第42話 退路なき進軍
第四の砦、陥落。
聖騎士の末裔はまたしてもラルフ一人しか出て来なかった。しかし、その被害は甚大である。
雷神が乗り移ったかのような鬼気迫る戦いであり、彼一人のためにエヘクトル軍は数百体の犠牲を出した。その中には幹部候補とされた者も数体含まれており、数字以上の損害を受けていた。
結局は大量の魔物をぶつけて疲弊させてからヴェルナー、アクイラ、プルポの三幹部で止めを刺すという戦い方をするしかなかった。
ラルフの戦いぶりを見て砦の兵たちの士気が上がるのも厄介な点であった。
戦って死ぬことに美学を見いだす。一体でも多く殺せば進軍が鈍る。そうと信じる狂戦士の集団となった。
なんとかラルフを討ち取り砦を落とした頃には軍そのものが満身創痍であった。
被害甚大であり、生き残った魔物たちにも怯えと疲労が蔓延した。ヴェルナーは魔力の回復が思うようにいかず、プルポの再生能力も鈍ってきた。アクイラの翼も治りきってはいないようで、痛みに顔をしかめることがあった。
こうなるとエヘクトルとしては褒美を大盤振る舞いするしかなく、魔物にとって一番の褒美とは人間の肉であった。こうして砦周辺の街や村は占領という概念もなく、ただ貪り食われることとなった。
破壊と流血の悪循環である。
距離の問題からエヘクトルたちは城へは戻らず、砦を改修して拠点として使うことにした。
仮の会議室にエヘクトルとアクイラ、プルポが集まる。ヴェルナーはラルフを討ち取った後で過労で倒れてしまったため不参加である。
「一年ほど進軍を停止し、兵力の回復に努めてはどうか」
そう進言したのは、本来好戦的であるはずのプルポであった。
エヘクトルは額に手を当ててしばし考えた後、静かに首を横に振った。
「イグニスが兵を集めている」
魔王軍四天王の一人が王都の横取りを企んでいるのだろう、ということだ。
王都を盗られてしまえば今までの戦いも犠牲も全てが無駄だ。周囲の砦はエヘクトル軍のものだが、やはり一番肝心な土地を取れないというのは軍事的にも、周囲に与える影響も大きく違う。
「なんと、炎の魔人とは火事場泥棒のことであったか」
プルポは吐き捨てるように言った。
卑劣である、唾棄すべき行為である。しかし、最後に立っていた者こそ勝者であるという魔族の価値観からは外れておらず、全てが肯定される。魔王からの仲裁など期待するだけ無駄だろう。
場合によってはイグニス軍との戦いも覚悟せねばならないかもしれない。
「それと、向こうから攻めてくる危険も考えねえとなあ」
と、アクイラが困った顔で言った。
「何を言っている。奴らから攻める余裕など……、ああ、勇者が単騎で襲ってくる場合か」
「そうだ。あの人間爆弾野郎がいきなり襲ってきて、暴れまわってくたばって、また十日後に襲ってくる。それを繰り返されたらたまったもんじゃないぜ」
「敵の本拠地に近いというのも考えものだな」
アクイラとプルポが唸る。話が落ち着いた所でエヘクトルが口を開いた。
「ここで足踏みしているのは危険だ。ある程度の損害は覚悟の上で強引に攻めるべきだろう。聖騎士復活のシステムさえ破壊すれば人間に対抗手段はなくなるのだ。王都を押さえてしまえばイグニスも悪さはすまい。済まぬが、もう少しだけ無理をしてくれ」
と、言って頭を下げた。プルポが慌てて首を振る。
「なんと恐れ多い。我らは御大将の家臣にございます。どうぞ手足のごとくお使いください」
「ずいぶんと多い手足だこと」
「茶化しとる場合か!」
アクイラの冗談で軽く場が和んだ。
やるべきことは決まったのだ。これ以上、頭を下げあう必要もあるまい。
「目の前には手負いの獣、後ろには横取りを狙う猟師。これでのんびり休憩ってわけにはいかないよな。誰だって止めを刺して獲物を確保してから休むわな」
アクイラのたとえ話に、二人は静かに頷いた。
王都を守る最後の砦も落ちた。やはり参戦した聖騎士の末裔はラルフのみであった。
繰り返し見る悪夢のように彼一人によって数百体の魔物が肉塊と化した。
心臓を貫かれたラルフがにやりと笑い、レイピアを突き立てたアクイラの顔が焦りと不快感で歪んだ。追い詰められる者と追い詰める者が、本来とは逆の表情を浮かべていた。
レイピアを抜くと血を吹き出しながらラルフの身体が崩れ落ち、半透明になって消えた。
実に忌々しい存在である。多大な犠牲を払い、必死に戦って勝利したというのに十日も経てば何食わぬ顔でまた現れる。
「聖騎士復活のシステムなど、命を弄ぶような真似をしやがって……」
アクイラはその場に唾を吐き棄てた。死体が残れば蹴り飛ばすことも出来たであろうが、これでは苛立ちが募るばかりであった。
エヘクトル城を出た時に比べ兵力は半分以下にまで落ち込んでいた。戦うために生まれてきたと豪語する魔族たちにも
半壊した城壁の上から、ヴェルナーは王都のある方角を眺めていた。
家族が処刑され、塔に幽閉され、アクイラに助け出されたのが遠い昔のようであり、つい昨日の事のようにも思えた。
人類の守護者である聖騎士の末裔として生まれながら、王都の歴史に幕を下ろすために自分は今ここに立っていた。
「望まぬままに、何もかもが変わっていくな……」
人が憎いわけではない、かつての仲間たちが憎いわけでもない。それでも、もう二度と彼らと手を取ることは出来ないのだ。
夜明けの光が復讐者の横顔を照らす。
そこに哀しみはあるが、迷いなどはない。
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