第25話 錆び付いた首枷
勇者の旅は基本的に自由である。もっとも、それは何をしても許されるという意味ではなく、己の行動に己で責任を取るということであるが。
自分で行き先を決め、倒すべき敵を見極める。道中で手に入れたアイテムなども所有権は勇者一行にある。最終的に魔王討伐が出来ればそれでいい。
四天王の一人、魔人ガイウスを倒すという実績もあるので誰も文句を言う者はいなかった。今までは。
魔術師ヴェルナーの離反という事件以来、勇者一行の行動は王が管理するところとなった。攻撃目標を指定され、入手したアイテムは全て王家に献上させられ、どうしても必要となれば事情を説明して一時的に貸与してもらうという形を取らねばならなかった。
また、定期的に王都へ戻り報告することを義務付けられた。移動だけで何日も何週間もかかり、非効率極まりない。これで王からは成果が出ていないと叱責されるのだからたまったものではない。
戦いのことなど何も知らぬ王にひっかきまわされ、最初に限界が来たのは案の定と言うべきか、一番気の短い戦士マックスであった。彼にしては持った方である。
「いい加減にしろ
敵の拠点を侵攻中に呼び出され、同じ事を何度も繰り返すような説教を二時間程続けられ、マックスは額に青筋を立てて脇に抱えていた兜を大理石の床に叩きつけ怒鳴った。
「二度と貴様の指図は受けん。魔王討伐がしたければ貴様がやれ。出来るだろう、優秀なんだからなぁ!?」
ツバを吐き捨て、大股で玉座の間を後にするマックス。警備兵が槍を構えて立ち塞がろうとするが、マックスに睨まれただけで
これも仕方のないことであった。怒り心頭のマックスを止められる者はこの場にいない。無駄死にが確定している状態で戦うことなど出来はしなかった。
王はポカンと口を開けている。自分に逆らうなど信じられない、そういった顔だ。
「おい待て、マックス!」
勇者ラルフと僧侶ヘルミーネが仲間を追った。後に残されたのは腰の引けた兵士たちと呆けた王、無表情の宮廷魔術師。
王の顔に血が昇り、真っ赤になって肘掛けに拳を叩きつけた。
「クソガキどもが! 余の苦労も知らずに勝手なことばかりしおって! 性根が腐っているから徹底的に管理せねばならぬのだとわからぬか!?」
荒く息をつきながら兵士たちを睨む。
「貴様ら、何故奴を止めぬか!? どいつもこいつも使えぬ、役立たずばかりか!」
兵士たちは目を逸らし、曖昧に頷くしか出来なかった。マックスの行動に驚きはしたが、意外とは思わなかった。いつか起こって当然のことだった。
何事かをぶつぶつと呟きながら王は退室し、側近のユルゲンも兵士らを咎めることなく後に続いた。
玉座の間に安堵した空気が流れる。それが一時的な安心であるということも誰もがわかっている。
「これから、どうなっちまうのかね……」
誰かが呟いた。
誰も答えることは出来なかった。
「マックス、話を聞け!」
長い渡り廊下でようやくラルフたちはマックスに追い付いた。
「王から離反してどうするつもりだ!?」
「これから? ああ、これからか。一人で好きなようなやるさ。安心しろ、聖騎士の末裔としての使命を忘れたわけじゃない」
「たった一人で何が出来る?」
マックスはふん、と鼻で笑った。悪意むき出しの
「今までは何か出来ていたのかよ」
マックスの声はどこまでも冷たい。ラルフとヘルミーネ、そして自分自身に向けられた
王に振り回されながらの三人だけでの活動。魔族の幹部を倒せたわけでもない。迷宮を攻略できたわけでもなく、誰かを救えたわけでもない。やることなすこと中途半端で放り出された。
チャンスに押し込むことが出来ず、ピンチに退くことが出来ず、王の方針に異を唱えるのであればいちいち説明をせねばならず、そんなことをしているうちに状況は変わってくる。
マックスは静かに首を振った。どうにもならない、そんな諦めがそこにある。ラルフたちに向けられた視線はどこか優しげでもあった。
「身の振り方を考えた方がいい。それともお前らも王と手を切って俺と一緒に旅でもするか?」
ラルフは驚き、考え、そしてため息を吐いて拒絶した。
「……無理だな。王家の協力がなければ復活の儀式も行えないんだぞ」
「その考えが俺たちを弱くした」
こいつは何を言っているのだろうか。死してなお復活出来るからこそ、経験を積んで強くなることが出来た。一度負けた相手に対策を立ててから再び挑むことが出来た。復活の奇跡こそが勇者一行の強みではなかったのか。
ラルフの考えは手に取るようにわかる。言いづらいことだが言わねばならぬ。マックスはラルフから少し目を逸らしながら言った。
「ラルフ、お前はエヘクトルとの戦いの途中で勝負を投げただろ。またやり直せばいいやって感じで」
「馬鹿を言うな、俺は必死に戦っていた!」
「そうかな。お前からは気迫が感じられなかった。最低限やるだけのことはやっているだけで」
「そんなものは個人的な感想に過ぎないだろうが!」
ラルフは怒りを吐き出しながらひどく悲しそうな顔をしていた。マックスも似たような顔をしている。二人とも顔をくしゃくしゃにして向き合っていた。
ラルフ自身、投げやりになっていた自覚は無いのだろう。戦いの最中で次を意識してしまっただけだ。
それでもあの時ラルフが全身全霊をかけて戦っていればどうなったか。勝敗は紙一重であった。あとほんの少し、あとひと押しがあれば勝てた可能性は十分にあった。エヘクトルを倒していればヴェルナーが捕まることもなく、四天王の二人目を倒したという実績によって王が口出しすることは出来なくなっていただろう。
どこで歯車が狂ったのか、今さらそんなことを考える意味はない。誰よりも信頼していた男の言葉が、もう心に届くことはなかった。
「ごめんな、ラルフ。もうお前のことがなにひとつ信用出来ない」
震える声で言い、マックスは背を向けて早足で逃げるように去って行った。
「なんでよ……」
マックスの背を見送りながら、ヘルミーネはその場にへたり込んだ。
「相手は魔王軍なのよ。王家と民衆と聖騎士の末裔がひとつになって初めて対抗出来るっていうのに。どうして皆、勝手なことばかり……」
虚空を見つめるヘルミーネ。前を見ているようで、前を見ていない。
ラルフは下らない理想論だと吐き捨ててやりたかったが、それは出来なかった。ヴェルナーが裏切り、マックスが去った今、ヘルミーネとの仲まで拗らせるわけにはいかなかった。
ヘルミーネの言葉は正論だ。ただ不可能であるだけだ。無理だと口にしてしまえば本当に何もかも崩れてしまいそうで、何も言えなかった。
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