第34話 インターミッション

 砦の攻略から一週間後。エヘクトル城で会議が開かれたが席は三つしか埋まっていなかった。


 幹部の一人、木賢人フィニカスは勇者ラルフに殺された。直接戦闘が苦手だということで一段低く見られていたが数多くの植物系、昆虫系魔物を従えていたフィニカスがいなくなると指揮系統に混乱が生じてしまった。


「一軍は得やすく一将は得がたし、か」


 エヘクトルは苦々しく呟き、背もたれに体重を預けた。みしり、と椅子に負担がかかる音がして、後ろに控えるレイチェルが眼だけで問題の箇所を追った。


 かなり頑丈に作られている椅子だが、また交換しなければならないだろう。


 エヘクトルはラルフを精神的な弱さから評価に値しない男と考えていたが、終わってみればエヘクトル軍に一番の被害を与えたのは彼かもしれない。


 フィニカスの配下は誰が次のリーダーになるかで争っており、毎日死者が出るほどだ。魔族は誰もが力の信奉者である。それ自体はいいのだが、一気に王都まで攻め込みたいという時期にまで内輪揉めをしているというのは愚かとしか言いようがない。エヘクトルと幹部たちにとって頭の痛い問題であった。


「フィニカスの後釜はどうしたものかな」


 正直なところ、幹部に引き上げたいと思うほど目立った働きをした者はいなかった。


 アクイラが面倒くさそうに手をひらひらと振った。


「幹部になりたい奴を集めて殴り合いをさせてさ、最後に立っていた奴でいいんじゃねえの」


 良いわけがない、あまりにも乱暴かつ無責任なやり方だ。そうして選ばれた者の戦闘力はともかく、幹部としての有能さには何の保証もない。


 しかし他に方法があるわけでもない。視線を移すと、タコ型魔族のプルポも深く頷き肯定的だ。魔族のあり方を変えねばならない。そう考えつつも結局は先送りになっていた問題だ。


「なんだい大将、不満そうだな」


「万に迫る配下を抱えながら、たった数人の幹部を確保するのがこうも難しいとはな」


「ふぅン、いっそのこと学校でも作るか」


 アクイラの飛躍した話に、エヘクトルとプルポが疑問の視線を向けた。


「おっと、俺は正気だ。まあ聞いてくれよ。ちょいと小耳に挟んだんだが、ヴェルナーの野郎は配下のゴブリンどもに魔法を教えてやる約束をしているんだとよ」


「ふむ、彼らしいな」


「で、そいつをモデルケースだかテストケースにしてだな、強くなりたい奴を集めてどしどし教え込むわけよ」


「己の技術をそう簡単に手放せるものか?」


 プルポの疑問は魔族としては当然のものであった。力や技術は己が高い地位に居るために必要なものであり、技術を伝えてしまえば今度はその相手が自分を脅かすかもしれないのだ。よほど気に入った相手でもなければ、そうそう教えたりはしない。


「あいつがそういうの気にするタイプだと思うか?」


「気にせんのか。人間とはまことに不可思議なものよのう……」


「あいつが特にのんびりしているってものあるだろうけどよ」


 聖騎士四家の中でヴェルナーだけは少し特殊であった。ラルフには聖騎士筆頭としての誇りがあり、ヘルミーネは教会の代表という重責があった。マックスは一子相伝の技を受け継ぐという掟があった。


 ヴェルナーの家にはこれといったしがらみがない。子供のころから魔術の勉強をさせられるちょっと変わった家、程度の認識である。それ故に使命よりも家族を優先させたという面もある。


 深い事情までは知らないが、どこかのんびりとした奴だというアクイラの評価は的を射たものであった。


「で、その魔法学校って感じのが上手く行ったら、今度は幹部を育てる学校を作るのさ。読み書き、戦術、部下のまとめ方とかそういうのを教える」


「なんとも気の長い話だな」


「俺たちは人間どもよりも長い寿命があるんだからよ、むしろ気長であるべきなんじゃねえの? どいつもこいつも結果ばかり追い求めるが」


「それで、講師役はアクイラ氏がやるのか?」


 プルポが聞くと、アクイラは冗談ではないと笑い飛ばした。


「俺みたいな性格の悪い奴を量産してどうするんだ」


「自覚があるようで何よりだ」


「一から十までヴェルナーに任せようぜ。もう知らねえ」


「……それではただの丸投げではないか」


 プルポが責めるように言った。助けてもらった恩義があるためか、どうも先ほどからヴェルナーをかばうような物言いになってしまっている。


「いやいやいや、これがあいつの為になるんだって」


「どういうことだ?」


「あいつの目的は王サマを吊るして家族の仇を取ることだ。じゃあそれが終わった後はどうすんだって話よ。裏切ったりはしないだろうが、目的のない人殺しなんかしたくないだろうし、モチベーションは下がるわな。ならいっそのこと後ろに下げて仕事をくれてやろうというわけだ。どうよ?」


「ううむ……」


 プルポは腕を組むようにタコ足を絡めて唸った。悪くない気がするが、学校というものがいまいち想像がつかなかったのでこれ以上は何とも言えなかった。


 話は出尽くした。アクイラとプルポの顔が城主へと向けられる。


「まず、フィニカスの後任は殴り合いで決めるしかあるまい。王都を落とした後で、アクイラの案は選択肢として入れておこう」


 エヘクトルの言葉に、アクイラとプルポは無言で頷いた。


 渦中の人物であるヴェルナーだが、彼は砦攻略の翌日からずっと寝込んでいた。魔力放出による過労である。己の魔力全てを冷気に変えて放出するという単純かつ強力な魔術は調整が難しい。本人曰く、魔力を出し尽くして死ななかっただけまだマシだという。


 聖騎士の末裔が復活するタイムリミットである十日が過ぎる前に砦をあと一つか二つ落としておきたかったのだが、肝心のヴェルナーが倒れてしまったのではどうしようもない。


 ヴェルナーを無理矢理叩き起こして戦わせようという案は即座に却下された。使える手駒をどうでもいいところで使い潰すなど愚かな選択だ。また、三者それぞれにヴェルナーに対する好意もあった。


 エヘクトルは味方の損害を考えながら言った。


「意外と言うべきか、少々見積もりが甘かったな。城壁を無力化すれば後は容易いと思っていたのだが」


「追い詰められた兵、ひとりひとりの強靭きょうじんな粘りは大したものでしたな」


 武人を愛するプルポはどこか楽しそうでもあったが、アクイラは真逆の顔をしていた。


「敗けが決まった後でよくやるぜ。あれじゃあ強靭というより狂人だ」


「貴殿は敵に対する敬意などは無いのか」


「あるわきゃねえだろ、そんなもの」


 抵抗されれば面倒なだけ、というのがアクイラの主張であった。


「いずれにせよ損害を抑えるためにもヴェルナーの力は必要だ。王都に着いたら兵がいない、では話にならん」


 部隊の再編とヴェルナーの回復待ちということで話し合いは終わった。


 アクイラが腰を浮かせかけて、ふと思い出したように聞いた。


「そういや、ヴェルナーくんのご褒美はどうなったよ」


 と、言ってレイチェルを見た。


 エヘクトルは顎に手をやりながら考える。


「彼こそ戦功第一だ。出来れば大々的に祝ってやりたかったのだが、起き上がれぬのではな……」


 身体を捻って斜め後ろのレイチェルへと向けた。


「レイチェル、君は今からヴェルナーの専属メイドだ。見舞いついでに伝えてやるといい」


「はい、ありがとうございます」


 レイチェルは一礼し、スカートをひるがえして会議室を後にした。その足取りは普段より軽快であるようにも見えた。


 残された男どもの顔にはからかい半分、祝福半分といった表情が浮かんでいる。アクイラだけはからかいの比重がやや大きいようだが。


「彼の戦果を考えれば、メイド軍団でハーレムを作ってやってもいいぐらいなのだがな」


「やめとけって大将。聖騎士の死因が腹上死じゃ笑えねえよ」


 言った当人が一番大きな声で笑いだした。


 戦いのなかでしばし、穏やかな時間が流れていた。

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