第40話 大罪

 目の前で飛ぶその存在からは、今までファイから感じていた繋がりを確かに感じる。しかし、今までの容姿、進化する前も踏まえ、明らかに系統が変わっていたのだ。


 まず人型へと変わっていた。前より一回りほど小さくなり、それこそオーガほどの大きさへと変わっていた。

 外見はかなり変わり、女性型のマネキンのようになっていた。ドレスを身に纏ったかのようなシルエット、肌は変わらず水色である。背中には4翼の体より大きな翼が生えており、薄く桃色の光を放っていた。

 顔は生まれたばかりの頃に似ており、口鼻はなく、大きな、しかし人の範疇のサイズの目が2つ。目の下にはピンク色のラインが走っている。

 人型の臀部近くからは2匹の龍とも狼とも、人とも取れる摩訶不思議な生物の頭部がついた尻尾が2本生え、それらが俺にじゃれついている。


 ファイの周囲には5つの水晶が旋回しており、それぞれが異なる輝きを放っていた。


 そして一番は……。



「「アキ、ケガ、ない?」」



 ファイが言語を放ち始めたことだった。今まで脳に送られてくる感情を読み取っていたが、今は明確に言語を、声帯を持ってしてか発声している。

 その声は機械的な男と女の声が混ざった、しかし不思議と耳障りの良い声色であった。



「ファイ……だよな?」


「「そう、ファイ」」



 名を呼ばれた事が嬉しいのか俺の周りをフワフワと飛び回る。その様子はほんの少し前まで小さかったファイを彷彿とさせた。

 しかし、ほのぼのとファイの姿を確認している場合ではない。



「ミレーナは!?ファイ、知らないか!?」


「「アイツ、自滅」」


「……自滅?」


「「耐えきれない、爆発、死んだ」」



 ファイが指さす方向には、弾け飛んだ肉の端がそこらかしこに飛び散っていた。

 俺はよたよたと体を動かしその跡地へとたどり着く。ミレーナと判別できる部位はひとつも残されておらず、ただただ先程暴れ回っていた何かの残骸だけがそこにあった。



「「アキ、守る、防御、戦闘、アイツ、爆発」」



 ミレーナが俺を噛んだ瞬間にファイが割って助けてくれたらしい。その後、他の生物を喰らい続けたが肉体が耐えきれず爆発したそうだ。

 確かに、あの時のミレーナは常軌を逸していた。肉体は腫瘍のように膨れ上がり、体のあちこちは血管が切れ出血しては再生を繰り返していた。


 誰の目がみても限界が来ていたのだろう。


 俺はまたしても救えなかったのか。


 力が抜けてその場に座り込んでしまう。



「俺はまた……俺はまた!!!!!」



 声にならない叫びをあげた。後ろからファイが優しく俺を包む。



「「ファイいる、大丈夫」」



 俺はしばらく泣き続けた。




△ △ △




「なんだアイツなんだアイツ!!!!」



 アキが泣き叫ぶ時、はるか遠方にて彼らを監視する存在がいた。その存在は今汗をかきながら必死に木々を渡り逃げている。目は白目のない純粋な黒で、人とは到底思えぬ鋭利な牙を持ち合わせていた。

 彼の名はサルームといい、古参の魔族であった。魔王による命令の元、大罪に基づくスキルを調査、暴走させ人間達を疲弊させようという魂胆の元行動していた。


 サルームは思考誘導に関して魔族随一のスキル使いであり、その力を使って任務を遂行しようとしていた。



 今回のターゲットは【精霊喰らい】のスキル。これは過去の戦争時、魔王軍の七将軍が持ち合わせていたスキルの始まり。サルームの目的はこのスキルを覚醒させた上で自我を崩壊させ洗脳。手駒として扱う予定であった。


 そのため、スキルを使用し彼女を孤立させ、周囲の人間を彼女に対して攻撃的に、残忍にしたのだ。


 スキル覚醒のために必要なことは「経験」、あるいは強い「感情」。


 結果としてミレーナはスキルを「1歩手前」まで覚醒させ、【有無食饌】へと昇華させた。2人の冒険者により疲弊したところを襲うつもりであったが、逃げ、飛来した場所にいた冒険者がいたため、ソイツが喰われるのを遠見の魔眼にて観察していた。


 しかし、サルームが思い描く終わりとは導かれなかった。


 魔眼により精霊をみることの出来るサルームが見たそれは、サルームの数百年にも及ぶ人生の中でも経験のない、異次元そのものであった。


 力量も、魔力も。精霊由来のエネルギーも何もかもが認識できない。しかし、自身を軽く屠れる実力は確実に有している。

 瞬間、サルームがとった行動は逃走の2文字であった。



(あんなものあの戦争時にもいなかったぞ!?!?)



 全力で逃げるサルームは焦りながら思う。大戦争時に末兵であったサルームはかの戦争時の馬鹿げた力をもつ存在達を嫌という程みている。


 七将軍しかり、勇者しかり。魔王でさえも、理解の範疇を超えた異次元の力を有していたが、それでさえも霞むほど圧倒的な、静。



(なんとかして魔王様に伝えなければ!!)


「「どこ行くの?」」



 突如声が後ろから聞こえる。恐怖で振り向くことが出来ないはずだが、自然と視界は後ろを向いていた。



「「はぁ……何で貴方達みたいな存在が生きてるのかしらね。」」



 饒舌に語るその存在をサルームは知っていた。



「きさ」



 逃げようと意識を向けるが、それとは反対にゆっくりと自らの胴体を見上げる。



「「……まぁ、貴方のその力は有用そうだから貰っておくわね?……ふーん、【思考操】ね。」」



 サルームであった肉体は木々から落下し、手足はあらぬ方向へと折れ、捻れる。

 かつて大陸を恐怖の渦に陥れた古株の魔族、「傀儡」のサルームは呆気なくその生涯に幕をおろした。



「「さて、アキの元に戻らなくちゃ!」」



 恋する目をしたその精霊は泡のように消えていく。残されたのは1人の魔族の死骸のみであった。

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