第24話 魔術師の秘策
会議室に四人の幹部が集まった。
鳥人アクイラ。
八足衆筆頭プルポ。
木賢人フィニカス。
そして氷魔将アブソリュートことヴェルナー。
この中で誰が一番偉いのか、という話になると少々複雑である。
勇者一行の襲撃時、アクイラは外出中であった。偵察や裏工作を主な任務としている彼は城を空けることが多く、襲撃があった日に留守にしていたのも仕方のないことであった。
とは言え、城主の危機に外をほっつき歩いていたというのは外聞が悪い。アクイラも後になって、
「何月何日に襲いますって、予約しておいてくれよ」
などと理不尽な
八足衆という水属性の魔物を集めた派閥のリーダーである、タコ型魔族のプルポは勇者一行と必死に戦ったが敗北した。驚異的な再生力によってプルポは生き延びたのだが、多くの仲間を死なせておきながら自分だけ残るというのはやはり気まずいものがあった。
木賢人フィニカスは直接勇者らと戦うことはしなかった。彼は後方から魔物を指揮するタイプであり、その身を晒して戦う意味はあまり無い。事実、戦わなかったことを後日エヘクトルに責められることはなかった。
しかし武力と暴力に価値を置く魔族にとって、やはり彼は主君の危機でも奥に引っ込んでいた奴という扱いであり肩身の狭い思いをしていた。
ヴェルナーにいたってはエヘクトル城を荒らした張本人である。実力は確かであり、彼のもたらした情報は有益なものばかりだが、人望や信用といったものは無きに等しい。
誰も彼もが後ろ暗さを抱えており、権力争いなどしている場合ではなかった。
そんな微妙な空気のなか、プルポは困惑していた。何故か円卓の対面に座るヴェルナーから鋭く睨み付けられているのだ。
プルポは八本の足それぞれに武器を握り、変幻自在の攻撃を繰り出す戦いかたを得意としていたが、襲撃の際はヴェルナーの冷気によって動きを封じられ、勇者ラルフと戦士マックスによってバラバラに切り裂かれたのだった。
実力を発揮できずに終わったのは己の未熟さ故である。プルポはヴェルナーを恨んではいなかった。いや、恨む気持ちが無いわけではないが、これが戦場のならいであると己を戒めていた。
逆にヴェルナーから敵対視されるような覚えは無い。
「ヴェルナー氏、吾が輩に何か思うところでも……」
重い空気のなか聞いてみる。
「プルポ、君に負けるつもりはないからな」
やはり意味がわからない。既に勝負はついているし、一対一で戦ったところで相性が悪すぎる。
何か事情を知らないかとアクイラを見ると、彼は薄ら笑いを浮かべていた。
「アクイラ氏……」
またこいつが何かやらかしたのか。問い詰めようとしたところでタイミング悪くレイチェルが先触れにやって来た。
「御大将、お成りにございます」
アクイラとフィニカスが同時に立ち上がり、ヴェルナーもそれに倣う。やや遅れてプルポも続いた。奥から城主エヘクトルが現れ、着席。大きく頑丈なはずの椅子がぎしりと悲鳴をあげた。
「楽にせよ」
エヘクトルの許しを得て四幹部が着席する。プルポも今度は遅れることはなかった。
「一週間後に出立だ、落とすぞ」
主語を省いた発言だが、その意味がわからぬ者はこの場にはいない。砦の攻略、人類の防衛戦を突き崩し王都への道を拓くのは魔族の悲願であった。
「さて、ヴェルナーにいくつか聞きたいことがある。古巣を売ることになるが構わないかね?」
「買っていただけるならば、いくらでも」
迷いの無い、軽い冗談も含めた返事にエヘクトルは満足げに頷いた。
「この度の戦い、聖騎士の末裔どもは出てくるだろうか?」
「その可能性は高いかと」
「個人的な予測で構わん。どれほどだ」
「ほぼ確信しております」
聖騎士の末裔が出てくればそれは幹部が討ち取られる危険が高まるということだ。彼らの存在によって戦い方も覚悟も大きく変わってくる。
フードを目深に被った老人、フィニカスが顔をあげた。皺のように見えたのは木肌であった。樹齢千年を越える木に意志が宿り人の形を取った、まさに木賢人である。
「何故今回に限りそう言える。奴らは村の守りには来ず、奪還しようともしておらぬぞ」
不信感を滲ませた
「あの村は王にとってどうでもよかった。だが砦は違う。王都を守る壁のようなものだ」
「ふん、身の安全の為なら戦力は惜しまぬか。聖騎士の末裔どもも哀れよな、走狗か」
「世界を救う使いっ走りさ」
「奴らも愚王に不満を抱いておろう。引き込むことは出来ぬか?」
ヴェルナーは一瞬、悲しげに目を伏せてから答えた。
「彼らは聖騎士の末裔としての使命に忠実で、誇りを持っている。ずっとそうして生きてきたんだ。両親も祖父母も先祖も、ずっとだ。僕のように存在全否定でもされない限り、不満はただの不満のままさ。寝返りなんてもっての他だ」
「王がまた家族に手を出すかもしれんぞ」
「戦士マックスの両親はすでに亡くなっている。母はマックスを産んですぐに病で亡くなり、父は修行の最終試練の際にマックスに斬り殺されている。そうやって技を継いでいくそうだ」
「……凄まじいのう」
「それだけのことをして技と使命を受け継いだんだ。父親を殺したという負い目もあり、彼が人類側から外れるということは絶対にない」
「残酷な父御よな。息子に呪いをかけたようなものではないか」
プルポの言葉にヴェルナーは反論出来なかった。罪悪感に縛られ、いつか自分の息子に殺されることを救いだと考える。愛や使命といった言葉で糊塗しようとも、その本質が呪いであることに変わりはない。
適当で不真面目な言動の裏でマックスは何を想っていたのだろうか。ヴェルナーの知る限り、マックスが夜中に宿を抜け出した事は何度もあるが、戦いで手を抜いたことは一度も無い。
そんな男とこれから殺し合いをしなければならないのだ。自ら選んだ結果として。
「僧侶ヘルミーネのバックには教会が付いている。ここに手を出すほど王は馬鹿じゃないだろう。常軌を逸した馬鹿だとしても、側近のユルゲンがそれを許さないはずだ」
教会という言葉に、アクイラが露骨に嫌そうな顔をした。
「聖騎士の末裔で一番厄介な相手だな。パスパス、止めだ止め。はい次!」
スパイなどを使って王都で暗躍するアクイラも教会だけは苦手なようだ。無理もない、教会は独自の権力と価値観で動いている。ヴェルナーもヘルミーネ個人に対して思うところは何もないが、教会に深く関わりたくはなかった。
「勇者ラルフの家には母親が居るのだけど、あそこは聖騎士筆頭の家系ということで使命には一番熱心で忠実だ。息子の足枷になると感じたらお母さんは人類に尽くせと言い残して自害しかねない」
「狂っておるのか」
フィニカスが嘲笑した。覚悟を持った人間を笑われてヴェルナーは不快であったが頭の片隅の冷静な部分では、
(端から見たらそうなのかもな……)
と、認めざるを得なかった。
英雄という民衆の玩具。聖騎士という王の道具。名誉と誇りを口にする操り人形。自分と仲間だった者たちのネガティブな感情ばかりが溢れ出す。
ヴェルナーは軽く目をつぶってその考えを追い出した。今は砦攻略の会議中だ、己のアイデンティティについて思い悩んでいられるほど暇ではない。
パンパン、とアクイラが軽快に手を叩く。
「聖騎士の末裔どもは出てくる、引き抜きは出来ない。そういうことで次いこうぜ次。で、いいよな大将?」
視線がエヘクトルに集まり、次の言葉を待った。
「後は城門をいかにして突破するかだな。ヴェルナー、あの門の強度はどれほどだ」
「門には強力な魔法防御が施されています。見た目以上に強固かと」
「正面突破は難しいか」
エヘクトルは腕を組んで唸った。しばしの沈黙の後、プルポが触手を一本ぴょこりと挙げた。挙手のつもりだとヴェルナーが気づいたのは数秒経ってからである。
「ならば飛兵を使い内部に侵入、内から門を開けるのがよかろう」
「はぁん? 俺の兵を使い潰そうってか!?」
アクイラが叫んだ。空を飛べる、人類には不可能であり魔族側の絶対有利な点であった。それだけに飛兵は貴重である。エヘクトル城では空を飛べるというだけで評価が一段階上がるくらいだ。
ホークマン、ハーピー、ガーゴイルなどの飛兵はアクイラの預かりであり、彼の権力基盤でもあった。
「人間がどいつもこいつもアタマ王さまっていうならともかくよお、飛兵対策くらいしてんだろうが。そこらへんどうなのよヴェルナーちゃん」
「籠城戦を前提に造られた砦だからね、兵を城壁に並べて雨あられと射ってくるよ。矢の備蓄も相当なものだ」
飛兵といえども空中で軌道を変えるのは難しい。弓兵は天敵であった。矢の雨を掻い潜って城門を内から開けるなど、どれほど犠牲が出るか考えるだけで恐ろしい。下手をすれば壊滅して戦果なし、ということにもなりかねない。
「戦に犠牲は付き物であろう。まさかアクイラ氏は無傷で占領するつもりだったのか?」
「その犠牲とやらを俺だけに押し付けてテメエは高みの見物か? まあ、陸のカッパが役立たずなのは知っているけどよお」
アクイラとプルポが睨み合う。危険な雰囲気になってきたところでヴェルナーが軽く手を挙げた。
「この一件、僕に任せてくれないだろうか」
「なんだよヴェルナー、秘策でもあるってのかい」
「門を開けずに城壁を越える方法がある」
ヴェルナーが秘策について説明すると、皆が目を丸くして黙っていた。本当にそんなことが可能なのか、だが出来れば損害を大きく減らせるだろう。
出された菓子は砂糖か毒か。甘い罠に手を出しかねていた。いがみあっていたアクイラとプルポが視線を合わせて、おいどうなんだと互いに聞いていた。
エヘクトルが微笑んだ。これでほぼ決まったようなものだ。
「先陣はヴェルナー、後詰めに巨人族を配置する」
ヴェルナーが失敗した場合は巨人族による力攻めを行うことになる。門を叩いている間は無防備な頭上を弓兵に晒すことになり、犠牲も大きくなるだろう。戦いは激しく凄惨なものになる。
ヴェルナーの責任は重大であるが、彼は怯むことなく堂々としていた。
「お任せください」
立場は変われど、英雄と呼ばれた男の姿がそこにあった。
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