第21話 男たちのわるだくみ

「いやあ、ホントにびっくりだ。化けモンだよあいつ」


 エヘクトルの私室に招かれたアクイラは、村を襲撃した様子を身振り手振りを交えて語っていた。


「凍らせてバラバラにするってのは高位の魔術師なら出来るかもしれねえ。だが粉々にするのは非常識だ。門に衝撃を与えたのは俺だけど、正直ドン引きしたぜ。鳥肌立っちまった」


 本気か冗談かもわからぬ口調で語るアクイラに、エヘクトルは指先で胸の傷をなぞりながら満足げに笑いかけた。


「彼ならばそれくらいやってのけるだろうな」


「その傷、まだ治らねえの?」


「私の勲章だよ」


 ヴェルナーが勇者一行としてエヘクトルと戦ったときに氷柱を突き刺した傷であった。もうほんの少し押し込まれていればエヘクトルの命はなかったというほどの重症であり、今も傷痕だけが残っている。


 これを勲章と呼んだのは本心からである。それほどの強敵を打ち倒し、生き延びたのであると。そして傷をつけた勇敢なる魔術師は、今や己の部下である。こんなに楽しいことはない。


 治癒魔法を集中してかければ治るかもしれないが、エヘクトルはそれをやらなかった。むしろ傷痕が消えぬように引っ掻くのがクセになっているほどだ。


(坊やにぞっこんってわけね)


 そんなエヘクトルを、アクイラは呆れながら見守っていた。


「で、こうなると不可解なのは向こうの王サマのムーヴなわけだが。ヴェルナーをてめえで追い詰めて処刑しようって意図がわからん」


「狡兎死して走狗煮らる、とはよく言うが、歴史を紐解けば敵が尽きてもいないのにいぬを煮た例というのはいくらでもあるものだ」


「何でまたそんなことを」


「有能な家臣に討たれた主君、というのも同じくらいいるからな。どちらが正しいとは一概に言えぬものだ。王は疑心暗鬼に陥った結果、聖騎士の末裔たちを権力と恐怖で縛り付けたかったのだろうが、反発を招いてしまったというわけだ」


「残った三匹はどう思っているのかねえ」


 アクイラの口調は対岸の火事を見物しているようなものであった。


「ヴェルナーが処刑されていたら彼らも権力に屈し操り人形になっていたかもしれないが、脱獄してこちらについたということが彼らの立場と心情を複雑にしているのではないかな」


「誘えば味方になると思うかい?」


 エヘクトルはしばし間を置いてから首を振った。


「無理だな。ヴェルナーは私と気が合うという土壌があり、家族が処刑されるという王の裏切りがあったからこそ我らについてくれたのだ。何百年と続く聖騎士の使命とやらはそう簡単に捨てられるものではないだろう」


「そりゃ残念。……でもないか。聖騎士の末裔を四人揃って腹の中に入れたらそれはそれで危なっかしくてしょうがねえ」


 そう言って笑うアクイラであったが、ふと真顔に戻った。


「大将はあんまり部下の裏切りを警戒とかしていないよな」


 主君が常に家臣を疑うものだとすれば、外で何をしているかよくわからないアクイラなど怪しい奴の筆頭である。だが現実には主君の私室に招かれ談笑している。アクイラにエヘクトルを裏切るつもりなどないが、それをエヘクトルが信じるかというのは全くの別問題である。


「魔族と人間の権力機構の違いだろうな」


 アクイラは座る位置を直してじっくり聞く体勢を取った。


「魔族は基本的に力で順列を決めるが、人間はそうではない。血筋と政治だ。本人の前で言うのもなんだが、君が今ここで裏切り襲ってきたとしても、私は返り討ちにできる」


「大将と敵対したら俺は迷わず夜逃げするよ」


 と、アクイラは苦笑いしながら肩をすくめてみせた。こういった仕草がなんとも絵になる男である。


「それがヴェルナーでも同様だ。危険な相手だが、まず私が勝つだろうな」


「聖騎士四人がかりで勝てなかったもんが、一人でどうにかなるわきゃないわな」


「しかし、だ。人間の王はそうもいかない。単純な武力という点で聖騎士一人の足元にも及ばぬのだ。彼らが王を害そうと思えばいつでもできるし、王はそれに抵抗できない。兵を護衛に付けても案山子の代わりくらいにしかなるまい。こんな存在は王にとって恐怖以外の何者でもないだろう」


「だから奴らを試して、裏切らないという保証を欲しがったわけか」


「そうだな。だが忠誠心とは形として残るものではない。またすぐに信じられなくなり、試練はより過激なものになる。この繰り返し、最低の悪循環だ。試練はもはや王が一時の安心を得るためのものでしかなく、聖騎士の末裔らにとってはただ理不尽な嫌がらせでしかない」


「そして、それを煽っている奴もいると」


「ふ、ふ……。何を他人事のように」


「いやあ俺はね、出来る限りの範囲で王と聖騎士の仲をこじらせておけって言っただけでさ、ここまで効果てきめんとは思いもよらなかった。王がどういう考えで最も頼れる家臣を雑に扱っているのかも、大将の話を聞いて初めて知ったわけよ」


「王が卑劣で小心者であるという本性を知っていれば、もっと上手い手が浮かんでいたかね」


「さあて……、逆に策を弄しすぎてパーになっていたんじゃねえかなあ」


 言いながらアクイラは落ち着きなく頭を左右に揺らしていた。聖騎士の末裔を分断するという素晴らしい成果を出したのだ、エヘクトルとしては誉めることはあっても、完璧でないからといって責めるつもりはなかった。


 会話が途切れ、今日のところはこんなものかとエヘクトルが手を振り、アクイラが立ち上がる。


 エヘクトルがふと思い付いたように言った。


「そういえば、ヴェルナーはレイチェルに好意を抱いているのだったな」


「ああ、本人は隠しているつもりなんだろうが、バレバレだ。交尾したくてたまらねえって顔に書いてあるぜ」


 見目麗しいメイドのレイチェルはエヘクトル軍の中でも人気がある。囚人であった頃から何かと世話をされていたヴェルナーが恋心を抱いたとして、なんら不思議はないだろうとアクイラは納得していた。


「そうか……」


 エヘクトルは顎に手を当てて考え込んだ。悩むというよりは、面白いイタズラでも計画しているような表情である。


「なんだよ大将、あの二人をくっつけようとか?」


「次世代の聖騎士が魔族から産まれたら面白いと思わないかね?」


「大将、そりゃあ……」


 魔族、そして人間らの世界にどのような影響が出るかはっきりとした予測は出来ないが、面白いという一点においてアクイラは同意した。


 聖騎士四家、魔術師の家系はヴェルナーとレイチェルの間に産まれた子供が正統ということになる。他の家族は人間がご丁寧に始末してくれたのだ。


「いいな、凄く良いよ。俺が教育係になって、アクイラおじちゃん大ちゅき、とか言われたい」


「ずるいぞアクイラ。私だって言われたい」


 主従というより長年の悪友のような空気のなか、二人は笑いあった。


「問題はヴェルナーがレイチェルを受け入れられるかどうかだな」


 エヘクトルはアクイラの疑問に、逆だろうと指摘することはなかった。その意味するところはよくわかっている。


「男と女の問題だ、ある程度は流れに任せるしかあるまい。私から無理強いするつもりはない」


「男と女、ね」


 アクイラは口元を歪めた。それは楽しんでいるようであり、酷薄さも含んだ笑いであった。


「レイチェルには私からそれとなく話しておく。アクイラ、君はヴェルナーを軽くあおっておいてくれ」


「了解だ。それにしても大将、あんたは……」


「なんだろうか」


「かなり楽しんでるな?」


 エヘクトルは何も答えなかったが、その顔を見れば肯定しているも同然であった。


 砦の攻略のためにヴェルナーが城へ呼び戻されたのは、それから一週間後のことであった。

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