第6話 悪魔の証明

 ヴェルナーは魔力封じの手枷、足枷を付けられ、さらに猿ぐつわまで噛まされて玉座の間に引きずり出された。


 怒りにまかせて拘束具を破壊しようとするも魔法が上手く発動出来ず、ただヴェルナーの周囲の温度が少し下がったくらいであった。


 王の姿は無い。左右に兵士が控え、その中に混じってラルフたちの姿もあった。三人ともヴェルナーと目を合わせようとしていない。


 裏切り者。何のつもりだ。説明をしろ。


 そう叫んだつもりであったが、遠慮なく固く縛られた猿ぐつわのせいで、もごもごと唸るだけで言葉にならなかった。


 それでも叫び続けていると、年かさの兵士が一人歩み出て、


「うるせえんだよ」


 と言ってヴェルナーの脇腹を強く蹴った。爪先が深々と突き刺さり、息が詰まる。拘束されていなければこんな奴、一瞬で現代アートにしてやれるのに。ヴェルナーは殺意を込めて兵士を睨み付けるが所詮は檻の中の猛獣であり迫力に欠けた。


「おお、怖い怖いねぇ」


 兵士はへらへらと笑いながら定位置に戻り、隣の同僚に話しかけてまた笑っていた。その間、ラルフたちは止めるどころか見ようともしていなかった。


 たっぷり一時間は待たされてから、ようやく王が現れた。赤ら顔で足元は覚束おぼつかない。かなり飲んでいるようだ。


 王が玉座に身を投げ出すと、兵士がヴェルナーに寄って猿ぐつわが外された。


「申し開きがあるならば聞こう」


 王の言葉に、ヴェルナーはかっと頭に血が昇った。まずは冷静に話をしようなどという予定は吹き飛んでしまった。


「ふざけるな、聞きたいのはこっちの方だ! 何故僕を捕らえる? 何故僕の家族を殺した!? 言えよ、答えろよ!」


「貴様のせいだ」


「何だと?」


「彼らは裏切り者の責任を取らされたのだ。全ての責は貴様にある。逆恨みをして怒りを撒き散らすな。神は静寂をたっとぶ、という言葉を知らぬのか」


「お前が神ってツラかよ、疫病神が!」


 王の顔色がますます赤くなるが、何事かを命じる前にラルフが進み出てヴェルナーの顔を蹴り飛ばした。


 一瞬、ラルフと目が合った。とても悲しげな瞳をしていた。もう余計なことはしゃべるな、そう言いたいのだろうか。


 誰が何を考えているのか、もう何もわからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているようであった。そんな中でラルフだけは、以前のままの思慮深いリーダーであると信じたかった。


「……僕は、裏切ってなどいません。なればこそ数ヵ月をかけて、一人で歩いて王都へ帰って来ました。使命にも、忠義にも一点の曇りもありません。その結果が、この仕打ちですか!」


「仮に貴様が裏切っていないとしよう。だが、疑いを抱かせたことが罪なのだ」


「安全な位置から、ご機嫌伺いをしてくれなかったから処分するときたか。情けない男め」


「ならば聞こう。数ヵ月もかけて歩いて来たと言うが、死ねばすぐに戻れる身だろう。何故自害しなかった」


 気楽に言ってくれるものだ、ヴェルナーは心中で舌打ちした。蘇生出来るとはいっても死が恐ろしくないわけではない。また、蘇生された際には死に様に応じた苦痛が駆け巡るのだ。焼け死んだのであれば全身を焼かれる痛みと息苦しさが。首を斬られたのであれば首をノコギリで引かれ続けるような激痛と、自分の生首にじっと見つめられるような幻覚を見せられる。生き返った瞬間に死にたくなるような恐怖であった。


 何度繰り返しても慣れるということはない。むしろ死と再生に対する恐怖感は募るばかりだ。それを気楽に、死ねばいいだろと言われるのは不快でしかない。


「自害した場合、神の奇跡が適用されるか不明でしたので」


 聖騎士の末裔たちも病死や老衰では復活することが出来ない。それが可能ならば世界は不老不死の聖騎士だらけで埋まってしまう。自害で復活出来るのかどうか、やはり微妙な所であった。


 もしもこの危険な賭けに敗れて本格的な死を迎えた場合、次に聖騎士の末裔として魔王討伐に駆り出されるのは十歳にもならぬ妹だろう。それだけは絶対に許すわけにはいかなかった。今となっては全て無駄な心配となったが。


「臆病者の言い訳だな」


「ならば答えていただきたい、自害しても復活出来るというその根拠を」


 王はヴェルナーの質問を無視して、薄気味悪い笑いを浮かべるのみであった。


些事さじはよい。重要なのは貴様が如何にして解放されたかだ。魔王軍にしてみれば貴様を殺さず捕らえておくことが最大の防衛であろう。そう易々と手放すとは思えぬ。さあ答えてみよ、貴様の大好きな理屈というものだ」


「それは……」


 答えられない、答えられるはずもない。何故いきなり解放されたのか、ヴェルナーにだってわからないのだ。


 魔人エヘクトルが情をかけてくれた、というのも違うように思える。ヴェルナーが王都に戻り仲間と合流すれば、また戦わねばならぬからだ。敵戦力を削ぎ、遺跡友達としての関係を続けていくならば、地下牢に入れたままにしておくのがベストであるはずだ。


「……わかりません」


「言えぬか、そうであろうな。ここに居ること、それが貴様が裏切った何よりの証拠だ。奴らにどんな情報を流した? 何のために戻ってきた、余を殺せとでも命じられたか!?」


 得意気な顔をする王の、なんと醜悪なことだろうか。彼の頭の中で己は臣下の裏切りを見抜いた偉大な王ということになっているのだろう。そんな立場に酔っているのだ。


 ヴェルナーは反論する気力を失った。言いたい事は山ほどあるが、どれだけ言葉を重ねても王の耳には届かないだろう。


 王は堕ちた英雄に興味を失い、残された英雄に眼を向けた。仲間の不始末を余がおさめてやったぞ、とでも言いたいのだろう。あるいはそうした格付けを済ませることこそが目的だったのかもしれない。


「連れていけ」


 ゴミを捨てろといった態度で手を振って、王はまたふらつきながら玉座の間を後にした。

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