第22話 楽しいアクイラ劇場

 砦攻略のためにヴェルナーは村からエヘクトル城へと呼び戻された。ヴェルナーは村の管理ではなく戦うため、さらに言えば聖騎士の末裔同士を噛み合わせるために家臣とされたのだ。この決定に不満はない。むしろ当然である。


 村へはヴェルナーの代わりにそれなりの知性がある魔物が派遣された。知性はあるが、品性があるかどうかはわからない。戻ってみれは村人は全員裸にされ、首輪で繋がれているということにもなりかねない。


(一度痛い目を見て、そこを僕に救われれば少しはありがたみがわかってくれるだろうか……)


 少しでもそんなことを考えてしまった己を恥じた。


 自分の都合のために他者の不幸を願う、それこそ下品で、身勝手で、ヴェルナーの嫌う権力者像そのものではないか。


 一人で顔を歪めたり、首を捻ったりと怪しげな歩き方をするヴェルナーの前に人影が現れた。


「ヴェルナー様、おかえりなさいませ」


 そう言って優雅にお辞儀するのはメイドのレイチェルであった。


「あ、ああ。ただいま」


 魔族の城へと戻ってきて、ただいまなどと言っていいものか。悪くはないのだろうが、未だに慣れぬヴェルナーであった。


「急いで戻ってきたつもりだが、会議には間に合ったかな」


「まだ十分に時間があります。一度お部屋に戻られてはいかがですか。時間になりましたらお呼びいたしますので」


「そうしてくれるとありがたい。……新参者は一番早く来た方がいい、みたいな習慣はあるかな」


 レイチェルは口の端を歪めた。人間のそうした習慣を無意味で滑稽なものと考えているようだ。


「ヴェルナー様が忠義を尽くすべきは御大将ただお一人。他の方が年上だ、先達だと言って頭を押さえようとしたならば……」


「やられたら?」


「わからせてやればよろしいかと」


 当然だ、とばかりに言いきった。


 個人の武力こそ地位であり身分。そうした魔族の価値観からすればおかしなことでもないのだろうが、完全に納得とまではいかないヴェルナーであった。


「年功序列を取り入れると、数百年単位の話になってしまうので……」


「うん、それは確かにややこしいな」


 そうこうしているうちにヴェルナーの私室の前にたどり着いてしまった。どうしてこの城の廊下はこんなに短いのだと恨めしく思った。


「では、後ほど」


 レイチェルが別れの言葉を口にするが、何故かその場に留まりヴェルナーの顔をじっと見ている。


「どうかしたかい?」


 ヴェルナーが照れ臭そうに聞いた。


「いえ、失礼いたしました」


 そう言ってレイチェルは規則正しい足音を残して去っていった。


 一人残されたヴェルナーは戸惑っていた。レイチェルの反応はどういう意味であったのだろう。少なくとも、悪感情は持たれていないはずだ。


 今まで女性に好かれたこともなく、女心がわかるはずもない。


「どうしたものかな……」


 結局、会議の時間までベッドの上でのたうちまわり、休むどころではなかったヴェルナーであった。




 部屋に戻って六時間ほど経ち、眠気が襲ってきてうとうととしかけた時、ノックの音で起こされた。


「ヴェルナー様、お時間です。会議室までお越し下さい」


 急いでドアを開けると案内役のメイドが立っていたが、レイチェルではなかった。

少しがっかりとした気分であったが、それを顔に出さないよう努力した。迎えに来てくれたメイドに落ち度があるわけではない。


「ありがとう。案内を頼むよ」


「はい」


 メイドは明るく微笑んだ。彼女もレイチェルに負けず劣らず魅力的であった。


 会議室に入ると円卓の前にアクイラが座っており、ヴェルナーに気付くと笑って手を振った。


「君だけか、他は?」


「幹部があと二人。揃ってから大将のご入室だ」


「幹部が四人か、少ないな」


 魔族と人間の体格差を考えても円卓は軽く十人以上が囲める大きさがある。疑問を口にしたヴェルナーのひたいに鳥人間チョップが叩き込まれた。


「あたっ、いきなり何をするんだ!?」


「ヴェルナーくぅん、どうして幹部が少ないかっていうとね、つい最近大規模な襲撃があったからなんだよぉ」


「……すまない、軽率だった」


 エヘクトル城へ侵入し、幹部らを片っ端から切り伏せたのは自分を含む勇者一行である。あの時は敵同士だったので罪に問われることはないだろうが、他人事のように言われてしまえばいい気はしないだろう。


「ま、気にするなとは言わねえが気にしすぎるな。敗けた奴が弱かったってだけの話だ。生き残ったのは外出中だった俺と、再生力が異常に高いタコと、逃げ回っていたトレントの爺だけだ」


 タコ型の魔物を氷漬けにした覚えがあるので何とも気まずい。木型の魔物は見覚えがないのでやはりどこかに逃げていたのだろうか。


「今だから言えるけど、エヘクトル城崩壊の危機だったんだよなあ。ああ、大将が追い詰められたからって話じゃないぞ」


 アクイラが試すような視線を向けた。


「一度の襲撃で組織がぼろぼろになった。これを二度、三度と繰り返されれば城はほぼ無人、丸裸になる。そういうことかな」


「大変良く出来ました。大正解のヴェルナー君には花丸アクイラ賞をあげよう。今できたばかりの歴史と名誉のある賞だぞ」


「いらない……」


「あ、そう。残念だ。話を戻すが、勇者一行には生き返って何度も戦えるという特権があるわけだ。お前さんの話じゃ復活アンド復帰にそれなりの日数が必要だそうだが、それでもこっちが組織を再編するよりはずっと早いだろうさ」


「長期的な戦い方っていうのは考えなかったな。それが有効だっていうのはわかるけど、僕らは生き返る度に死にたくなるような思いをするわけだからね」


「当人らはそうだろうさ。だがお前らを戦場に放り出すお偉いさんはそんなの知ったこっちゃないわな。手段があるならやれ、それでおしまいだ」


 心当たりがありすぎて何も言えなかった。どれだけ復活時の苦痛を訴えようとも、


『辛いのはわかるが人類の為だ。今もどこかで魔物に苦しめられている人たちがいる、お前たちは彼らを見捨てるつもりか』


 などと言われて話は終わりだった。


 何が『気持ちはわかる』だ。『わかる』という言葉の後に『でも』『けど』『だって』と繋がるのは、結局何も考えていないのと同じだ。


 少なくとも勇者一行を叱りつけた王都の高級役人が復活時の苦痛を知っているわけがない。


「勇者一行を鞭打って働かせ、御大将を倒しました。エヘクトル城は接収されて砦に改築されました。魔物どもは始末され、メイドちゃんズは魔力封じの枷を嵌められ好事家どもの肉便器になりました。人類大勝利、正義は勝つ。めでたしめでたしってわけだ。ハハッ、笑えるな。全然笑えないって点を除けば」


 アクイラは乾いた笑いを洩らした。一歩間違えれば、それは確かにあった未来だろう。


 ヴェルナーの心に沸々ふつふつと怒りが沸いてきた。しかし、その怒りが誰に向けられたものなのか自分でもよくわからないというおかしなことになっていた。


 レイチェルがあの王に組み敷かれていたかもしれないなどと考えるだけで虫酸が走る。一方でそんな状況を作り出していたかもしれないのはヴェルナー自身である。


 ヴェルナーたちは既に四天王の一人、ガイウスを倒している。城の接収と後始末は王都の兵がやるというので任せたが、その後どうなったのか、何が行われたのかは詳しく知らなかった。


 アクイラが語ったようなことが行われていたかもしれない。いや、むしろその可能性は高い。問い詰めたところで、魔族をどうしようが勝手だろうと言われてしまえば反論出来ない。


 自分が地獄を作り出したこと、そしてそのことに無頓着であったことに、自己嫌悪に陥りそうだった。


 かといって人類が悪で魔族が正義だなどと極論に振れるほどヴェルナーは単純ではない。魔族に蹂躙された人間を旅の途中で何度も見てきた。


 四肢を切り落とされ串刺しにされた人間。老若男女を問わず街道にずらりと並べられた無残なオブジェを見たときは、嘔吐しながら魔族を一人残さず駆逐してやると誓ったものだ。


 カラスに目玉をくり抜かれ、空洞になった数百の瞳が無念を訴える光景は今でも夢に出る。


 どの陣営で誰のために戦うのが正しいのか。もう、何もわからない。


「皆で仲良く暮らしていくっていうのは出来ないものかね……」


「今から王サマと仲直りしろって言われたら、やるか?」


「わかりやすいたとえ話をどうもありがとう。おかげで最悪の気分だ」


 ヴェルナーに冤罪をかけ、何の罪もないどころか代々国家に尽くしてきた家族を絞首刑にした男。和解できるとしたらその条件は何だろうかと考えるが、何も思い浮かばなかった。


 王の首を斬って思い切り蹴飛ばしてやる、そのために自分はここにいる。


「またまた話は変わるわけだが……」


 アクイラがひどく真剣な顔をして言った。この男がこうまで真面目に話そうとする内容はなんだろうか、今まで以上に難しい話なのかと、ヴェルナーは思わず姿勢を正した。


「お前、レイチェルと一発ヤりてえか?」


「……はい?」


 あまりにも露骨な言い方に、ヴェルナーの思考は停止した。

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