第12話 生と死の狭間で

 エヘクトルの配下になったとはいえ、いきなり人間を皆殺しにせよと命じられるわけではなかった。基本的な仕事は古文書の整理や翻訳など、牢に入れられた頃と大差は無かった。


 人間と接触したら再度裏切るとでも思われているのだろうか。腕を買われて引き抜かれたのだから他にやることはないのだろうかとエヘクトルに相談したところ、


「君がここに居るというだけで、聖騎士の末裔どもは手出しがし難くなるだろう」


 と言って新たな仕事を割り振ろうとはしなかった。


 魔族の幹部や魔王にも対抗し得る存在である聖騎士の末裔、その四分の一が人類側から魔族へと移ったのだ、戦力差の変動はかなり大きい。


 引き抜きが成功した時点でエヘクトルは大戦果を挙げたことになり、無理にヴェルナーに何かさせなければならないという訳でもなかった。


 エヘクトルから預かった古文書はどれも王都では見たことの無いものであり、これを整理する作業はとても楽しかった。


 人間、特にかつての仲間たちと戦わずに済むことに安堵する一方で、なんとしても王の首を切り落としてやりたいという憎しみも胸の内に渦巻いて、なんとも複雑な気分であった。


 たまにエヘクトルに呼び出され話し相手になるという習慣もそのままであった。以前は当たり障りのない雑談しか出来なかったが、今はどんな情報を流そうが問題は無い。むしろ自分の知っていることで役立てるのであればありがたいとすら思っていた。


 ある日、エヘクトルに招かれ私室へ向かうと幹部格である鳥人アクイラも同席していた。ヴェルナーを塔から逃がしてくれた男だ、特に苦手意識などは無いが彼がここに居る意味は何だろうかと考えてしまう。


「君たちが死んで、復活するという流れを聞きたい」


 エヘクトルの質問にも対して隠す所など何も無いが、話すことが無さすぎて少々戸惑ってしまった。命尽きれば王都へ送られ、教会で目を覚ます、それだけだ。


「どんな細かいことでもいいから話してくれ。どこに聖騎士の末裔を抑える糸口があるかもわからないのでな」


 強敵を倒してもまたすぐに復活し、鍛え直し対策を立ててまた襲ってくる。魔王軍にとってこれほど厄介なことはない。聖騎士の末裔、勇者一行の復活システムをどうにかしなければならないと考えるのは当然だろう。


 ヴェルナーは記憶を辿りながら出来るだけ細かく正確に話し始めた。あまり楽しい思い出ではないが、これも役目だ。


「……それで、復活した直後は後遺症に悩まされることになります。首を斬られて死んだならば首に鋭い痛みが何度も繰り返し走り、焼け死んだのであれば全身に熱と痛み、それと息苦しさも感じます。そうした後遺症が三日三晩続いてようやく治まるのです」


 エヘクトルもアクイラも興味深く聞いている。ヴェルナーは復活時の苦しみを思い出し口にするのも辛いのだが、彼らがしっかり聞いてくれるのであればと気力を奮い立たせた。


「たとえば、エヘクトル様はあの戦士……、マックスという名ですが、彼をどうやって殺したか覚えておられますか?」


「ふむ、確か頭を掴んで握り潰したのだったかな」


「すると彼は頭部を締め付けられるような痛みと、脳みそを直接かき混ぜられるような悪寒を味わっていたのでしょうね。……三日間、ずっと」


「それは悪いことをしてしまったな」


 エヘクトルは冗談めかして笑った。ヴェルナーも場に合わせて微笑みを浮かべようとしたが、唇の端が引き吊っただけだった。マックスの味わった苦しみが理解出来るだけに、他人事として笑うことが出来なかった。


「すると、聖騎士の末裔を倒しても三日でまた活動可能になるということか」


「後遺症自体は三日で治まりますが、身体が上手く動かないのでそれが治るまでに一週間。合計十日ほどかかってようやく完全復活です」


「十日、か。それを長いと言うべきか短いと言うべきか……」


 エヘクトルは顎を撫でながら唸った。聖騎士の末裔を一度倒せば十日間は出てこないという保証がある。どういった場面で活かせる情報だろうかと考え込んでいた。


「ちょいとクチバシを挟んでいいかな」


 と、アクイラが聞いてヴェルナーは頷いて見せた。


「お前らが死んで送られる場所って、王都の教会で固定なワケ?」


「さあ、どうだろうな。送られるのは別の場所で、目を覚ます時に教会に運ばれているだけかも」


「なんだ、自分のことなのにわかんねえのかよ」


「だってその時、僕は死んでるし……」


「うん、まあ、そりゃそうだ」


 会話が途切れ、空白の時間が出来てしまった。今日のところはこんなものかと、エヘクトルがヴェルナーをかえそうとした時、


「あ……」


 と、ヴェルナーが呟いた。


「ひょっとするとアレかな」


「アレ、とは?」


「王城の地下にちょっとした神殿がありまして。女神像が置いてあるだけの、本当に小さなものなんですけどね。死体が転送されるならあそこかもしれないな、と」


 エヘクトルとアクイラが揃って真剣な目を向けている。並の者ならその迫力だけで気絶してしまいそうだ。ヴェルナーも今さら、なんとなく気になっただけですとは言えなくなってしまった。


「神殿自体は小さいけれど、女神像は神秘的な雰囲気が漂っていて、かなりの値打ちものじゃないかと思います。僕たちも旅立ちの日に一度だけ入って儀式を行っただけなので記憶は曖昧ですが……」


「その儀式とは?」


「司祭のつまらない話を聞きながら女神像に触れるだけの、本当にちょっとした儀式でしたよ。触れたときに像が光って、何の意味があったのかと仲間たちと首を捻っていたものです」


 神秘的な神殿。光る女神像。司祭の言葉は旅の無事を祈るようなものではなく、聞き慣れぬ言語であったように思う。


 あれは聖騎士の末裔が不死の力を得るための儀式、登録だったのではなかろうか。両親と妹も古の英雄、聖騎士の血を引いているはずだが死体は転送されずに晒されていた。登録を行っていないからだと考えれば説明がつく。


(そういえば僕は復活の儀式がどのようなものかも知らないな……)


 何故か今まで深く考えようともしなかった。旅立ちの日の記憶ももやがかかったように曖昧だ。思考を制限するような魔術でもかけられていたのかもしれない。


「転送場所がその神殿だとして……」


 エヘクトルが唸りながら聞いた。


「女神像とやらを破壊すれば聖騎士復活の流れを止めることが出来るのか?」


「可能性はあるかと思います」


「可能性、か。絶対とは言ってくれないのだな」


「申し訳ありません。そうした儀式関連の情報は全て王家が握っているもので……」


「いや、こちらこそ無理を言って済まなかった。今までの話だけでも十分に役立ったよ。下がってよろしい。また何か思い出すことがあったら聞かせてくれたまえ」


 復活のシステムを破壊することは魔族の悲願であり、ヴェルナーの話が役立ったというのは彼に対する慰めではなく本心であった。王都の城内にあるということで今すぐどうこうという訳にはいかないが、方針が決まったというだけでもありがたい。


 ヴェルナーは背筋を伸ばし、一礼して立ち去った。


 期待の新人がドアを閉めるのを見届けると、エヘクトルの身体から怒気が漏れ出した。怒鳴り散らしたり暴れたりするわけではないが、緊張感で周辺の空気が震えてしまいそうであった。


「アクイラ、君の手駒から話は聞いていなかったのか?」


「悪いな大将、復活のルールやら女神の神殿だのは初耳だ。なんたって奴とは直接顔を合わせておしゃべりって訳にはいかないもんでな。あんまり細かいこと聞けんのよ。あるいは……」


 と、アクイラは言葉を区切り考え込んだ。顔いっぱいに不信感が広がっている。


「肝心な情報は押さえたままで主導権を握ったつもりなのかもな」


 金と安全保障を求めて通じたスパイに忠誠心など期待する方が無駄なのかもしれない。内通者の小賢しさを不快に思いつつ、エヘクトルは気持ちを切り替えようとした。


「そろそろ本格的にこちらから攻めてみようか」


「遂にやるのかい大将」


「そうとも。王都への進攻、大進攻計画だ」

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