第6話 新入り2

「最後に神殿に案内します」


 わたしはグラウンドを右によこぎって歩く。そのほうが人の目につきやすいからだ。


「なあ、どうしてみんなおれのことを、新入りと呼ぶんだ?」


 わたしの嫌悪感が伝わっていないのか、平気な顔で話しかけてくる。


「いやですか」


「いやだね」


「いずれあなたより新しい人が入ってくれば、別の名で呼んでくれますよ」


 神殿は西棟のさらに西側にそびえている。わたしはそこを目指して歩く。


「どうして名前で呼ばないんだ?」


「コロニーに居住を認められたときに、名前を捨てさせられたんです」


「なぜだ?」


「わかりませんか? ここでは死亡率が高いからです」


「それは外の世界も同じだろう。いや、ここのほうが砦になっているし、組織化もされているぶん、死ぬ確率は外の世界よりも低いはずだ」


 わたしたちは喧騒のなかを歩いていく。


「もちろんそうです。それでも、山菜や果実、それにショッピングセンターに残っている物品を取りに、定期的に外に出なければなりません。義務なんです」


「ああ、聞かされたよ」


「そのときに妖魔にやられます」


 今朝がた、わたしのいた採取班が襲われたように。


「その危険は、外にいるやつらだって変わらないだろう」


 新入りはフェンスの外に目をやる。

 すでに自分とコロニー外の人々とをわけて考えているようだ。


「コロニーにとっての問題は、その後に起こることです。名前で呼びあうと親密感が生まれます。お互いの絆が強いと、一方が行方不明になったときに、他方が捜索に出たがるからです」


「望みどおり、外に出してやればいいじゃねえか。どうせ人間はいくらでも補充できるんだろう」


「人間はそうですね。でも、自分の大切な人を探しに行くときに、貴重な武器を勝手に持ちだしてしまうんです。そちらは補充が効きません」


「そんなものかね」

 疑わしそうに言う。


「武器は少ないんです。失うことは、コロニーにとって死活問題になります」


 わたしたちが森で襲われたときに武器を放棄して逃げたことについて、首長からさんざん責めたてられた。


「そのことじゃねえよ。探しにいくってことだ。おれなら、そんなばかげたことはしないがな」


 わたしは言葉を失った。


 この男には人を愛する気持ちが理解できないようだ。自分の利益しか思い浮かばないのかもしれない。


 この話題に興味を失ったらしい男は、最初の話に立ち返った。


「さっき廊下で因縁をつけてきたやつがいたろう。あいつは、なんでアレグロと呼ばれているんだ?」


 因縁をつけてきた……和弘さんは、わたしを救いだしてくれただけなのに。

 やはりこの男は、そんな考えかたしかできないのか。


「動きがすばやく、きびきびしているからです。あなたも存分に味わったでしょう」


 皮肉をこめて答える。


「いきなりだったから油断しただけだ。次はこうはいかないさ」


 平気でうそぶく。

 どこまでも自分を信じているのね。


「それで、あんたが赤リボンと呼ばれている理由はなんだ?」


「ここに来たときに学校の制服を着ていたからです」


「へえ、あんた高校生か」


 まだ懲りていないのか、舐めまわすようにわたしの全身を見る。

 女を物としか考えない不快なやつ。


「本名は何というんだ?」


「先ほどもお話したように、禁じられています」


 こんな男に名前など教えたくない。


 ようやくわたしの気持ちが通じたのか、それきり黙りこくった。

 さすがに衆目のなかでは手を出せなかったと見え、なにごともなく目的の建物にたどり着く。


 わたしたちは立ち止まり、目の前の構造物に目を向けた。


 神殿はわたしたちの世界の建造物ではなかった。

 当初は白亜だったと思われる、くすんだ灰色の尖塔がそびえている。高さは四階建ての校舎と同じくらいだ。

 どっしりとした基底部が上部に向かうにつれて細くなっていた。

 窓は見あたらず、建物の継ぎ目らしきものもない。

 材質は不明だが、まるで真っ白な粘土を成型し、強度を高めてつくったように見える。


「ここにレイダさまが住んでいらっしゃいます」


 男は見あげながらたずねる。

「レイダさまって、だれだ?」


「あなたもコロニーの入り口で見たでしょう。巫女を従えていた女性です」


「ああ、あの女か。ひとりだけこんな大きな建物に住んでいるのか。随分と特別扱いなんだな」


「ひとりではありません。身のまわりをお世話するかたたちも一緒です」


 新入りは馬鹿にしたような顔をする。

「召使いどもにかしづかれているってわけか。たいしたお姫さまだな」


 どうしてこの男は、いちいち人を見くだす態度をとるのだろう。

 わたしはいらいらしながら答える。


「お姫さまではありません。女神さまだと言う人もいます」


「女神? 嘘をつけ、いくらこの世界が壊れているからといっても、そんなものいるわけないだろう」


「さあ、コロニーの多くの人は魔法が使えると話していますが」


「あんた、実際に見たのか?」


「わたしは見ていません」


「まあ、いいや。あんたたちみんながそう言うんなら、そうなんだろうさ。おれは魔法や女神なんてどうでもいいんだ」


 男は入り口を探すように見まわした。


「その女神さまは、今ここにいるのか? もう一度顔を拝みたいんだが」


 またか。

 どこまでも嫌なやつ。


「入れません。扉は施錠されています」


「まだお戻りになってないというわけか」


「もう戻られています」


「選ばれた人間でないと入れないってわけか。さすがは女神だな」


「だれもが入れてしまったら、レイダさまの恩恵にあずかろうとする者であふれかえってしまいます」


「それじゃあ、こっちからは話もできないわけか。用事があるときはどうするんだ?」


「神官が取り次ぎます。扉の鍵はあのかたが所持しています」


「ちえっ、神官の独り占めかよ」

 新入りが勝手な不平を鳴らす。


 わたしは反論しようとして口を開きかけ、グラウンドの雰囲気が変わっているのに気がついた。


 のこぎりの音も金槌の音も止んでいる。

 それだけではない。グラウンドにいた人々は仕事の手を止めて顔を上げ、一様に同じ方向に目を向けている。


 正門のほうだ。


 わたしは視線の先を追った。

 十人ほどの人たちがそこに向かって走り寄っている。


 グラウンド内にざわめきが広がった。

 数人が正門へと駆けだし、それを追うように半数の人間が向かう。


「どうしたんですか!」

 わたしは近くにいる男性に声をかけた。


「妖魔が来たらしい! 正門のほうだ!」

 言い残した男性が走っていく。


 妖魔!


 わたしは急いでそのあとを追いかけた。

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