吸収する数は多くなる。

 余計な抵抗をすれば、ホールのときのように攻撃を受けるのだ。そのことを学んだわたしたちは、されるがままにしていた。


 そこに彼らの意思があったとしたら恐ろしい。

 植物は単に体外排泄されるだけで終わるが、自力で動くことのできるこの微小生命体の場合はどうなるだろうか。

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