第8話 決死

「何とか間に合った!!!!」



 意識を失っているだろうホランドの目の前に鉄の壁を生み出す。サクリファイスオーガが振り下ろした拳は鉄をひしゃげさせる。

 突如現れた壁に驚くオーガであったが、すぐにこれを生み出した原因である俺に意識を向け、威嚇するように睨みつける。


 今の俺が行うべきは2つ。サクリファイスオーガを討伐し、ホランドを救う!


 高位冒険者が到着するまでに確実にホランド死んでしまうし、コイツが森を抜け出してきたら大惨事になる。

 俺で対応できるかは分からない。けど少なくとも、この街を、俺を受け入れたこの街を守る為には多少の無理は通す!


 サクリファイスオーガの周りには他のオーガは居ないため、特有の傷の転移はない。そのためこのオーガは今ただの高火力オーガだ。


 オーガの周りに俺が今生み出せる最高硬度の劣化ミスリルの壁を生み出す。街の防具屋に唯一置いてあったそれくらいしか、この世界における硬い物を俺は知らないが今はそれしかない。

 劣化ミスリルはオーガの体を押し潰さんと勢いよく飛び出すが、オーガは身をひねりそれを避ける。標的を失ったミスリル同士がぶつかり合い、ミスリル特有の淡い光を放つ。


 俺はぶつかったミスリルを融合させ、蛇に変化させるとオーガに齧り付く。オーガは右腕でそれを抑えるが、その瞬間に地面を沼に変化させ、オーガの足場を奪う。

 地面に意識を取られているうちに俺はオーガの頭上に今生成できる最大量の劣化ミスリルの塊を生み出し、落下させた。




△ △ △




 サクリファイスオーガは、自然に発生した存在ではなかった。我らが神、魔王様によって直々に産み落とされた【新魔】であり、今人間たちにより高位魔物と認識されている大半が魔王によってスキルを下賜され、能力を限界まで強化された存在だった。

 彼らの全てに共通するのは、人が持たないスキルを持つこと。その魔物の種では到達できないほどの身体能力を持ち合わせていること。そして、人が主食であることだった。


 サクリファイスオーガのうちの一体として生まれた彼は、人族侵攻の第1歩としてこの深淵の森へと派遣された。

 誇り高き魔物、いや本人としてみれば自分のことを魔族と認識しているのだが、である自分は、魔王様に選ばれし尖兵であるという自負があった。

 故に森にて出会った脆弱な人類を喰らい、弄んでいたのだが、奇妙な人間に出会う。


 その者は気配が人間のそれとは違うのだが、外見や纏う魔力は人間のものだった。

 扱う魔法は確かに強力ではあるが、自分には到底敵わない。そう考えていたが、足元が揺らぐ。見ると沼のように自分の足が沈んでいたのだ。原因である人間を睨もうとすると頭上から影が落ちているのに気がついた。


 逃げ場がない。流石の自分でもあのサイズのミスリルが落ちてくれば対応できない。サクリファイスオーガに初めて、死、が過ぎる。

 こんな所で死ぬ訳にはいかない。私は栄えある魔王様より生み出された最強の戦士なのだから。

 サクリファイスオーガは沈んでいた自らの足を千切り、全力で地面を叩き移動する。下半身に激痛が走る。


 衝撃。


 山と見間違う程の大きな劣化ミスリルが地面に急速に落下した。落ちた衝撃はマルトル街まで届き、地震と勘違いする者もいた。

 当然目の前にいたアキやホランド、足をちぎり逃れたサクリファイスオーガも例外ではなく、その衝撃波により吹き飛ばされる。


 サクリファイスオーガは、この場から逃げ、他の同種であるオーガを見つけなければならなかった。供物さえ見つかれば、傷を転移させ万全の状態になれる。そうすればあの人間も殺せるはずだ。

 両手で這いつくばりながら深淵の森を進む。血が流れ、意識が薄れていくのを感じるが、それでも止まることは無い。なぜならサクリファイスオーガは誇り高い兵士なのだから。



「なるほど?コイツが原因かな?……随分と手負いだな…。さっきの地震が原因かな?」



 目の前に突然人間が現れる。気配も、纏う魔力も人間のもの。しかもそれは弱き人間がもつソレだった。丁度いいところに餌が現れた。これ幸いとサクリファイスオーガは目の前のご馳走に襲いかかる。


 ズルリ


 サクリファイスオーガが最後に見たのは、別れた自分の半身であった。



「なかなか面白い新人が出てきたみたいジャーーーン??」




△ △ △




「…ド……ホラ………ホランド!!ホランド!!」


「……うるせぇな……誰だよ……。って痛ってぇ………。カティか……。」


「よかった……よかった………。」



 普段勝気なカティが目を赤くしながら俺に縋り付く。

 ……生きている。手足にも感覚が戻っていた。全身はくまなく痛みが走っているが、それでもサクリファイスオーガと相対していた時ほどではない。

 


「…俺は……?サクリファイスオーガは……?」


「アキくんがアンタを助けてくれたの……。」


「アキが……そうか……こりゃ頭上がんねぇな……。」



 苦笑する。死を覚悟した時に浮かべてたアキに助けられるとは。本当に良い奴だよなぁ。



「それじゃあアキにお礼を言わねぇと……アイツはどこに?」



 カティが泣きながら隣を指さす。痛む体を無理やり起こすと、俺と同じくらい体に包帯を巻いたアキがベッドで眠っていた。随分と大きないびきをかきながら。

 俺を助けるために、かなり無茶をしたらしい。こんなにボロボロになって。

 サクリファイスオーガはその後駆けつけたSランク冒険者に討伐されたそうだ。流石高位冒険者だ。しかも来たのはかの有名な「閃光」らしい。後でサインとお礼を貰わなきゃいけない。


 でもその前に。



「ありがとな…。アキ…。」



 俺の横でスヤスヤと眠る恩人に、俺は心からのお礼を伝えた。

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