第5話 魔女の出現

 鉄槍の男が妖魔の捕獲場所に近づいた。


「お、おい! なんか変なやつがあるぞ!」

 パニック混じりの声をあげる。


 クロスボウはこちらを狙ったまま声を投げる。

「なにがある」


「見ればわかる。とにかく来てくれ!」


 クロスボウの狙いがわたしに定められた。


「おい、アレグロ。変な考えを起こすんじゃないぞ。赤リボンがこの世から消えることになるからな」


 わたしの信頼する男性は、食いしばった歯のあいだから言葉を絞りした。

「わかった」


 男がゆっくりとわたしたちの横をまわりこみ、後ろに下がりながら鉄槍の示す床に顔を向ける。


 相手の視線が外れた瞬間、わたしは梨恵ちゃんに目をやった。

 少女は入り口のすぐ脇に身を潜め、耳をそばだてている。


「なんだ、こいつは!」

 驚きの声をあげたクロスボウが視線を戻す。


「妖魔だ」


「嘘をつけ。繭のようなものにくるまれているじゃねえか!」


「それでも妖魔なんだよ」


「おまえ、こいつをおれたちにけしかけるつもりだったな!」

 男が怒りの表情を見せる。


 強引に言いがかりをつけてきた。


「そんなはずがないだろう。考えてもみろ、妖魔が自由になったら、おれたちも含め、みんなやられる」


「ふん、信用できねえな」


 そうか、この男たちは怖いのだ。

 いつ化け物に襲われるかわからない恐怖を転嫁して、わたしたちに怒りをぶつけているのだ。

 相手が人間なら、武器を持っている自分たちが優位になるので安心する。

 自分でも気づかない心の動きだ。


 こいつらの心理を利用できないだろうか。

 和弘さんは、わたしが魔法を使って相手の知覚を惑わせたと推測した。


 もしわたしが魔法使いなら、彼らの感情が大きく動いている今は好機だ。

 口を開くきっかけさえあれば。


「おい!」


 鉄槍がぎょっとしたように叫ぶ。


「この繭、溶けはじめているぞ!」


 わたしにも見える。


 顔にあたる部分の繭が液状化し、流れ落ちはじめている。


 わたしは和弘さんと視線を交わした。

 昨日話したとおりだ。妖魔が誕生した状況とよく似ている。


 クロスボウが仲間に命ずる。視線はわたしたちに据えたままだ。

「よく見張っていろよ! その化け物が動くような気配があったらすぐに知らせろ!」


 男たちは逃げ腰になっている。

 このまま入り口まで退却されたら終わりだ。

 梨恵ちゃんが見つかる前に、手をうたなければならない。


 鉄槍が額の汗をぬぐう。

「くそ、なんだっていうんだ」


「ユンダー」


 新たな声があがった。女の声。


 その場の全員がぎょっとして見まわす。


「ユンダー!」


「こ、こいつ!」

 鉄槍が叫び声をあげ、飛び退った。


 一同の視線が集まる。


 わたしは悲鳴をあげた。


 和弘さんが呻く。

「美紗紀!」


 緑の繭が溶けきった後の妖魔は、全裸のわたしの姿だった。


 男たちは血走った目で妖魔とわたしを交互に見る。


「おまえ、赤リボン!」


 わたしの姿をとった妖魔から、一斉に緑色のスプライトが飛びたつ。駐車場のときとは違い、妖魔は依然として残っている。


「くそ! 貸せ!」


 クロスボウの男が鉄槍をひったくった。

 頭上に振り上げ、勢いよく突き刺す。


 妖魔が人間のような声をあげた。


 和弘さんがじりじりと入り口のほうへ移動している。


 今がチャンスだ。


 わたしは必死で思考をかき集め、この状況を利用する手だてを考える。


 男はまだ鉄槍を突き立て続けている。

 仲間に武器を奪われたもうひとりは、魅入られたように化け物を見つめるだけだった。


 美紗紀、勇気を出すのよ!

 わたしは自分を叱咤した。


「そんなことをしても無駄よ」

 震えをおさえ、腹の底から声をだす。


 男たちが動きを止め、わたしを見た。

「何だと」


 和弘さんのことは頭から飛んでいるようだ。


「あなたは妖魔の声を聞いたでしょう」


「それがどうした!」


 男は鉄槍を仲間に戻し、再びクロスボウでわたしに狙いをつけた。


「もう逃げられないわ」


「何を言っているんだ!」


 わたしは笑ってみせた。

「呪いをかけたのよ」


「嘘だ! そんなものあるわけがない!」

 クロスボウが叫ぶ。


「それならご覧なさい。あなたが息の根を止めたと思いこんでいるわたしがどうなっているかを」


 男が視線を動かし、驚いたように目を見開く。


 わたしの姿をした妖魔が両手をついて起きあがろうとしていた。いつの間にか傷口がふさがっている。


 クロスボウが目を戻した。

「おまえが魔女なのか!」


「そうよ。わたしは死なないわ」


 上半身だけ起こした妖魔が自分の上に乗っている器械を揺すり、がたがた音をたてる。


「おい、そいつでもう一度刺せ!」


 仲間の男は身動きできず、憑かれたように見つめている。


 スプライトが一斉に妖魔の下半身に集まった。

 器械の下敷きになった部分を瞬時に消し去る。同時にハエトリグサも溶かした。


 自由になった妖魔は両手を使って這い出る。

 そこへ残りのスプライトが集合し、失った下半身を再生した。


 わたしの姿をした妖魔が立ちあがる。


「ま、魔女だ!」

 男たちがわめいて逃げようとした。


 にせもののわたしが跳躍し、目の前に立ちふさがる。

 片手を無造作に払い、ふたりを一瞬で葬った。


 そんなばかな!

 わたしは幻影を見せただけなのに!


 わたしは両手で口を押さえ、悲鳴を押し殺す。

 一度悲鳴をあげたら、止まらなくなりそうだった。


 化け物が首をまわし、わたしを見る。


「美紗紀、いま助けにいく!」「お姉ちゃん!」

 ふたりの声が耳を打つ。


「来ちゃだめ!」

 ヒステリックに返した。


 裸のわたしがゆっくりと歩み寄る。


 恐ろしい。

 背を向けて逃げたかったが、恐怖で身体がいうことをきかない。


 これはわたしの魔法じゃない。

 わたしの力は幻を見せるだけだった。

 なのに男たちの命を一瞬で奪いとるなんて。

 こいつは本物の魔女だ。


 わたしは立ちすくみ、自分の手が伸びてくるのをただ見つめていた。

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