第33話 天使
ギルドから逃げ宿へと向かう俺だったが、そのまま帰ることが出来なくなってしまった。それは…。
「……どう考えても俺を追っかけてるよな…。」
俺の上空を飛ぶ、先程の少女に控えていた天使の存在であった。
俺がギルドを飛び出てすぐにあの天使は俺を追いかけており、一定の距離をとってはいるがあの巨体。おそらく精霊使いにしか見えないだろうが、生憎俺は精霊使いみたいなもののため、あの翼をはためかせ1度も瞬きする事無く俺を凝視する天使がくっきりと見えていた。
どうにかしてまけないかと酒場に入り、建物に隠れようとするが流石は天使、いや精霊。壁を通り抜け顔だけだすと酒場の中にいる俺を見つめていた。思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。
広場の人混みの中でも確実に俺を捉えており、逃げることはどうも不可能みたいであった。
観念した俺は歩みをとめ、振り返ると天使を指さす。
「お前の飼い主に聞こえてるかどうかわからんが、言いたい事があるなら直接言え!」
天使は何も言わずこちらを凝視し続ける。まるで彫刻が動いているかのように、人工物かのように思える肉体、というか顔。目は光り、今もずっと俺を見ている。流石に怖くなってきた。
すると天使が突然振り返り、俺と反対方向へ飛び去っていく。…どうやら諦めてくれたか。
そう安堵するのはどうやら早かったようで。
天使が飛び去った方向から、青い制服を身に纏った2人組が歩いてくる。
1人は綺麗な長い金髪を後ろで束ねる美丈夫で、背丈は俺より大きく180センチはあるだろうか。俺の世界でも、そしてこの世界でも人が振り向くまさに美形だ。
そしてもう1人は見覚えがあった。あの天使のおそらく主人、本を抱く少女だ。大きな丸メガネが印象的で、よく見ればかなり美人だ。2人とも確実に俺に用があるらしい。
「アンタらだな?俺にあの天使を差し向けたのは。」
「やはり見えていますか…。ええ、貴方とお話がしたくて。」
「話がしたい…ねぇ。」
ちらりといつの間にか傍に控える天使を見る。両手には光り輝くエネルギーの集合体らしき球が出来ており、常に戦闘態勢になれる雰囲気を醸し出していた。
「俺はここら辺に詳しくないからね、何処かオススメの店はあるか?」
「!……ええ、ノリト。」
「かしこまりました。」
こうして俺はこの2人に着いていくことにした。上手くいけば精霊についても知ることが出来るかもしれないという打算と、正直精霊への対抗策が現実的では無い、という点を踏まえてだ。
△ △ △
「んでこれは……。」
「あら?お嫌いですか?」
「嫌いではない…寧ろ好きだけどさ…。」
熱々の鉄板の上で肉汁が弾ける。今も尚鉄板の熱により焼かれるその肉は俺の鼻腔をくすぐり、よくのった脂が照明の光を反射し夕焼けの海原を見ている気分になる。傍らには肉汁を十分に吸ったしなしなのフライドポテトにブロッコリー、コーンと申し分ない付け合せが乗っかっていた。
目の前の少女はその肉をまるでお菓子か何かのように軽々と食べている。
これはこの街でも人気のオーク肉。その肉感、味わいは豚や牛の数十倍とされており、実際その言葉が嘘とは思えないほど、美味い。
「私が……貴方を……尾行させたのは……他でも……。」
「とにかく口の中が空になったら話し始めてくれ。」
それから数分後、鉄板の上が綺麗になったところで、少女は話し始めた。
「私が貴方を精霊を使って尾行させたのは他でもありません。貴方は神核を持っていますね?」
「…神核…?」
「しらばっくれても無駄ですよ。私の目は誤魔化せません。」
そう言いながらメガネを外す。美少女らしい大きな目は普通のものとは違うようで、瞳に魔法陣らしきものが刻まれていた。
「私の目はあらゆる魂の形を見ることができます。…貴方には2つの魂がひとつの肉体に共存している。そしてそのひとつは私が探し求める、神核と呼ばれるものなのです。それを何処で手に入れましたか?」
「どこって言われても……本当になんの事か分からないんだが。」
嘘である。どう考えても神にお礼と称して渡されたあの赤黒い光のことだろう。目の前の2人は、恐らく俺が天使に直接話すまで尾行し続けただろうし、あまりに信用出来ない。
「本当になんの事か分からないな。」
「そうですか…しらばっくれるのであればこちらにも考えがあります。」
少女が指を鳴らすと、俺のいる場所が荒野へと変わった。
「!?何をした!?」
「ノリトの契約する精霊は転移の力を使えるのです。さて、最後に聞きますが、答える気はありませんか?」
「だからなんの事やらさっぱりだ!」
「仕方ありませんね。さぁ麗しき天使よ!彼を痛めつけなさい!…殺さない程度にね。」
少女の命令と共に天使が俺へと向かってきた。天使の移動を妨害すべく岩の触手を生み出し天使の体を掴もうとするが、まるでそこに存在しないホログラムかのように空を切る。
「あら、精霊に物理的干渉が出来ないことは知らないのかしら?」
こちらを小馬鹿にしたような声が聞こえてくる。現に天使は俺が生み出す岩壁達をものともせず、全て通り抜けて向かってくる。干渉ができないのは精霊側も同じでは、と淡い希望も俺の頬を掠めた槍が打ち砕いていく。
「精霊に決して人は触れられず、反対に精霊は人に触れられるのです。…なんと素晴らしい存在でしょうか。」
これは逃げに徹するべきか、と思案しているとバッグの中でファイが暴れまわる。今の外は危険だとバッグを抑えるが、ファイは外に出てきてしまった。
俺の目の前に飛びあがり、天使と相対するファイ。
天使を威嚇するように鳴き声を上げており、尻尾の狼も唸っている。
ファイが姿を見せると、目の前の天使は動きをとめ、後ろの2人は驚愕に目を見開いている。
「あ…貴方、それは一体…!?」
どうやらファイに驚いているようだ。野良の精霊とはそれほど珍しいらしい。
今が好奇とばかりに、俺は2人の地面を陥没させる。急な地形変化に反応出来ず、落下していく2人。天使は救助に向かう。
その瞬間に俺は反対方向へ魔法を展開する。地面を固め、それにしがみついて移動し始める。地面を波打たせ、速度に乗って逃げる。あっという間に先程居た地点は見えなくなった。
「危ないところだったな、ファイ。」
僕なら倒せた!という気持ちが伝わってくるが、ちょっと難しいかな、と苦笑する。でもそういうところは可愛いな、なんて笑いながら俺らは荒野を固めた地面の上に乗って移動していく。
△ △ △
「テューラ様!?今のは!?」
「落ち着きなさい…。あれは一体なんなの…?」
テューラ・レイスピナは滅亡した王国の第2王女であった。かつて栄華を誇ったかの国は国民全てか精霊に関するスキルを有しており、精霊は同じ国民として密着した生活を送っていた。
人間を精霊が助け、精霊を人間が助け。共存関係の保たれた平和な国であったが、10年前に起きた侵略戦争に破れ滅亡することとなる。
テューラはその中でも天使精霊との相性がとてもよく、今アキへと仕向けた一体の他にも契約を結ぶ精霊がいた。王女という立場上、様々な精霊と触れ合い、知見を広げてきた彼女であったが、今みたあの水色の精霊は本当の意味で初めてであった。
まず、ほかの精霊達と明らかに気配が違うのだ。本来精霊とは混じり気のないエネルギーの塊であるのだが、アキのバッグから現れたソレは様々なものが混じり合い、しかし反発せず綺麗にまとまっていた。
その歪さと美しさに驚かざるをえなかったのだった。
「貴方は一体…。」
既にはるか遠くへと消えた神核と少年を見つめていた。
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