第48話 覚悟と責任

 ヴェルナーはテントの中で目を覚ました。


 心配そうに顔を覗き込むレイチェルが居て、ゴブザブロウとゴブサエモンも控えていた。


「戦局はどうなっている?」


「へい、後は城を残すのみ。御大将自ら兵を率いてご出陣でさあ」


 ゴブザブロウの報告を聞きながらヴェルナーはゆっくりと立ち上がった。よろめきそうになる身体をレイチェルが支えてくれた。


「間に合った、と言うべきなのかな」


 ここまでずっと付いてきてくれた三人の顔を見回しながらヴェルナーは感慨に耽っていた。


「僕も出るぞ。レイチェル、マントを頼む」


「はい……」


 俯いたままレイチェルは掛けてあったマントを取ってヴェルナーの背後に回った。


 ゴブザブロウが少し躊躇ためらうようにしながら前へと進み出る。


「旦那、もういいじゃないですか」


「なんだって?」


「旦那の仕事は城壁を越えさせた時点で終わっているんです。そんなフラフラの身体で無理に戦うことはないじゃあないですか」


「ゴブザブロウ……」


「今日だけじゃない、魔力を全放出するような術を何度も何度も使っているからすっかり弱っちまった。侵攻を始める前に比べてかなり痩せこけているって、気付いていますかい?」


 ゴブザブロウの指摘にヴェルナーは驚いていた。多少疲れているな、くらいの自覚しかなかった。指で頬をなぞる、少し痩せているかもしれない。


「やるべきことはやったんです、誰も文句なぞ言いやしません。後はもうここでのんびり茶でも飲みながら吉報を待ちましょうや」


 正直なところ、少し迷った。しかし、すぐにヴェルナーは見えない何かに背を押されるように決意した。


「……自惚れているような事を言わせてもらうが、これは僕が始めた戦いだ。僕がエヘクトル軍に寝返らなければ起きなかったかもしれない戦いなんだ」


「でも、それは旦那のご家族がアホ王に処刑されたからであって……」


「事情も都合も言いたいことも、皆それぞれにあるだろう。やはり深く関わった者としての責任がある。自分の知らない所で王が倒されたというのも、何かスッキリしないものが残りそうだしね。王の首だけは自分の手で取りたいんだ」


「かつてのお仲間、聖騎士の末裔がまだ生きておりやすぜ。旦那の前に立ち塞がるかもしれやせん」


 ゴブサエモンも進み出て言った。ヴェルナーの身が危険に晒されること、心情的にも暗い影を落とすであろうことをおもんぱかっての事だ。


「それも含めて、この身にまとわりついた因縁さ」


 と、ヴェルナーは笑いを浮かべて見せた。


 本当に覚悟を決めて、全てを受け入れた者の顔だ。ゴブリンたちは何も言えなくなった。主を止める言葉はもう尽きてしまった。


 レイチェルがマントを着け終えると、ヴェルナーは振り返りレイチェルの身体を抱き寄せた。


「それじゃあ、行ってくるよ。全てを終わらせてくる」


「無事のお帰りをお待ちしております」


「仇を討って、そして僕と新しい家族になって欲しい。愛しているよ、レイチェル」


「はい、ヴェルナー様……」


 レイチェルの声は震えていた。ヴェルナーには泣いている女を慰める方法が、強く抱き締める以外に思い付かなかった。


 それから数分もしてから名残惜しそうに身を放した。


「もう、よろしいので?」


 ゴブサエモンが居心地悪そうに言った。


「体力を消耗するような事をして最後の決戦に間に合いませんでした、じゃあ笑い話にもならないだろう。アクイラあたりに一生いじられるぞ」


 ひとしきり笑った後、ヴェルナーは表情を引き締めた。


「レイチェルと子供の事、よろしく頼むよ」


「まだ産まれてもいませんぜ」


 背筋を伸ばし、ヴェルナーは堂々とテントを出て行った。その姿は正に英雄と呼ぶに相応しいものであった。


 ゴブザブロウは聖騎士であり魔族の将軍でもある男の去ったテントの出入り口、厚い布の揺れが収まるまでじっと見ていた。


「なあサエモン。おめえ、魔術の修行は続けているか?」


 ゴブザブロウは指先に火を灯し、軽く振って消して見せた。ヴェルナーに基礎を教わり使えるようになった魔法である。


「手を使わずに泥団子を作れるようになった」


「……それは凄いことなのか?」


「旦那は誉めてくださったよ。確実に一歩進んだって。まあ、強くなった実感があるかと聞かれりゃ全く無いけどな」


「土属性は根気よく、だな。そういう俺だって火は出せるが戦闘で使えるほどじゃないからなあ」


「ウサギやネズミを脅かすくらいは出来るだろう?」


「それを自慢していたらただの馬鹿だ」


 二人は顔を見合わせて笑ったが、それはどこか寂しげな笑いでもあった。


「今日ほど俺が最底辺の弱っちいゴブリンであることを呪ったことはないぜ」


「そうだな。旦那に付いて行きたかった。それで死んでも構わなかった。でもな、足手まといにゃなっちゃいけねえんだ」


「強くなろうぜ、相棒」


 ゴブサエモンは頷き、それからベッドに腰かけて身じろぎしないレイチェルに声をかけた。


「元気な子供を産んでくれよ。その子が大きくなる頃には、俺たちもビッグになっているからよ!」


「ゴブサエモン、ビッグになってというのは要するに何の目標も立っていないということよ。そんなあやふやで無責任な者にヴェルナー様の御血筋を任せられないわ」


「お、おう、そうだな。じゃあおれはゴブリンメイジになるぞ。土魔法のエキスパートになる」


「俺は魔法剣士でも目指すかな。剣に炎を纏わせて戦う、ゴブリンマジックナイトだ。カッコいいだろう?」


 どうだ、とばかりに胸を張るゴブリンたち対して、レイチェルは呆れたように首を振った。


「……期待しないで待っているわ」


 ひでえ、あんまりだと叫ぶゴブリンたちを無視して、レイチェルはまだ目立たぬ腹をさすっていた。


「ヴェルナー様、貴方には幸せになる権利があります。そうでなければ世界の方が間違っている」


 無事に帰って来た男を温かく迎え、共に子を育てたい。それが今のレイチェルの望みであった。

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