第16話 支配者見習い

 村に人の姿は見えないが四方から突き刺すような視線を感じる。村人たちは皆、家に閉じこもり窓から覗いているのだろう。


 注目しているのであれば都合がいいと、ヴェルナーはその場で叫んだ。


「聞け! この村は今日からエヘクトル軍が支配する! 村の責任者は前に出ろ!」


 答えはないが、一斉に身じろぎするような気配は感じた。ヴェルナーは手近な家の壁に触れた。


「答えたくないのであればそれでいい。一件ずつ凍り付けにしてやる」


 家の中へ冷気を流し込むと、中年の男が慌てて窓から顔を出した。


「む、向こう。向こうの家です」


 と、指差すがさすがにそれだけではわからない。


「らちが明かないな。君、村長の家に案内してくれ」


「それは……」


 男は泣き出しそうな顔で誰か代わってくれないかと周囲を見渡すが、そこで名乗り出るような奇特な人間がいるはずもなかった。


「自分の足で歩くのは嫌か。ゴブリンたちに引きずってもらおうか?」


 村の中央へ眼をやると、そこでゴブリンたちは兵士の死体を引きちぎって生で食らっていた。兵士の皮鎧を脱がせて思い思いにぶかぶかの鎧を来たり、剣や弓を振り回していた。


 ゴブリンたちに武具を生産するような技術も文化も無い。こうして人間から奪うのが戦力強化の手段であり、名誉でもあった。


 男の顔は、その場で倒れてしまうのではないかと心配してしまうくらい真っ青になった。ヴェルナーも人肉パーティーを目の当たりにして気分が悪くなったが、仮面のおかげで顔色を晒すこともなく助かった。


「すぐに参りますので……」


 蚊の鳴くような声で男が答える。何か話しているのか、女の声と子供の泣き声が聞こえた。


(家族か……)


 ヴェルナーは暗澹あんたんたる気分になった。家族の復讐のために、多くの家族を不幸にしている。矛盾と罪悪感で胸がキリキリと痛み出した。


 せめて彼らの生命と財産くらいは守らねば。勝手な言い草ではあるが、開き直って虐待するよりはいくらかマシだろう。


「ゴブザブロウ!」


 顔見知りのゴブリンを呼ぶと、彼は食事を中断して駆け寄ってきた。


「へい、旦那」


「……うん? 何それ」


 エヘクトル城に居たときは俺、お前と対等かつ適当に話していたものだ。ゴブザブロウの態度の変化に戸惑っていると、彼は辺りに誰もいないことを確認してから声を潜めて言った。


「従者が主人に向かって、おいヴェルナーってんじゃ示しが付かないだろう。他の奴らも真似して舐められるぞ」


「そうか、確かにそうだな。済まない、世話をかける」


「せっかく力の差を見せつけたところなんだからよ、ここでビシッと上下関係を構築しておきな。これを怠るとそのうち命令違反とかが起きてそいつを粛清するはめになって、誰も彼もが不幸になるぞ」


「わかった、気を付けよう」


 ゴブザブロウはにたりと笑ってから一歩下がり、まっすぐに背筋を伸ばした。少々芝居がかった仕草に笑いそうになってしまったが、これも自分のためにやってくれているのだと考え、ヴェルナーも応じることにした。


「では旦那、なんなりとお申し付けを!」


「うむ、ゴブリン隊で村を囲み誰も逃げ出さないようにせよ。兵の死体はどうしようが構わぬが、村人は殺すな」


「手足を叩き折るくらいは? さすがに脱走者を無傷というわけには……」


「逃げた場合のみ許可しよう、それくらいは仕方あるまい。行け」


 さっと手を振り、眼でゴブザブロウに問う。こんな感じいいのかと。


 ゴブザブロウも笑って頷いた。そうそう、そんな感じだと。


 ゴブザブロウが立ち去ったのを見計らったように村人が出てきた。


「お待たせしました……」


「案内を頼む」


 まるで処刑台に上がるかのような足取りで男は歩く。その後ろにヴェルナーが、さらに後ろにはいつの間にかアクイラがついてきていた。


 当初、この襲撃にアクイラが参加する予定はなかった。森のなかを進む内に飛んできて勝手に参加したのだ。


「お目付け役ってわけかい?」


「いやあ、暇だっただけさ」


 ヴェルナーもこれを信じたわけではないが、エヘクトル軍の幹部が着いてくるというのを拒むことは出来ないし、エヘクトルへの報告を正確にやってくれるのであればむしろありがたかった。


 村長の家といっても、他と大きさはあまり変わらない。ここです、と言ってドアを開けると男はそそくさと逃げ帰ってしまった。


「なんだい無愛想な奴だな。ちょっと行って土下座でもさせてくるか?」


「やめなよ、彼の気持ちもわかる。僕たちは侵略者だ」


 アクイラはつまらなさそうにフンと鼻息を吹き出すが、特に文句は言わなかった。

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