第49話 立ちはだかる男

 ヴェルナーがテントの外に出ると、そこには護衛の魔物が十体ほどいた。どれも自前の家臣ではなく貸し出された連中だが、それだけヴェルナーの重要性が上がったということだろう。


 人間の護衛が不服だとばかりに睨む者もいれば、戦局を変えた魔術師に敬意を向ける者もいた。ヴェルナーを取り巻く環境は少しずつ変わってきた。


 ヴェルナーはアクイラから貸し出されたガーゴイルに声をかけた。


「王城まで連れていってくれ」


「へい、喜んで! ただし、矢とか魔法の飛んで来ない安全な位置まででお願いしますよ。空中で飛び道具をよけるの結構難しいもんで。まあ、俺と心中したいってんなら話は別ですが」


「僕は妻帯者だよ」


「へいへい、心中はナシってことで。城の手前まで行って、あとは流れで」


「よろしく頼む」


 ガーゴイルが翼を広げて軽く浮き上がる。ヴェルナーがその足を掴むと急激に空へと舞い上がった。


「うぉ! お、おおっ!?」


 こうして空を飛ぶのは二度目であったが、やはり地に足が付いていないというのは不安なものだ。


「安心して掴まってください! ヴェルナーさんのことは、アクイラ様からよろしくと頼まれていますからね! うっかり落としたりしたら焼き鳥にされちまう!」


「君は石像の魔物だろうが!」


「おっとそうだった、げはははは!」


 豪快に笑うガーゴイル。主人に毒されたのか、あるいは元からこういう奴が集まってくるのかどちらだろうかと考えるヴェルナーであった。


 やがて城が見えてきた。兵士たちは魔物に必死に抗っているが、それも蝋燭の最後の煌めきのようなものであろう。


 地上の相手が精一杯で、誰も頭上に注意を払う余裕は無いようだ。


「このまま城に突っ込もう。あのバルコニーへ下ろしてくれ!」


「無茶言ってくれますね! でも、そういうの嫌いじゃないぜ!」


 ガーゴイルはバルコニーへ向けて一直線にスピードを上げた。途中で気付いた弓兵が矢を放ってきたが、ヴェルナーはこれを凍らせて落とした。


「ヒュー! 頼もしいこって!」


「言ったろ、心中は御免だって!」


 矢が十本、百本と来れば危ういところだ。軽口を叩いてはいるが、内心では冷や汗もののヴェルナーであった。


 バルコニーに降り立ち、ヴェルナーは一気に城の四階へと侵入することが出来た。玉座の間まで後ほんの少しだ。


「ありがとう。君はもう戻ってくれ」


「帰りはどうなさるんで?」


「歩いて凱旋するさ」


「なるほど。じゃあ一足先に戻ってパーティーの準備でもしていますかね」


 笑ってガーゴイルは飛び去った。


 中に入るとそこは調度品からして高貴な女性のための部屋のようであった。タンスも引出しも乱雑に開きっぱなしである。


 貴重品を持って逃げた後、といったところか。


 廊下に出ると濃厚な血の臭いが漂ってきた。ヴェルナーは杖を握り直し、周囲を警戒しながら進む。


 大広間のドアを開けると、血の臭いは一気に広がった。


 そこに立っていたのはかつての仲間、戦士マックスであった。周囲に魔物の斬殺死体が転がっている。強引に突入した者たちは全て彼に阻まれたようだ。


「ようヴェルナー、待っていたぜ」


「君が王を守る最後の砦というわけか」


 マックスは急に不機嫌になり魔物の死骸を蹴り飛ばした。


「あのなあ、戦う前の挑発にしたって言って良い事と悪い事があるぞ」


「……そうだな、ごめん。今のは悪かった」


 長く共に旅をして、共に戦ってきた仲間であった。王に対してどう思っているか、そうした感情も共有している。命がけで王を守っているなどと思われるのは吐きたくなるほど気分が悪いだろう。


「ここで待っていりゃあエヘクトルかお前か、あるいは俺の手を刺してくれやがった鳥野郎でも来るんじゃないかと思っていただけだ。余計なのもたっぷり来たが、ようやく当たりだぜ」


「王を守る気が無いならそこを通してくれないか。奴を吊るしてやらないと家族に申し訳が立たないし、国を裏切った意味もない」


「通してやりたいのは山々なんだが、俺も一応は人類の守護者と呼ばれた男だからな。はいドーゾってわけにはいかねえんだ」


 マックスは顎に手を当ててしばし考えてから言った。


「じゃあこうしよう。俺とお前は殺し合う。お前が勝ったら王を殺しに行くと良い」


「君が勝ったら?」


「俺が王を殺す」


 キッパリと言い放つマックスであった。力強い頷きを見る限り彼は本気のようだ。


「……今は後悔しているぜ。もっと早くぶち殺しておくべきだったと」


「それでマックスが新たな王になるつもりかい?」


「冗談じゃねえ、そういう面倒なことはラルフにでも任せておけばいい」


「聖騎士が王を害したとなると、相当な反発が起きただろうね」


「政治は混乱するだろう、内乱にも発展して、ここぞとばかりに魔族が攻め込んで来ただろう。それがどうした、今よりずっとマシなはずだ」


 苦い物でも吐き出すような呟きであった。今さら遅すぎるし、状況がここまで酷くなると予想出来るはずもなかった。


「なあマックス、今からでもエヘクトル軍に……」


「やめろヴェルナー! 俺を気遣ってくれているのはわかる。だが俺はもう道をたがえることは出来ないんだ」


「どうしてそこまで……」


「ヴェルナー、外では多くの兵士が必死に戦っているのに、城内には驚くほど兵が少ないって思わないか」


「確かにそうだな」


「皆、この国を守りたい、守りたかったんだ。この場合の国っていうのは、鳥の声で目覚める朝とか、家族と囲む食卓だとか、娼館の前で財布を覗き込んで悩むとか、そういうなんでもない日常のことだ。お偉いさんの都合で死にたいわけじゃない」


 マックスの声に熱がこもっている。これは兵士たちの事であり、彼自身の想いでもあるのだろう。


「だから外に出て戦っているのさ。思い入れもクソもない城内でなんか死にたくないだろうからな。俺は、そんなあいつらを見捨てるわけにはいかねえんだ」


「……耳が痛いな、裏切った身としては」


「今さら、だな。お前は俺を倒して自分の選んだ道を逝け。やれるものならなあ!」


 大剣を構えたマックスが殺気を溢れさせた。


 ヴェルナーは後ろに跳んで距離を取り、杖を構えた。


 聖騎士の末裔同士が一対一で殺し合うなど、一年前には考えもしなかった。


 二人の眼に、迷いは無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る