第23話 愛の証明方

「ええと、すいません。アクイラさん、今なんと?」


 すぐにでも『なあんちゃって』と言って笑い出すのではないかとアクイラの顔をじっと見ていたが、彼は真顔のままであった。


「ヴェルナー、お前さんはどうも危機感ってやつが足りないようだな」


「何だよ、怖い言い方をしないでくれ」


「レイチェルほどの器量よしに今まで縁談がなかったとでも思うのか。我が妻に、俺の女に、そう申し込む奴はそれこそ両手両足の指で数えられんぞ」


 ヴェルナーは黙って頷いた。自分もまた、そのうちの一人だ。


「確かに。そうなると逆に気になるのが何故、彼女は今一人身なのかということだな」


 アクイラの眉がぴくりと動いた。気のせいだったかもしれない。アクイラはまたいつもと変わらぬ気楽な調子に戻って話を続けた。


「まず無理矢理襲ってモノにしようって奴がいない理由だが、メイドや料理人たちは城の管理維持に必要な人材であり、身分こそ低いが大将の直轄だ。よほどの無礼でも無い限り勝手に危害を加えるわけにはいかねえんだ。昔はそんなこともわからず、やらかして大将に頭を握り潰された奴が何人かいたけどな」


「……その割にゴブリンたちの扱いは悪いようだが」


「メイドたちは城の管理のために雇われている。ゴブリンたちは戦士として雇われておきながら大して役に立たないから雑用でこき使われている。前提からして違うのさ」


 雑用専門になりますと言えば身の安全は確保できるのだろうか。その考えをヴェルナーはすぐに打ち消した。今がどれだけ惨めな境遇であろうとも、戦士であるというのは最後に残った矜持だ。雑用係になれと勧めるのは本人だけが親切だと思った、最悪の侮辱である。


「話が逸れたな。で、メイドちゃんの誰それが欲しいですという時は大将に話を通すことになる。レイチェルの場合は特に大将のお気に入りだからな、条件を付けたのさ。何か大きな手柄を挙げたらくれてやる、と」


「褒美扱いか。そんな、人を物みたいに……」


 不快感を示すヴェルナーに、アクイラはゲラゲラと笑って見せた。


「物だよ、物。レイチェルも、俺もお前も、全部大将の私物さ」


「魔族の主従関係とはそういうものか」


「すぐに全部わかれとは言わないが慣れていけ。お前さんはもう、こっち側だ」


 ヴェルナーは大袈裟にならない程度に頭を下げた。雑談に交えて魔族の考え方や習慣を教えてくれるのはありがたい。習慣を全て受け入れられるというわけではないが、知らぬままでいることと、知った上で対処するのではまるで違う。


「つい最近、手柄を挙げる機会があったんだが、残念ながら全員アウトってわけだよ。情けないねえ」


「あ、うん。そうだね……」


 曖昧あいまいに返すしかないヴェルナーであった。


「大将と同じ巨人族の幹部もレイチェルを狙っていたみたいだが、見事にやられちまったなあ」


「強かったよ、ものすごく。あそこでアイテムを大量に使ってしまったことが、エヘクトル様に勝てなかった要因でもあるな」


「無駄死にじゃなかっただけ結構なことだ」


 言葉とは裏腹に、口調はどうでもいいとでも言いたげなものであった。死んでしまっては意味がないというのはアクイラの価値観としてありそうなことだ。


「……少々下世話な話になるけどさ、あの巨人とレイチェルじゃあ、その、サイズが違いすぎるんじゃないかな」


「そうだろうな。だから一晩遊べりゃ後はどうでもいいんだろ。翌朝になれば股関節がバッキバキに砕けたメイドの死体がゴミ捨て場にポイってわけよ。ハハッ、笑える」


 悪趣味な話である。レイチェルでなくとも、他のメイド魔族がそういった目に合わされたこともあるのだろうか。


「そういう扱いについて、エヘクトル様は何も言わないのか」


「言えるわきゃないだろう。褒美としてくれてやったものを、そいつがどう扱おうが勝手だ。信賞必罰は組織の基本、これを大将自ら崩すわけにはいかねえよ」


「メイドという立場も、決して安全地帯というわけではないのだな……」


「手柄を挙げた奴に何もしないってのは論外。褒美としてでかい縄張りだとか、部下千人だとか、伝説の武具だとかをおねだりされるよりは、メイド一匹の方がよほど安上がりだ。酷い話だ、なんて言うなよ。上に立つ者にとって褒美だ報奨だってのは難しい問題なんだよ」


「無責任な批判をするつもりはないさ。そうした現状を知った上で、さあ自分には何が出来るかと考えていきたいね。仕方がない、で納得もしたくはない」


「意外に頑固だねお前も……」


 アクイラが呆れたように言った。ただ、ヴェルナーに対して悪感情を持っているわけではないようだ。よく言えば消極的な賛成。悪く言えば面白がっている。


「それじゃあ本題に入ろうか。近々、新たに大きな手柄を挙げる機会が巡ってくるわけだ。ああ、性の野獣どもから哀れなメイドを救ってくれる、心優しい魔術師などはいないものだろうか!?」


 アクイラは両手を広げ、大袈裟に叫びながらヴェルナーをちらちらと見ている。


「……いるさ、ここに一人な」


「素晴らしい、実に素晴らしい! 後はお前が砦攻略戦で戦功第一の大活躍をしてだな、レイチェルさんをお嫁に下さいと言えばハッピーエンドってわけだ」


「僕にとってはハッピーだが、レイチェルの気持ちはどうなのかと……」


「甘っちょろいこと言ってんじゃないの。本人の気持ちなんかどうだっていいんだ。人間だってそうだろ、身分ある者の婚姻なんか全部家の都合だ。魔族の場合は家の繋がりじゃなくて報酬扱いだってだけの違いだ」


「むむむ……」


「これ以上、四の五の抜かすな。気持ちが大事だっていうなら今から惚れさせろ。魔族にとって強さはイコール魅力だからな。砦で大活躍して格好良い所を見せてだな、その後は大事に優しくしてやれば、いやんヴェルナーさん素敵抱いて、となるわけだよ」


「なるかなあ……」


「させるんだよ、お前が」


 しばし真剣な顔で悩んでいたヴェルナーであったが、やがて力強く頷いた。


「そうだな、次の戦いは頑張ってみるよ。その後はまあ、戦いとは別の勇気が必要だがそっちも頑張ってみよう」


「やる気が出たようで結構なことだ。ちなみにあのタコ坊主もレイチェルを狙っているみたいだからな。美少女メイド触手まみれ産卵ショーが見たくないってんなら、気合い入れて行きな」


「他の男に取られるっていうのはそういうことかあ……」


 決意を新たにするヴェルナーであったが、ふと疑問を感じて辺りを見回した。


「随分と長いこと話し込んでいたが、まだ誰も来ないのかい。会議はどうなったんだ?」


「それなんだけどな」


 アクイラはにやにやと笑っていた。


「俺がメイドの詰め所に行って頼んだのさ。一時間前にヴェルナーを呼び出してくれって」


「何だってえ!?」


 素っ頓狂な声を上げるヴェルナーに、アクイラはペロリと舌を出して見せた。


「怒るなよ。今の話は役に立っただろう?」


「そうなんだけど、そうなんだけどさあ……!」


 だまされた、とまでは言わないが、なんとなくアクイラの手の上で弄ばれているような釈然としない気持ちを抱えていた。


 幹部格二人の魔物が入室し、話はそこで区切られてしまった。

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