第3章 崩壊するコロニー

第1話 帰路

 わたしたちは雄二さんを残し、ショッピングモールをあとにした。


 本当はもっと一緒にいたかったが、日が暮れてしまう。


 妖魔にわずらわされなくなったので、急いで二階におもむき、リュックの中身を医薬品に入れ替えた。


 小走りで塹壕に向かい、帰路につく。


 ふたりとも無言だった。


 わたしはずっと考えていた。

 雄二さんはコロニーに命を奪われたようなものだ。あんなところに帰って何の意味があるのだろうか。

 梨恵ちゃんを保護したら、いっそのこと……


「美紗紀」

 和弘さんが声をかけてきた。


「はい、和弘さん」


 アレグロと呼ばれる彼にしては、めずらしくためらうそぶりを見せる。


「美紗紀。おまえはこの先もコロニーで人生を送るつもりか?」


 たったいま、それを考えていたところだった。


 これまでは、その日を生き延びることに精一杯で先のことなど考えてもみなかった。


 コロニーは首長の独裁組織と化している。ミスを犯した住人への罰は重く、みんなびくびくしながら毎日を送っている。


 すぐにでも出て行きたい。

 今までは、ひとりでは生き延びられないとわかっていたから、その先を考えなかっただけだ。

 和弘さんと一緒なら、どこでもいい。新天地を見つけられそうな気がする。


 レイダさまだって誘えばいい。必要なら神官さまも。

 でも、友理は――


 ああ、だめだ。

 友理やほかの巫女は外では生きられない。

 かといって置いていくわけにはいかない。


 たっぷり時間を置いたあと、ぽつりと答える。

「……ほかに行くところがありません」


「そうか……今の発言は忘れてくれ」

 和弘さんは静かに言った。


 ひとりで出て行くつもりなのだろうか。

 せっかく心から信頼できる人ができたというのに。


 わたしは立ち止まった。


 和弘さんも足を止め、気づかうように声をかける。

「美紗紀?」


「お願いです。わたしを置いて行かないでください」


 いつの間にか涙が流れ落ちていた。


「お願い、和弘さん……」


「わかった。置いて行かない」


 わたしは和弘さんに歩み寄り、その胸にすがりついた。

 涙が止まらない。


 和弘さんが両手を背中にまわす。

「もう泣くな」


「泣いてなんかいません」


「……そうだな」


 しばらくそのまま抱きしめられていた。


「和弘さん」

 しばらくしてから声をかけた。

 わたしはまだ腕のなかにいる。


「どうした?」

 和弘さんはやさしくたずねる。


 ずっと避けていた質問だっだが、今なら聞けそうな気がする。


「森のなかで妖魔の襲撃を受けたとき、どうして一緒に逃げてくれなかったんですか?」


 あのときの和弘さんの行動が未だにわからなかった。


「妖魔がまた戻ってくるのは確実だった」


「はい」


 妖魔は、木の上に避難したわたしが下りるのを待っていた。その間に近くで別の人間があらわれたので、そちらを先に追いかけたのだ。


「だから、やつの気をそらす必要があったんだよ」


 わたしのために囮になってくれたのだ。

 和弘さんは、最初から守ろうとしてくれていた。


 おさまった涙がまたあふれ出る。

 わたしは身を震わせた。


「泣くなと言ったろう」


「泣いていません」

 わたしはいっそう強くしがみついた。


 コロニーに到着したときには、すでに夕焼けが空を染めていた。


 あいかわらず門の前には難民が群がっている。

 妬み狂う人々に通行を邪魔をされるが、和弘さんはわたしを抱きかかえたまま、強引にかきわけて進む。


 サスペンダーをした警備の男性が驚き顔で門を開けてくれた。

「おまえたちは死んだと聞かされたぞ」


「だれからだ?」


「新入りや黒縁メガネだ」


 和弘さんは鼻を鳴らした。

「あいつらなら、そう言うだろうな。戻ってきたのは何人だ?」


 別の警備員が答える。

「おまえたちふたりを入れて八人だ」


 第二班はだれも生還していないのか……


「アレグロ! 赤リボン!」


 またあの声だ。


 首長が建物から出てきた。

 ぎょろりとした目で睨みつけるのは、採取班のときと同じだ。


「おまえたち! せっかくチャンスを与えてやったのに、またすごすごと帰ってきたわけだな!」


 和弘さんが爆発した。

「ふざけるな! おまえの無茶な命令のせいで、何人死んだと思っているんだ!」


 和弘さんの言うとおりだ。

 こいつのせいで雄二さんは命を落としたのだ。


 わたしは無言で睨みつける。


 首長は怒鳴り声をあげた。

「それは、任務に成功した者が言う台詞だ! おまえらにその資格はない!」


「資格ならあるぞ!」


 リュックを肩から外し、首長に投げつける。さらにクロスボウと矢筒も投げ捨てた。

 わたしも和弘さんにならう。


「ほらよ! 中身は医薬品だ! 先に帰ってきた腰抜けどもの品より貴重品だ! お大事なクロスボウも回収してやったぜ!」


 首長は途端に態度を豹変ひょうへんさせた。


「まあ、いいだろう。特別に大目に見てやる。アレグロはおれと一緒に倉庫へ来い。医薬品の仕分けをしろ」


 言い終えてからわたしに目を向ける。


「赤リボン、おまえの態度は問題だ。アレグロの影響を受けたようだな。追加の懲罰任務を与える。今晩、寝ずに警備の仕事をしろ」


 いつもは従順なわたしが反抗的だったのが気に入らないようだ。


 和弘さんが食ってかかる。

「美紗紀は帰ってきたばかりだぞ! おまえ、どこまで人の心を失ったやつなんだ! それなら、おれにも警備の仕事をさせろ!」


 首長はにやりとした。

「だめだ。おまえたちを一緒にすると、どんどん腐っていく。今後は二度と同じ班には入れないぞ」


「おまえ!」

 和弘さんは殴りつける動きを見せる。


 わたしは首を振って合図した。

 今はだめだ。早く梨恵ちゃんを探しだし、かくまわなければならない。


 メッセージに気づいた彼はゆっくりと拳を下ろす。


 首長はあざけるように笑った。

「ほう。おまえにしては、めずらしく聞きわけがいいじゃないか。早く倉庫へ向かえ」


 そう言って建物のなかに姿を消す。

 和弘さんはわたしに目を向けながらも、そのあとに従った。


 わたしはその場に取り残される。


 サスペンダーをした警備の男性は同情的だった。

「赤リボン、災難だな」


「はい」

 力なく答える。


「鉄槍を使うか?」

 地面に突き刺してある武器を示す。


 わたしが丸腰なことを気づかってくれたようだ。


「どうせスプレーガンしか使いかたを知りませんから」


 吐息とともに答えた。


 疲労困憊しているにもかかわらず、これから寝ずの番をしなければならない。

 和弘さんとも顔をあわせる機会が失われてしまう。


 そう考えると絶望的な気分になる。


「おい、何か聞こえるぞ」

 門の反対側にいた警備員が注意を促した。


 わたしは思考を中断し、黙って耳を澄ます。


 遠くから叫び声がする。

 人の声だ。


「門を開けてくれと言っていないか?」

 サスペンダーの男性が言った。


 再び耳を澄ます。


 この声は、もしかすると……

「回収班の生き残りかもしれません」


 相手は訝しげな顔になる。

「おかしいな。塹壕とは違う方角からだぞ。森のほうから聞こえていないか?」


 外の難民たちも、みなそちらに顔を向けている。


 わたしは眉をひそめた。


 どうして塹壕を使わなかったんだろう。

 嫌な予感がする。

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