第34話 吸収
なんとか襲ってきた2人から逃げ延びた先はどこか知らない森の中。そもそも彼らが俺を転移した場所自体まだ分かってはいないのだ。がむしゃらに逃げた先が知っている場所なはずも無く。
どこか民家は無いかと森の中を抜けようとするとファイが思念を飛ばしてくる。
どうやら自分の強さを見せつけたいようだ。俺の周りをこれでもかと浮かんで訴えかけている。さの可愛さに負け、思わず了承してしまう。
「危ないと思ったら直ぐに逃げるんだぞ?」
もちろんという楽しげな思いが伝わってくる。俺はファイが相手取るのに相応しい、程よい強さの魔物を探し始める。すると丁度木々の間にゴブリンが1人さまよっていた。
魔法により周囲に他のゴブリンがいないか感知するが、どうやらはぐれゴブリンのようだ。
俺はファイに合図を送る。ファイははぐれゴブリンの元へ飛んでいった。俺もいつでも魔法をくりだせるよう既に周囲の地形を支配下に置いている。
精霊が物理的干渉を受けない、や意図的に接触できる等の情報と実際に攻撃を受けたとはいえ、まだ全容を掴みきれていない。ファイを通じて色々知ろうと事の行く末を見守る。
ファイは素早くはぐれゴブリンの背後をとると、器用に尻尾をゴブリンの首に巻く。ゴブリンを突然のことに驚き、慌て暴れると尻尾に付いていたホーンウルフの顔がゴブリンに噛みつき、その肉を喰らい始めた。
ゴブリンは痛みに絶叫し、無理やり尻尾を剥がそうとするも伸ばした手は空を切る。その様子を一瞥もせずファイはゴブリンを喰らっていた。生きながら喰われ続けている痛みなどからゴブリンは泡を吹き意識を失った。そのうち体は徐々に失われていき、最終的には何も残らなかった。
宙に浮かぶファイはゲップをする。尻尾の2匹も満足そうな表情であった。
「なかなかえげつない攻撃するな…。」
少し引いてると、ファイの体がゆっくり光り出す。それは俺がファイにホーンウルフのエネルギーを与えた時と似た光であった。
すぐに光はおさまり、その発生源であったファイをみる。そこには先程より体が大きくなり、子犬ほどの大きさに変化したファイが立っていた。
ファイから前より複雑な思念を感じる。どうやらゴブリンの魂を吸収したようだった。……お前禁術要らずじゃないか…。
しかし、これで精霊達があのように強力な力を秘めているのか原因がわかった。つまり、このように魔物達の魂を吸収させることで能力を向上させているのだろう。あの天使とまともにやり合わなくてよかったと安堵する。
ファイが自分の方が強い、と怒っているが、そこはまぁ納得してくれ。
それから俺とファイは手頃な魔物を見つけては喰らい、見つけては喰らい。気づけば既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。
ファイは面影こそ残っているがだいぶ姿が変わっており、今はあの天使に負けず劣らず荘厳な見姿に変貌していた。
「お前、1日でこんなに変わるものか?…精霊ってのは不思議な生き物だな…。」
感心したように語りかける俺に、ファイは姿に似合わない子供のような自慢げな笑みを浮かべた。
△ △ △
森の異変にいち早く気付いたのは同じパーティメンバーのサルコだった。アイツは冒険者でも珍しい精霊使いで、【精霊同調】というスキルを持っている。これは契約を結ぶ精霊の五感をスキル保有者とリンクさせる事ができるスキルで、精霊のもつ極めて敏感かつ広範囲の聴覚などを操ることで優秀な探知能力を発揮していた。
俺達の【孤狼の鬣】は先月晴れてAランクに昇進した、まさに新進気鋭といったパーティだった。そんな俺達はこの森、【永龍の住処】の探索を行っていた。ここは遥か昔から永龍と呼ばれる災害認定された魔物が封印される森で、定期的な探索が義務付けられた場所だった。
いつも通り永龍が眠る場所まで赴き、封印されているか、また封印の用いられている魔道具に不備はないかを確認しに行くのだが、その道中サルコが恐る恐る口を開く。
「カノン、いつもと様子がおかしい。」
「……どうおかしいんだ?」
サルコに尋ねる。
「異常なまでに魔物がいない。」
確かに、俺達がここに来るまで出会った魔物は片手で足りるほど。そのどれもがゴブリンなどの低級な魔物であった。
警戒を強める。
永龍に何か異変があったかもしれないと俺達は足を早めた。永龍までの道筋は本来、Bランク帯の冒険者でやっとな魔物が溢れ出る為Aランクの、それもパーティでなければ依頼を受けることすら出来ない。
しかし魔物はそこまで1体も現れず、嫌な静けさが森の中にひろがっている。
そして俺達は不自然なまでに何事もなく永龍の封印される洞窟にたどり着いた。
「ここが永龍の眠る場所…確実にこの森で何かがあった。お前ら、警戒を緩めるな。サルコは感知をより広範囲にしてくれ。他の奴らも魔法を展開、可能な限りスキルの発動準備もしてくれ。」
俺の掛け声に全員が頷き、サルコも精霊と精神を同調させる。
俺が慎重に洞窟へ足を踏み入れようとした瞬間。
「あああああああああああ!!!!!!!!」
サルコが大声を上げだした。
突然の奇行に全員が戦闘態勢にうつる。サルコの目は限界まで見開かれており、鼻や目尻、耳からはゆっくりと血が滴り始めていた。
俺はサルコの肩を掴み体を揺する。
「サルコ!正気に戻れ!何があった!?」
「あああ、この先は行っちゃいけない!!!逃げようリーダー!!??」
「!?まさか永龍の封印が解かれたのか!?」
サルコの、いや精霊の感覚がここまで危険信号を放っているということは、永龍の封印が解かれた可能性が高い。であれば、この森の異様な静けさにも納得がいった。
「違う違う違う!!!!?永龍なんかじゃない!!!これはそんなものなんかじゃな」
サルコは口から泡を吹いて意識を失った。明らかに尋常ではない事が今この場で起きているのだ。
「カーナはサルコを連れて帰還してくれ、今すぐギルドに異変を報告しろ!!俺とナルシス、マッケーは中を確認してくる。」
カーナは頷くとサルコを担ぎ木々を伝いながら帰還していく。あいつはエルフの中でもかなりの瞬足。直ぐに増援を連れてきてくれるだろう。
俺達3人は互いに頷き、ゆっくりと中に入ってくる。
洞窟の中は異様にひんやりとしており、天井から垂れ落ちる水音が空間内に小さく響いていた。
封印される場所までの道は単純で、ただ只管直線を進むだけ。俺達はゆっくり、いつ永龍が現れてもいいよう臨戦態勢を取り続けていた。
すると目の前に影が現れる。
俺達はすぐに魔法を展開、その影目掛けて攻撃を放とうとした。しかし、それは叶わなかった。
明確な死の気配。首元を伝う、存在しないはずの冷気が目の前の存在に対し行動してはいけないことを本能に訴えかけていた。
仲間も同様に動けずにいる。既に尋常ではない汗をかいており、今目の前にいる存在が明らかに自分達の理外にいることを、感じ取っていた。
影はゆっくりと前へと進み、その姿を俺たちの目に現す。
「あー、よかった人だ。あのここってどこか分かります?」
俺らより年下の、薄い顔立ちをした少年が申し訳なさそうに話しかけてきた。
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