第31話 砂上の名誉
「エヘクトル様!」
「御大将、ご無事で!?」
騒ぎを聞きつけ魔物たちが続々と集まってきた。侵入者が勇者一行だと気付き、ある者は怯え、ある者は手柄を立てる機会だと奮い起った。
使える奴がいれば幹部に引き上げてもいいと考えながら、エヘクトルは大きく手を振って指示を出した。
「その女を足止めしておけ。勇者は私が相手をしよう」
「よろしいので?」
近くにいたオークが不安半分、ラルフの相手をしなくて済むのだという安堵半分で聞いた。
「構わぬさ。私にも少しは遊ばせてくれ」
総大将の頼もしい言葉に魔物たちは素直に従うことにして、ヘルミーネだけを囲むことにした。
「後悔するぞ……ッ」
ラルフが剣を構えて睨み付けるが、エヘクトルにしてみればそれは勇気ではなく、虚勢だ。
「やってもらいたいものだな」
どこまでも遊びであるという態度を崩さぬエヘクトルに、ラルフは激昂して飛びかかった。
頭を両断してやる。防がれたら腕ごとぶった斬ってやる。そんな気合いの籠った一撃であった。
しかしエヘクトルは軽く身を捻るだけでこれを避け、ラルフの足首を掴んだ。
「不用意に飛び上がるのは良くないなぁ!」
ラルフの身体を軽々と振り回し、投げた。ラルフは木に背中を
なんとか剣だけは手放さなかった。木に寄りかかりながら立ち上がる。
強い。まるで巨大な壁と戦っているようなものだ。仲間の援護がなければこれほどまでに差があるのか。ラルフの瞳に不安の色が宿る。
エヘクトルが散歩でもするような気軽な足取りで近付いて来た。
「君は聖騎士四家の中で最強と聞いていたが、正直なところ私の評価は一番低い」
「……なんだと?」
「一番はマックスだな。彼は良い。勇敢であり、それでいて周りが見えている」
「ふん、ヴェルナーが一番じゃないのかよ」
「人として気に入っているといえばヴェルナーだがね。好敵手としてなら二番目だ。彼の必殺の一撃も、マックスとの連携あってこそだろう」
エヘクトルは懐かしげに微笑みながら胸の傷を撫でた。ヘルミーネが回復し、マックスが隙を作り、ヴェルナーが魔力を叩き込んだ。この傷のなかにラルフはいない。少なくともエヘクトルの記憶には残っていなかった。
「君に足りないものは忍耐力だ。目の前で百人、千人殺されようとじっと息を潜めて機会を窺うような非情さがな」
「目の前で仲間が殺されるのを黙って見ているようでは勇者じゃあない!」
「ご立派だ、それが出来る実力があればな。力が無い、耐えるのも嫌だ、それを吠えて誤魔化しているだけだ。貴様は……」
大きく腕を広げ、首を振って見せた。
「臆病な野良犬だ」
「黙れ、貴様に人物評など求めちゃいない!」
ラルフは突進し剣を横なぎに斬りつけるが、エヘクトルはこれを軽く払った。電撃が流れるが、ほんの少し痺れた程度だ。魔力がかなり弱まっているようだ。
ラルフの息が乱れてきた。剣と魔法を同時に扱っているのだ、疲労は二倍どころでは済まない。全力疾走しながら古文書の解読をしているようなものである。精神的、肉体的疲労は既に限界を迎えていた。
続く袈裟斬りをかわし、返す刃が届く前にラルフの頭と右手首を鷲掴みにして持ち上げた。ラルフはもがき、蹴りを入れるがそんな体勢からの攻撃など何の
「殺して復活されては面倒だ。四肢をもぎ取って飼ってやろう」
みしり、と無慈悲な音がしてラルフの右手首が握りつぶされた。顔を捕まれているせいで悲鳴をあげることも出来なかった。手を離れた聖剣が地に突き刺さる。
「ラルフ!」
ヘルミーネが叫ぶが、魔物に囲まれて仲間を助ける余裕などなかった。足元にはいくらか魔物の死体が転がっているが、今から全て倒してラルフを救助するなど不可能だ。
「寄ってたかって、この卑怯者!」
「そう思うのであれば奇襲などせずに玄関口から訪ねてくるべきだな。少なくとも、以前はそうしていただろう?」
ラルフは魔力を一点に集中させているのだ。何のためか。自爆、の二文字が頭に浮かんだ。
つい先程ヴェルナーの活躍を聞いたばかりだ。聖騎士の末裔が魔力を高めに高めた時、何が起きるかわかったものではない。
反射的にエヘクトルはラルフの頭を握りつぶした。首なし死体が崩れ落ち、握った拳から血と
騒ぎに乗じてか、いつの間にかヘルミーネにも逃げられてしまった。また夜の森に静寂が戻る。
やってしまった、という苦い後悔。次にラルフを少しだけ見直した。
最後の魔力集中は何のためだったのか。
本当に自爆するつもりだったのか。
渾身の一撃でエヘクトルを倒すつもりだったのか。
あるいはヘルミーネを逃がすための陽動であったのか。
「私は一瞬、怯えた。それだけは認めよう」
汚れた右手をじっと見ながらエヘクトルは呟いた。悔しい、恐ろしい、残念だ、そして楽しかった。
いつの間にかタオルを持ったレイチェルが側に控えている。勇者との戦いなど大したことではない、それよりも手が汚れてしまったことのほうが問題だ。動揺する部下たちの前でそんな余裕のパフォーマンスでもしろということか。
茶番と理解しつつ顔を拭き、手を拭くと周囲から安堵した空気が伝わってきた。
この戦いも、もうすぐ終わりだ。
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