第35話 進化

 森の中をファイ進んで行くと、いかにもな洞窟を見つけた。かなり強い魔力を感じ、これはファイには荷が重いかと考えていると既にファイは洞窟の中に入っていた。

 急いで後を追いかけると、そこには腹をパンパンにしたファイが横たわっていた。どうも、もう食べれないよ〜と考えているらしい。そんなファイに呆れつつも、洞窟内部を見渡す。


 どう考えても何かしらがあったであろう痕跡がそこらかしこに残されていた。特にこの鎖。俺の身の丈はあろう大きさの環がこの洞窟に広がる空間内にこれでもかと残されている。そのどれもが魔力を伴っており、普通の大きな鎖ではないことを物語っていた。


 そこに生息していたであろう魔物をこの満足気な表情をするファイは食らったのであろう。…まぁ恐らくゴブリンやその程度の魔物がいたんだろうと少し楽観視する。



 ファイの体がまた光り始め、ゆっくりと姿を変える。今までとはうってかわり、明らかに全身が変形していた。俺はファイを心配しつつ、変身の最中に邪魔が入ってはまずいと周囲を警戒しながらその様子を見守る。


 光が止むと洞窟全体が揺れ、すぐにおさまる。すると目の前にはファイの面影を残すが、まるで姿が違う存在が浮かんでいた。


 体は見上げるほどに肥大化し、肉体の部分部分が流動している。薄い水色の皮膚は変わらないが、先程までの可愛らしい姿からは一変し、俺の頭部と同じ大きさの目がぎょろぎょろと辺りを見ている。

 ファイのトレードマークであった目の下を走るピンクのラインはそのままであるが、今はそこよりも印象的な部分が存在する。


 それは体の所々に存在する魔物の顔であった。


 流動する皮膚は形を変え、ゴブリンのようになったり、狼のようになったり、まるで内部にそれらの生き物が存在し今にも肉を食い破って出てこようとしているかのようであった。

 それらの顔は怨嗟を想起させる表情をしており、特に時折現れる龍の顔であった。


 もしかしてここに居たのって龍なのか…?と冷や汗をかく。もしそうだとしたらファイってめちゃくちゃ強いんじゃ…。

 この世界でも龍はカーストの頂点であり、高ランク冒険者でさえ倒すのは困難とされている。それを強さはわからないが食らったのは流石精霊、いやファイと驚嘆する。


 姿は変われどやはりファイという存在は変わらず、こうして変化したことを褒めて欲しいという思念が頭に響く。



「凄いなファイ!!…俺も頑張らなきゃな。これからもよろしく頼むぞ!」



 僕が守ってあげる!という思念がとび、思わず笑ってしまった。




△ △ △




 ファイの変化を見たところでそろそろ前の街に戻ろうかと考える。本当ならあの襲ってきた2人組がいる可能性のあるサキノアの街に戻ることはリスクが大きすぎる。しかし、俺にはミレーナの事がずっと気がかりであった。

 同年代の女の子達の凄惨な運命を続けて見てきた為か、学園で虐められている彼女を俺は見捨てることはできない。日本にいた頃にみた虐めについてのニュースが頭にちらつく。


 彼女の力になってあげたい。傲慢かもしれないが、俺は正しいと思ったことをしようと決意し洞窟をでる。すると、目の前から3人の男達が現れた。


 服装はいかにも冒険者という皮鎧やローブで、ホランド達が着用していたものに似ている。恐らく冒険者なのだろう。

 これ幸いと現在地を尋ねる。



「あー、よかった人だ。あのここってどこか分かります?」


「………っ、ここは永龍の住処、貴方は?」


「ええと、俺はアキ、一応Dランク冒険者です。」



 これまでほとんど使用することの無かった冒険者としてギルドから配られる、ランクごとの証明ともなるドッグタグを見せる。



「……そうか、それではこちらから質問良いだろうか。」


「え?はい。なんですか?」


「どうしてここに?」


「どうして……。ええと僕の精霊がここに迷い込みましてね。」


「……精霊?」


「ええと、はい。今僕の後ろで浮かんでますよ。」



 嘘は言っていない。正確には魔物目掛けて突っ込んでいったけど、まぁ迷い込んだようなものだろう。



「……申し訳ないが、身元照会のためソルコアまで同行願えるか?」


「というか貴方達は?」


「俺達は【狐狼の鬣】。Aランクパーティだ。」



 男達3人が胸元から金に光るタグをみせる。俺より遥か高みにいる冒険者じゃないか。Aランクともなると戦闘能力は極めて高く、俺が唯一あったSランク冒険者の一個下であった。

 多分この人達3人を相手取るのは危険そうだ。素直に応じた方がいいだろう。



「わかりました、俺もちょうど何処か街へ行きたかったんです。…この辺りの地理って教えて貰えます?」



 俺は彼らに付いてソルコアと呼ばれる街へと向かった。




△ △ △




「はい、確認が取れました。アキさん、スキルは土魔法ですね。マルトルのギルドに情報が残っています。」


「そうか……すまない、疑った非礼を許してほしい。」


「いえいえ、俺こそ街まで送ってもらってありがたかったです。それではまた。」



 異様な雰囲気の少年をソルコアまで連行、いや付いてきてもらい、ギルドにて身元照会を行う。Aランクであれば、切迫性がある際に自分より下のランクの冒険者の身元情報を開示することが出来る。


 実際彼は全くのシロで、至って普通の冒険者であった。

 唯一、精霊と契約しているようだがスキルは土魔法である部分が引っかかったが、珍しいだけでいない訳では無い。


 道中ソルコアの街や周辺の街について尋ねる姿はまさに少年であり、話を聞くと2人組に襲われて逃げた先がこの森であったらしい。

 俺達もAランク、流石に嘘を言ってるか否かは分かるつもりだ。これで仮に嘘であったら素直に引退を考えよう。




 少年を送り届けた後、再度永龍の封印を見に行くと、そこには何も存在せず、ただ巻きついていたであろう鎖が散らかっていた。


 まさか、あの少年が、と考えるがDランク冒険者であるあの少年がどうこう出来たはずもないとすぐに頭で否定する。


 現に少年は龍は上空へ飛び去ったと話しており、実際に洞窟の天井には穴が空いていた。




 永龍の封印は解かれ、世に解き放たれた事は大変な自体であり、当初は俺達もかなり焦ってギルドへ報告しに行った。しかし、それも杞憂に終わった。


 俺達がギルドへ息も絶え絶えになりながら戻るとそこには祭りでさえも比にならないほどの人集りができていた。その中心には1人の黒い鎧を纏った冒険者が、ギルドの建物ほどの大きさの龍を担いで立っていたのだった。


 偶然にもこの街に訪れていた、Xランク冒険者が1匹の龍を討伐したらしい。冒険者は龍がこの付近を飛び回っていたから討伐したと話していた。


 なんとか人混みを掻き分け、永龍の封印について報告すると、ギルドは封印が解かれた、という状況、そしてこの龍の鱗等が今まで確認されていない物であること、加えてXランク冒険者が苦戦したことを踏まえ、討伐されたこの龍こそ「永龍」であると認定。

 突然の出来事に街は半ばパニックに近い盛り上がりをみせた。



 Xランクはこの世界に10人しかいない、世界の最高戦力。そのどれもが神話とも呼ぶべき逸話を持っており、スキルから戦闘能力にかけて何もかもが桁外れだった。そんな存在を苦戦させたのだから、今この場で倒れる龍が封印されし龍であっても違和感はない。


 報告報酬をもらい、尚且つXランク冒険者に名を知られた俺達は、いや俺の仲間はかなり興奮していた。自分の武器にサインしてもらったり、魔道具で写真を撮ったりと大はしゃぎだったが、俺の頭は嫌に静かだった。


 脳裏には今も尚、少年と対峙した時の濃密な死がこびりついていた。まだ、あの少年が永龍を殺したのではないか、という事実が拭えなかった。




△ △ △




 それから一月。俺はとある雑貨屋に来ていた。



「いらっしゃい。……おおカノン、久しぶりだな。」


「ようサルコ。調子はどうだ?」


「ぼちぼちだよ。今ちょうど休憩に入るんだ。少し待っててくれ。」



 永龍の一件後、サルコは冒険者を辞めた。あの後ギルドの医務室にて何度も発狂していたサルコは何とか正気を取り戻すと、すぐに冒険者を辞めると言い出したのだ。本来であればパーティリーダーである俺は引き止めるべきなのだろうが、サルコのあまりに真に迫る表情を見ると、そのまま見送る事しか出来なかった。



「それで今日はどうしたんだ?」


「……永龍の事だ。」


「……その話か。何も無い、Xランク様が倒したんだ。それで終わりでいいだろ?」


「あの時のお前の怯えっぷりは尋常じゃなかった。……あれは永龍に対して、ではないんだろ?」


「……。」



 押し黙るサルコ。見れば顔の前で組む両手は震えていた。



「……あれは、俺達の、いや恐らくXランクですら無理だ。」


「お前は一体何を見たんだ?」


「……精霊だよ。」


「…精霊…?」



 頭にあの少年の顔が浮かぶ。



「俺と俺の精霊はあの洞窟の奥底まで感知をひろげた。……最初驚いたさ。永龍の封印されていたはずの場所に何もいないんだから。そこにいたのはかなりの高密度の魔力をもつ人間と、異様な精霊だけだった。……でもその精霊は異様という言葉だけじゃ足りなかったんだ。」


「あの精霊は!!!進化したんだあの場で!!!そして俺を見ていた!!俺を喰おうと!!!!俺の精霊は必死に逃げた!!でもダメだったんだ!!!」



 突然サルコは頭を掻きむしる。頭部から血が流れ、俺は思わずサルコの両手を掴む。



「あれは…見ちゃいけない、知っちゃいけない存在だ。精霊と呼ぶのもおぞましい…。あれが、俺の精霊を、永龍を喰ったんだ。俺はあんなの相手にできない。」



 顔を真っ青にしたサルコはそういうと足早に仕事に戻った。


 俺はあの少年が洞窟にいた理由を思い出す。



▲ ▲ ▲


「どうしてここに?」


「どうして……。ええと僕の精霊がここに迷い込みましてね。」


「……精霊?」


「ええと、はい。今僕の後ろで浮かんでますよ。」


▲ ▲ ▲



 俺達は何を相手していたんだ?

 自分に問いかけるが、答えは帰ってくることは無い。

 その場に落ちていたサルコの掻きむしった頭髪には、べっとりと血がついていた。

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