第10話 楽しいゴブリン温泉
エヘクトル城に運び込まれると、ヴェルナーはまず大浴場に案内された。何がとは言わないが、彼は色々と垂れ流しであった。
(こんな施設まであるなんて、凄いな)
広くて熱い風呂に入れるなど、王侯貴族くらいなものである。風呂と言えば基本的に
髭を剃り、体を洗っていると背中にお湯を叩きつけられた。何事かと振り返ると、そこには顔見知りのゴブリンが桶を持ってにやにやと笑っていた。
「ゴブザブロウ……」
だったよな、と少々不安であったが、どうやら正解のようでゴブリンは満点の笑顔を浮かべた。
「覚えていてくれたか、嬉しいねぇ。そう、サブロウじゃなくてザブロウなんだ」
問題はそこかよ、と心の中で突っ込むだけにして口にはしなかった。顔で区別がつきにくいというのは本人の前で言うようなことでもないだろう。
「背中流してやろうと思ってな」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「これから御大将に謁見するんだろう? 汚い姿でここから出すわけにはいかないんだよ」
ゴブリンから汚いと言われてしまったのは地味にショックだった。長旅と野宿、それから拘束されたので風呂に入るどころか体を拭く機会すらあまりなかったように思える。腕を引っ掻くと爪の先に垢らしきものが詰まるのを見ると反論のしようもなかった。
「じゃあ、お願いしようかな」
ゴブザブロウは嬉しそうに背後に回り、ヘチマのようなもので背中を擦り始めた。力の加減が上手くないのか少し痛いが、汚れが落ちていく感覚は悪くない。
「君は僕たちを恨んではいないのか?」
「恨む? 何でぇ?」
「僕たちは以前、この城に攻め込み君の仲間を数多く殺した訳だが……」
「なんだ、つまんねぇこと気にすんのな」
苦いものでも吐き出すように聞いたヴェルナーに対し、ゴブザブロウの答えは実にあっさりとしたものであった。
「そんな強い奴が敵のままなら憎ったらしいだろうけどよ、味方になるなら頼もしい限りじゃねえか」
「……味方?」
「おいおい、まさかこの期に及んでそんなつもりは無いだなんて言い出すつもりじゃあるまいな?」
「すまない、ちょっと驚いただけだ。もちろんエヘクトル様さえ許してくれるのであれば、仲間に入れて欲しいと思っているよ。何というか、まだ自覚が湧いて来なくってね」
「ま、すぐに慣れるさ」
背中にお湯がかけられる。案の定、肌がひりひりと痛むが、これもゴブザブロウが一生懸命に洗ってくれた好意の証しと受け取ることにした。
「ここでは強さってのは一番の評価基準だ。強けりゃ過去なんか誰もが気にしない。これから先、役に立つかどうかが問題だ」
「いいね、シンプルで。家柄だけで威張りくさっている奴にうんざりしていた所だから、そういうわかりやすさはありがたい」
「まぁ、逆に言えば強くなけりゃあ肩身が狭いってことでもあるがな」
ゴブザブロウの声はため息混じりであった。彼はゴブリンリーダーやゴブリンメイジなどの亜種ではないノーマルタイプだ。何かと苦労があるらしい。当然と言えば当然だが、ここも楽園などではないようだ。
「だからさ、お前が偉くなったら俺を従者にしてくれよ」
「……何だって? 僕の?」
「強い奴の下に付くってのも、弱者の処世術のひとつだぜ。なあ、頼むよ」
「まあ、僕は魔族の生活には不馴れで、気心が知れて色々と教えてくれる人が居てくれるのはありがたいけどさ」
「そうだろう、そうだろう。この城のことなら何でも知ってるぜ。便所のひびから倉庫のつまみ食いスポットまで何でもな」
「ただ、君はエヘクトル様の付き人じゃあなかったのかい?」
「そんな立派なもんじゃねえよ。いつも暇してる小間使いさ。だから何でもするし、何にも出来ねえ。御大将の側に居られるのはいいんだが、ずっとこのままっていうのもな。……この話やめようぜ、なんか悲しくなってきた」
「わかった、エヘクトル様に君を付けてもらうようお願いしてみよう。僕が偉くなれればの話だけどね。牢屋に逆戻りする可能性だってあるんだ」
ゴブザブロウは裂けた口をさらに大きく広げて見せた。ヴェルナーは噛まれるのではないかと警戒したが、どうやらゴブザブロウは笑っただけらしい。どうもこのあたりの感覚や距離感がまだよくわからない。
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