第26話 底なし沼
深い、深い森の奥。頭ひとつ抜けた巨木の根元に座り込み瞑想するマックスの姿があった。
風雨に晒され服も身体も薄汚れており、髭も伸び放題であった。
自然と一体化したかのように
頭の中では何百回、何千回と激しい戦いが繰り広げられていた。エヘクトルを相手に斧を握りしめ、何度も何度も立ち向かい、同じ数だけ殺された。
勝てない、勝ち筋すら見えない。良いところまで行くことはあるがそこまでだ。偶然でも気迫でも乗り越えられない実力差という大きな壁に阻まれた。
聖騎士の末裔は人の限界を超えた存在だが、それでも高位魔族には届かない。何度も生き返るのは卑怯だなどと、魔族にだけは言われたくないものだ。
今のままでは無理だ、ならば勝つために何が必要だろうか。
(仲間か……?)
無理だ。マックスは悲しげに己の考えを否定した。
ラルフとヘルミーネが王家から離れられない限り、もう二度と共闘など出来はしない。いつまでも決断出来ない彼らを愚かと言うことはしなかった。彼らにもそれぞれの事情と都合というものがある。
ラルフは聖騎士筆頭、勇者の家系であり王家への忠誠心は人一倍強い。王家を否定することは己自身と先祖を否定することになる、と考えているのだろう。
(いや、捕らわれているのだろうな……)
受け継ぐべきは技と力、という戦士の家系はそうしたしがらみが少ない方だ。
マックスに家族はいない。母は幼い頃に亡くなり、父は武技を受け継ぐ最終試練で自ら手にかけた。もしも母が生きていれば、自分は王に向かって啖呵を切ることが出来ただろうか。危害が及ぶのを恐れて耐えたままだったような気がする。
ラルフたちとは立場が違っただけだ。マックスが彼らに比べて特別、決断力があったわけではない。それは自覚していた。
ヘルミーネの場合はさらに話がややこしい。彼女の背後には教会が付いており、聖騎士の末裔が王から離れるとなれば、それはそのまま王家と教会の関係悪化に繋がるのだ。それこそヘルミーネ個人の感情など挟む余地も無いほどに重大だ。
王家と聖騎士の末裔が協力しなければ国が滅ぶ。少なくとも彼女にとっては冗談でもなんでもない、事実だ。
次にヴェルナーの顔が思い浮かび、それは処刑された彼の家族のイメージへと変わっていった。激しく込み上げる嘔吐感に、マックスは口を押さえて呻いた。瞑想が途切れ虫や小動物が離れていく。
決断が遅すぎた。どうせ王と対立するならば、何故あの時にやらなかったのか。ヴェルナーの家族を保護して、その後ヴェルナーと合流すれば彼は絶望しエヘクトル軍へと走ることもなかっただろう。
あの時は王に逆らうなどと考えもしなかった。ただ状況に流されて目の前の惨劇を見ているだけだった。聖騎士の家族を処刑などするはずがない、と吊される寸前まで甘く考えていた。
聖騎士の末裔は人類の守護者ではなかったのか。ヴェルナーの父の首に縄がかけられ、城壁から突き落とされ首の骨が折れた瞬間、マックスたちは英雄たる資格を失った。
(仲間だなんて、言えるはずがないよな……)
激しく咳き込み、気が付けば頬を熱いものが伝っていた。
土を握りしめ、肩を震わせて泣いていた。
遠くで鳥が一斉に飛び立った。誰かが強い闘気を発したようだ。そんなことをする奴の心当たりは一人しかいない。
「迷惑な野郎だ」
マックスは涙を拭い、それでも足りぬと土を
立ち上がり背筋を伸ばし、ゆっくりと息を吐き、止める。
「フンッ!」
先ほどのものより強烈な闘気が放たれた。鳥が気を失って墜落し、虫も動物も周囲から完全にいなくなった。草木も意思と足さえあれば逃げたしたかっただろう。マックスの足元の草は一瞬で枯れていた。
やがて走り来る二つの人影。今もっとも見たくないツラ二位と三位が並んでいた。マックスはラルフとヘルミーネに対して大きく舌打ちし、不機嫌さを隠そうともしなかった。
「王の犬が何の用だ?」
「……俺の主は王じゃない、民衆だ」
「犬小屋の表札がよほど大事のようだな。で、何の用だよ。三度は聞かないぞ」
拒絶されるとは思っていたが、これほどまでとは予想外であった。ラルフはしばし言葉に詰まっていたが、やがて意を決して話し出した。
「砦にエヘクトル軍が向かっている。迎え撃つため、お前も守備に就いてくれ」
「誰の依頼だ、王サマか?」
「俺からの頼みだ」
「同じことだろう。嫌なこった、お前らで勝手にやってくれ」
追い払うように手をひらひらと振るマックス。いつもラルフの斜め後ろに控えていたヘルミーネがずいと前に出た。
「あなた、聖騎士の末裔としての使命は忘れていないって言ったはずよね?」
「それがどうした」
「砦が落とされれば多くの村が敵の前に晒されることになる。罪の無い民が犠牲になるのよ」
人類は少しずつ防衛圏を拡げてきたので村、砦、村といったふうに施設が交互に存在する。砦が一つ抜かれたからといって即座に国が滅ぶわけではないが、砦と砦の間にある村や街は魔族の脅威に晒されることとなった。
「罪の無い民なら、もう見捨てただろう」
「だから後は何人死のうが知ったことじゃないと言うのか、もう二度と過ちを犯さないと誓うのか、あなたはどっち?」
嫌な言い方をするものだと、マックスは大きくため息をついた。王と決別はしたが人間を見捨てたのでもなく、聖騎士の末裔としての誇りを失った訳でもない。
「わかったよ、砦には行ってやる。だがお前らとは別行動だ」
「何故? 協力しなけりゃ危険じゃないの」
「お前らが王の命令で俺を後ろから刺さないとも限らないからな」
英雄の名に泥を塗るような侮辱。ラルフが激昂し、マックスの襟首を掴んだ。ヘルミーネも冷たい視線を送っている。
「するわけがないだろう、そんなこと!」
そんな元仲間たちをマックスは鼻で笑った。
「やるさ、お前はそういう奴だ。言い訳さえ用意すればなんだってやる」
そのまま睨み合っていたが、マックスの眼がふっと優しげなものに変わった。
「王から離れない限り、お前の評価はずっとこうだ。命令されれば靴でもケツでも舐める奴ってな」
「王家と決別すれば、人類はもう二度と一つにまとまる事は出来ない」
どこまで行っても二人の意見は平行線であった。ラルフは済まなかったと呟いて手を離した。マックスも咎めることことなく、いいさ、とだけ言った。
「砦には来てくれ。頼む」
悲しげな背中を向けて去るラルフ。ラルフを追おうとするヘルミーネが足を止めて振り返った。
「私たち、どうしてこうなっちゃったのかしらね……?」
「わからねえ。俺が言えた義理じゃえねえがラルフの事、よろしく頼む。あいつの背中を守ってやってくれ」
ヘルミーネはしっかりと頷き、ラルフを追った。
一人残されたマックスはどんよりと曇った空を見上げた。
望まぬままに、何もかもが変わっていく。
「お前とも戦わなけりゃあならないんだな。本当に、どうしてこうなっちまったんだ……」
その問いに答える者はない。
虫一匹たりとも彼の側にはいなかった。
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