第7話 罪の烙印

 ヴェルナーが押し込まれたのは塔の最上階であった。地下牢では他の囚人と接触する、人目に付かない所が良いだろうというユルゲンの進言によるものだ。余計な事を話されては困るということか。


 手足は拘束されたままで、芋虫のように転がっていた。もがいてなんとか身を起こし、壁に背を預けた。


 何故だろうか、小窓から見える月はこんな時でも美しく感じる。


 覗き窓の付いた分厚い扉の向こうから話し声が聞こえる。ラルフが見張りの兵士に金を渡して中に入れてもらおうとしているようだ。


「五分だけだぞ」


 という横柄な声がして扉が開いた。


 勇者ラルフ。もう何年も共に戦ってきた仲間だというのに、今はとても遠い存在のように思えた。


 用があるから来たのだろうに、ラルフは惨めな姿のヴェルナーを悲しげな眼で見下ろしたまま動かなかった。


「堕ちたものだな」


 そう呟いたのはラルフではない、ヴェルナーだった。


「人類を救う英雄が、かつての仲間に会うために雑兵に小銭を握らせなけりゃならないとはね」


「……情けないと、思う」


「君は賄賂とかそういうの一番嫌うタイプだろう。いつだったかな、関所を通るのに銀貨をちょいと渡すだけで済むものを、君は『手形は正規の手段で手に入れたものだ』と言って暴れまわったな。いつも揉め事の種になるマックスがこの時ばかりは君を止める側になっていたな」


「賄賂を渡した方が早いと言って渡してしまうと、そういうのが当たり前になってしまうんだ」


「それにしたって雷撃魔法を使ったのはやりすぎだ」


 ヴェルナーは笑おうとしたが、ラルフが相変わらずの固い表情のままなので笑うタイミングを逃してしまった。出来れば、一緒に笑いたかった。


 不正や悪習を憎むこの男が信念を曲げてまで会いに来た。よほど大事な用件なのだろう、そしてよほど言いづらいことなのだろう。ヴェルナーは急かすべきではないと判断し、しばし二人は無言であった。


 月明かりに照らされたラルフの青白い顔。その口が重く、ゆっくりと開かれた。


「王に謝罪しよう。無論、俺も一緒に頭を下げる」


 その言葉にヴェルナーは怒りも悲しみも感じなかった。ただ、虚しさだけが心を駆け抜けていく。


「残念だが、謝罪しなければならないようなことがひとつも無くてね」


「それでも……ッ!」


 仲間の心を踏みにじっている。ラルフにはその自覚があった。説得している側のラルフが今にも泣き出しそうな顔で、拘束されたヴェルナーが優しげな眼をしているという奇妙な構図であった。


「王都には三万を越える民が住んでいる、今もどこかで魔物に虐げられる人たちがいる。世界を救えるのは俺たち、聖騎士の末裔だけだ。だから俺たちと、俺たちを支援する王は協力しなけりゃならない。一心同体でなけりゃあならないんだ!」


 この男は何も変わっていないな、とヴェルナーは安心していた。誰よりも使命に忠実で、誰よりも人々を愛する、聖騎士の末裔のリーダーだ。


「大義のために飲み込まねばならぬものもある。わかれ、わかってくれヴェルナー」


「……僕はこれから、どうなる予定なんだ?」


「明日の朝、処刑される。死体は氷付けにして保管しておくらしい。首と胴体を別々にしてな」


「氷の魔術師を氷付けにしようってわけか。笑えないな」


 どうしても戦力が必要になった時の備えとして保管しておくのか。あるいは聖騎士の血を絶やさぬために、生き返らせて、子作りをさせて、また処刑しようというのか。ヴェルナーの脳裡に悪趣味な想像がいくつも湧いて出る。その中に明るい未来はひとつも無い。


「お前をそんな目に合わせるわけにはいかない。だからヴェルナー、どうか一時の屈辱に耐えてくれ。その後のことは俺がなんとかする、絶対にお前を守ってみせる!」


「……ありがとう、ラルフ」


「ヴェルナー?」


「でも駄目だ、駄目なんだよ。物事には何にだって限度がある。仕方がない、では済まされないことがある。表面上だけでも王にひざまずくことは、恐怖と失意の中で死んでいった家族と、僕自身に対する裏切りだ」


「王が愚かであることは認める。だけど助けを待つ人々には関係の無い話だ、彼らが見殺しにされていい理由にはならない!」


「僕の家族も、殺されなければならない理由は無かったよ」


 ラルフはその言葉の中に深い絶望を感じ取った。使命も、道理も、ヴェルナーを動かすことは出来ないだろう。


「……さよならだ、ヴェルナー。今さらだが、お前の家族を救えなくて済まなかった」


「いいさ、君を恨んでいる訳じゃない。誰にだって立場がある」


 ラルフは無言で立ち上がり、逃げるようにその場を去った。


 立場。そんなものを守るために無辜の民を見殺しにしたというのか。王の不興を買ったとしても止めさせるべきではなかったのか。


 勇者、勇気ある者。ずっと誇りにしてきた称号が、今では罪の烙印であるかのように思えた。

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