第7話 窮地

「あぁ!アキさん!ホランドが!!ホランドが!!」


 ギルドへ向かうと血の気の引いた顔で受付嬢が俺に縋り付く。この受付嬢はホランドと恋仲ギリギリの関係なのだが、ホランドに何かあったのだろうか。



「ホランドがどうしました?」


「それは私が説明するわ……。」



 後ろから現れたのはホランドのパーティメンバーのカティだ。勝気な赤髪の彼女だが、いつもと様子が違った。顔半分は包帯が巻かれており、右腕は布で吊るされている。何より左足が無くなっていた。



「カティさん!?何があったんですか!?」


「深淵の森の調査依頼で私たちパーティは森の中枢部まで潜ったわ。……そしたらいたのよ。サクリファイスオーガが。」



 サクリファイスオーガ。Aランク冒険者がパーティを組んで漸く討伐できるレベルの凶悪な魔物である。オーガ特有の岩をも砕く腕力に魔法すら通じない外皮、そしてサクリファイスの名の通り周囲にいる配下のオーガに自身の傷を押し付ける固有スキルをもつ魔物である。本来であれば、深淵の森にいるはずの無い、イレギュラーな存在によって、ホランド達パーティは壊滅させられたようだ。



「ホランドは私達を逃がす為に囮になった…。あれは私達じゃ到底手に負えない相手だったの…。私が…私のせいなの!!」



 泣き崩れるカティ。この街にはBランクまでしかおらず、Aランク冒険者ともなるとどこかの国のお抱えになっている為、直ぐに動くことも難しくなっている。

 冒険者は自由奔放なイメージを持たれがちだが、実際はそうではない。Aランク以上となると、その大半が高い戦闘力やスキルを保持している。その為彼等は貴族連中に女男を宛てがわれたり、地位を与えられたりなどしてゆっくりと周りを塞がれていく。

 そしていつの間にか貴族専門となっていたり、騎士団などに入っているのだ。

 故にこうしたイレギュラーな事態に陥った際、対応が後手後手となってしまう。


 俺は深く息を吸い、カティ達を後にする。



「ちょ、アキくん!?まさか…ダメよ!?」


「何、カティさん。ちょっと用事を思い出しただけさ。」



 それが蛮勇だと分かっていたとしても、俺はホランドを見捨てることは出来なかった。

 アイツはこの異世界でのかけがえの無い友人なんだから。

 俺は深淵の森へ駆け出した。




△ △ △




「ハァ…ハァ…くそ……。」



 手足の感覚がない。だいぶ血を流しすぎたんだろう。頭もフラフラする。

 正直、俺は、俺らはかなり焦ってたんだと思う。Dランクに上がってから2年。Cランクに上がるためにはより多くの、そして高難度の依頼を成功しなきゃいけなかった。

 少し前までは時間をかければ大丈夫だと、自分達に言い聞かせていた。けど、アイツが現れてからその余裕はなくなった。


 アキ。土魔法を扱う新人冒険者だ。最初あいつを見た時、なんとも弱々しいやつだなと、俺らで助けてやらねぇととまで考えていたが直ぐにその考えは改めさせられた。

 アイツのもつ【土魔法】は明らかに異常だった。初めてソレを目の当たりにしたのはアイツが工事現場の手伝いをしていた時だ。俺の倍はあるオーガの姿をした土人形が木材を運んでいたんだ。しかも3体も。

 急いで戦闘態勢に入ったが、あれがアキのスキルによるモノだと知った時は戦慄した。


 本来土魔法とは、地面から壁を作ったり、土の塊を放出したりするのが関の山で土人形なんかは【ゴーレム作成】をもつ奴くらいじゃないと出来ないはずだった。

 しかしアイツはそれをやってのけた。それ以外も土人形にて戦闘を行ったり、最近では金属まで操る。

 アイツは破竹の勢いで俺らと同じDランクまで、1年で上り詰めやがった。


 本当ならEランクから上がるにはかなり時間が必要なんだぜ?それが……。嫉妬したさ。でも嫉妬しきれなかった。アイツ、良い奴なんだよ。人が困ってりゃ依頼じゃなくても手を貸すし、あんな強い力を持ってんのに調子にも乗ってねぇ。

 俺らとパーティ組んだ時も、俺らの邪魔にならないように動いてたし、それにアイツの作ったり土人形の馬が最高だった。


 アイツが俺らのパーティに入ってくれたら……とは思わねぇ。多分、すぐにアイツはC、いやひょっとしたらAまで上り詰めるんじゃねぇかな。

 そしたら俺は周りに自慢しよう。「アイツとパーティ組んだことがあるんだぜ」ってな。……アイツの恥ずかしそうな顔が浮かぶぜ。



「もう終わりか……。」



 木々を掻き分けて喉を鳴らす音がきこえる。サクリファイスオーガ。今の俺が100人いても直ぐに全員殺されるほど、力の差がある魔物。正直あんな奴がいるなんて思いもしなかった。

 運が悪かった。その一言に尽きる。

 確かに深淵の森の調査はDランクが受注できるものにしては破格の報酬だったことは、難易度の裏付けでもあったが、今の俺らならいけると思っていた。それは間違いじゃないと自信を持っていえる。


 考えがまとまらねぇ……。


 すぐ目の前にサクリファイスオーガが立っていた。その目は確実に手負いの獲物である俺を捉えている。顔には愉悦が浮かんでいた。


 くそ…ムカつく……。


 サクリファイスオーガが腕を振るう。薄れいく意識の中、目の前が真っ暗になった。

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