第9話 忠臣の作り方

 王は私室に腹心である宮廷魔術師ユルゲンを招き、酒を飲んでいた。揺れる蝋燭ろうそくの炎に照らされたその顔は土気色で死人と見紛みまがうほどであった。


「辛いものだな、憎まれ役というものは……」


 対するユルゲンは杯を傾けるがほとんど飲んでおらず、唇を湿らせた程度である。


「ヴエルナーの阿呆あほうめ、余を逆恨みして何とするか。素直に謝罪すれば許してやらぬでもなかったものを」


「君臣のけじめを付ける為に必要な処置でした。これにより聖騎士の末裔どもは心を入れ換え王に忠義を示すことになりましょう」


「戦力が一人減ってしまったぞ。これで魔王軍に勝てるのか?」


「やる気の無い者が四人いるよりも、忠臣三人の方がずっと役に立ちます。今は誰にも理解されないかもしれませんが、魔王を討ち世界に平和を取り戻したその時、誰もが陛下を偉大な王であるとたたえることでしょう」


「そうか、うむ、そうだな……」


 王は納得したというよりも、納得したいといった様子で頷いた。


「今も余には最大の理解者が居る。そうだな?」


 グラスを目の高さまで上げて洒落たことを言ってやったという王に、ユルゲンは数秒かけてから深く頷いた。


「その通りでございます、陛下」


 王は満足げに何度も頷き、空になった杯に酒を注ぐ。土気色の顔に少しだけ赤みが戻ってきた。


 ヴェルナーの家族を処刑した後味の悪さを流してしまおうと一息で飲み干し、また注ぐ。そんなことを何度か繰り返していると、ドアが激しくノックされた。


「陛下、一大事でごさいます! ヴェルナーが脱走しました!」


 王は信じられない、といった顔をドアに向けた。今とても良い雰囲気で話がまとまった所ではないか。どうしてそんなに面倒事ばかり起こすのかと怒りが湧いてきた。


 ユルゲンは顔色一つ変えずにドアを開け、荒く息をつく兵を落ち着かせながら話を聞いた。


 壁に大穴が開けられヴェルナーの姿がなかったこと、見張りの兵が落下死していたことなどを聞き出すと、ユルゲンは周囲の警戒と探索を命じてから兵を下がらせた。ドアを閉めると、王が怒りの形相で睨み付けていた。酔いが回っているためか、焦点が合っていないようにも見えた。


「塔に押し込めろと進言したのは貴様だったな、ユルゲン。この失態、どう始末を付けるつもりだ!?」


「結果として、これでようごさいました」


「なんだと?」


 ユルゲンは王の怒気に当てられてもいささかも動じず、淡々と説明を続けた。


「ヴェルナーの裏切りが確定した、これぞ価千金の情報です。いざという時に生き返らせても王の為に戦うどころか、その場で刃を向けてきたことでしょう。危険を回避し、使えるかも知れないという未練を断ち切ることが出来ました。」


「うむ……」


「そして奴が逃げたとなれば、国民に対してヴェルナーの裏切りを堂々と発表することが出来ます。奴の一族を処刑したことで残酷ではないかという声も上がっていましたが、そやつらの口を塞ぐことも出来ましょう。裏切り者には当然の処置であったと」


「そうだな、裏切りを許していては国家の秩序が保たれぬ。人類の守護者たる聖騎士の末裔なればこそ、毅然きぜんとした態度でのぞまねばな」


「愚かな民衆は女子供が泣いていれば無条件でそちらが被害者だと思い込むものです。真に心を痛めているのは王であると理解しようともせずに」


「ふ、ふ……。大衆にお前ほどの聡明さを求めるのも酷であろう」


 王はすっかり機嫌を直したようだ。問題は何一つとして解決していないが。


 ユルゲンは一礼し、王の部屋を辞した。その顔は軽蔑するでもなく、媚びへつらうでもなく、氷のような表情を崩すことはなかった。


 王の権威を高めるために無実の民を処刑し、英雄を陥れる。全て日常茶飯事である。朝起きて夜眠るのと何も変わりはない。

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