第5話 忠義の要求
ヴェルナーが王都に辿り着く一週間ほど前。
三人で出来る手頃な魔物討伐に出たラルフ、マックス、ヘルミーネの所に早馬で伝令が届けられた。王からの呼び出しである。
「またか……」
使者の口上を聞いたラルフはうんざりとした表情を浮かべた。もう何度も繰り返されたことだ、話の内容はいつもと変わりがないだろう。
ヴェルナーはどうした。いつになったら魔王討伐の旅を再開するのか。聖騎士の末裔としての自覚が足りない……。などといった話に二時間も三時間もかけるのだ。
こんなつまらないことを火急の用件として早馬を使ってまで呼び出す。
「
「はっきり言えよ、頭がおかしいって」
マックスの投げやりな物言いにラルフは苦笑するが、特に否定しようとも思わなかった。
「それで、どうするの。無視する?」
ヘルミーネの言い方は是非ともそうして欲しいという願いがこもっていたが、三人は顔を見合わせ、やがて静かに首を振った。
それが出来れば苦労はしない。王と勇者一行の決別は個人の問題では済まない、人類全体の危機だ。また、蘇生の儀式にかかる費用は大きなもので、それらは全て王家が負担している。
「勇者だ英雄だ聖騎士だと言っても、結局俺たちは雇われ者ってことか」
「首輪で繋がれた英雄とか、情けないったらありゃしないわ」
ぼやきながら三人はのろのろと歩きだした。
ヴェルナーはどうしたと何度同じ事を聞かれても答えようがない。魔人の城で一人だけ死にきれず、捕らえられたのだろう。それからどうなったかはわからない。
彼を責めるのは筋違いだと理解はしていても、苛立ちと不満が積もればどうしても憎しみの矛先が向いてしまう。
こうなったのは、あいつのせいだ。
王都に戻ると一休みすら許されずに玉座の間へと呼びつけられた。
嫌味ったらしく、ねちねちと、同じ話を繰り返される。その話はもう聞きましたよ、などと言えば王はますます激昂し説教の時間が長くなるだけだとわかっているので、ラルフたちは出来るだけ言葉を発しないようにしていた。
「黙っていれば済むと思っているのか!」
と怒鳴られもするが、まともに話が通じないのだからそうするしかなかった。
結局の所、問題はヴェルナーが帰ってこないという一点に尽きた。強力な広範囲破壊魔法が使える魔術師がいなければ戦いの効率は著しく落ちることになる。
これはパーティの中でヴェルナーが特別優れているという訳ではない。剣技と魔術に優れ全体を見通し臨機応変に戦うラルフ。単体攻撃最強のマックス。回復と強化、敵の弱体化を担うヘルミーネ。それぞれに役割があり誰が欠けても上手く機能しなくなるのだ。
四人揃っていても苦戦したエヘクトル城に三人で乗り込みヴェルナーの救出が出来るかと言えば、現実的ではないだろう。生かして捕らえることが有効だと学んだ魔王軍に、また誰かが捕らえられれば完全に詰みである。
今、ラルフら勇者一行に出来ることは魔王軍かヴェルナーがなんらかの行動を起こすのを待ちながら修行を怠らないことくらいだ。それすらも王に邪魔をされる。本人はラルフたちに発破をかけているつもりなので始末が悪い。
パーティの中で一番気の短いマックスは茶番に付き合っていられぬと半ば
「案外、向こうで楽しくやっているんじゃないですかねえ」
聞かれたわけでもないのに発言したことでまた王がヒステリーを起こすのではと身構えていたが、予想外に王は何事かを考え始めた。
「……それは、奴が裏切ったということか?」
「いえ、そこまでは言っていませんが……」
マックスに深い考えがあったわけではない。ヴェルナーのせいでこんな目にあっているとはいえ、彼が裏切るなどとは全く思っていなかった。ただの軽口である。仲間内でならばラルフに嗜められるかヘルミーネに叩かれるかで済む話だった。
ジョークです、あいつに限ってそのようなことは絶対にありません。そう言おうとしたところで、脇に控えていた宮廷魔術師のユルゲンがまるで待ち構えていたように進み出た。
「恐れながら。陛下、人払いをお願いします」
「……今、大事な話をしているのがわからんか」
「他聞を
ユルゲンの冷たい視線がラルフたちに向けられる。それは英雄に対する敬意などまるで無い、実験動物を見るような眼であった。
王はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らし、追い払うように手を振った。
「もうよい、行け。余の言葉を胸に刻み、忘れるな」
話がおかしな方向へ転がってしまった。不安を覚えながら三人は一礼して玉座の間を後にした。護衛の兵たちも追い出し、周囲をぐるりと見回してからユルゲンは重く口を開いた。
「城下に住むヴェルナーの家族を処刑しましょう」
これには王も眉をひそめた。
「奴はまだ裏切ったとは決まっていないだろう?」
「王に疑いを抱かせた、それ自体が罪です」
ユルゲンは抑揚の無い声で続けた。血生臭い進言をしているというのに、一日の予定を読み上げるのと変わらぬ物言いだ。
「忠臣とは自ら進んで己の誠心を主に示すものです。武力を持ち、遠く離れて動くならばなおさらのこと。しかしヴェルナーのみならず、聖騎士の末裔どもはその立場に
「そうだな。奴らには英雄としての自覚が足りぬ。いくら余が言い聞かせても、その場しのぎに頷くだけで真剣に聞こうとはせぬ。嘆かわしいことよのう」
肺の空気を全て絞り出すような大きなため息を吐いて顔を上げた。辛い立場を理解してくれるのはユルゲンだけだと、王の表情に信頼感が溢れている。
「ここはひとつ、ヴェルナーの忠誠心を試すとしましょう」
「試す、とな?」
「奴に本当の忠誠心があれば、帰国し家族が処刑されたと知った時、その原因が己の不甲斐なさにあると知れば王の前に膝をつき謝罪することでしょう。自らの非を認めず他者を責めるようであれば、奴は忠義の臣ではないということになります」
「このまま帰ってこなければなんとする?」
「それはつまり敵に寝返ったということです。いずれにせよ処刑すべきです」
王は黙って考え込んでいる。やがて立ち上がり、この件は預かると言って玉座の間を出て行った。その背を見送るユルゲンの眼は、ラルフたちに向けられたものと同じであった。
ユルゲンは私室に戻ってもローブを脱がなかった。従者に何故かと問われると、
「すぐに呼び出されることになる」
と応え、椅子に座りロウソクの揺れる火をじっと眺めていた。
数分後、ノックの音がして彼の予言は現実のものとなった。
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