第32話 吸収
光がおさまると目の前に1匹の生き物らしき存在がふわふわと浮かんでいる。直感的にこれが先程の発光体であり、恐らくこれが精霊、なのだろうと感じる。
薄い水色の皮膚に頭部だけ肥大化した人のような身体。見たところ3頭身ほどだろうか。頭部にはこれまた大きな2つの目がついており、魚眼のように瞼がなく、白目の部分はは黒くなっている。目の下からピンク色のラインが走っており、印象に残る色合いとなっていた。
背中には小さな尻尾が2本生えており、その先端は先程のホーンウルフの頭部に似た狼の顔がついており、こちらを見て唸っている。
精霊は俺の周囲を旋回し、俺の肩に乗ると頬擦りしてくる。……可愛い。俺の事を親か何かだと思っているのだろうか。
「精霊、って呼ぶのも変だし、名前つけようかな。」
そう呟くと、俺の話していることが分かるのか喜ぶように宙を舞いだした。発泡スチロールが擦れるような、甲高い鳴き声を放つ精霊を見て名前を考える。
俺はかなり、いや相当ネーミングセンスというものが無いからあまり期待はして欲しくないが。ゲームキャラクターの名前付け何かはかっこいいと思ったのに友人達に「これってお前の弟がつけた?」と言われるほど。ちなみに弟は今5歳だ。
改めて精霊を見る。名前をつけられることを理解しているからかまだかまだかとこちらを覗き込んでいる。その瞳はキラキラと輝いており、まるで宝石のようだった。青い宝石……サファイア?……ちょっと文字って…ファイ…とか?
「ファイはどう?」
名を告げると嬉しそうに俺の顔に張り付く。
ファイと俺との間に見えない糸のような何かを感じた。それは魔力とは違う、なにか別のエネルギーのようで確実に存在するように思える。
「ファイ、これからよろしくな。」
呼応するようにファイも鳴き声をあげた。一緒に尻尾についている狼の頭も鳴いていた。
△ △ △
あれから色々と検証した結果、ファイとは単純なやりとりなら出来ることが分かった。俺とファイの間にある繋がりに意識を向けながら、伝えたいことを強く念じると意思が伝わるようで、反対にファイの伝えたいことも俺に何となく伝わっている。精度で言えばかなり低いのだろうが、それでも十分であった。
ファイは戦う力はほとんど無いようで、俺の周りをパタパタと飛び回っている。羽がついていないのに何とも不思議であるが、そこは精霊の不可思議パワーで浮いているようだ。
ファイがこの街にて見つかるのは色々と面倒な為、今はバッグに隠れてもらっている。どうやらバッグの中もお気に召したようで、嬉しそうな意思がプンプン伝わった。
まだこの街に居る理由として、大きな問題があった。
流石に金がない。
普通にあの生きた砂漠まで行くのに馬鹿みたいに出費し、ここサキノアに来るだけでもかなり金を支払った。まだ生活する分のお金はあるが、魔王討伐を目標にしているには些か、いやかなり資金が足りない。
とりあえず街にある冒険者ギルドへ訪れる。サキノアのギルドはマルトルとだいぶ違う様で、学生で溢れかえっていた。
アゴイニア学園に通う学生達の殆どは強力なスキルを持っている、あるいはそうした技術を学ぶ為か、小遣い稼ぎや社会勉強としてギルドに登録しているらしい。長蛇の列の前に並んでいた冒険者が教えてくれる。
「あそこみろ、ありゃスキル科の学生だ。だいたいどっかの国の王子だったりするらしい。みろ、あの先頭でふんぞり返っている奴。あいつはスントル帝国の王子だ。」
随分と話好きな冒険者が学生達について説明してくれる。
「あの黄色い制服は魔法科の連中だな。全員何かしらの魔法スキルを持ってるらしい。先頭のやつはありゃコルムっていってな。なんと【暴風魔法】持ちらしいぞ。」
神経質そうに周りを睨む女の子。俺より年下そうだ。
「そしてあの青い制服は精霊科。俺にゃあ見えないがアイツらの周りには姿を隠して精霊達がうじゃうじゃいるらしい。…ノータイムで攻撃してくるらしいぞ?」
ファイがいるおかげか、俺には精霊達の姿を見ることが出来た。先頭を歩く偉そうな少年には蛇が巻きついていた。
しかし、それよりも注目すべき存在がいた。
青い制服を身に纏う集団の後ろの方で、本を抱きながらオドオドと歩く少女。その背後を6翼の天使が控えていた。
天使は見上げるほどの大きさであり、頭上には天輪が光り輝いている。目は淡く発光し、神聖さを醸し出していた。
精霊の強さによってカーストが出来上がっているとしたら、100%あの少女がトップなのだろう。
思わずまじまじと見ると、その少女が急にこちらを見る。まるで信じられないような表情をしていた。……見ていることがバレたか…?俺は逃げるように、というかギルドから逃げ宿へ向かった。
△ △ △
「如何しましたか?テューラ様。」
「……いえ…。なんでもありません。」
今の気配は確実に…。しかし、私がアレの存在を把握していないはずはありません。ということは野良で生まれた…?
私達一族が必死に探し求めていた存在が、まさかこの街に現れるとは。思わぬ僥倖だった。
天使の精霊を使役する少女、テューラは思わず拳を握る。先程こちらを見ていた少年は確実に私の精霊を認識していた。そしてその少年の奥底から、私達が求める「アレ」の力を感じたのだ。
何とかして手に入れる、あるいはあの少年を手中に収めなければならない。私は精霊にあの少年を追跡するよう命じる。
天使は頷くと翼をはためかせあの少年が去った方へと飛び去っていった。
「すいません、私急用を思い出して…帰ります。」
「ん?あぁテューラさん、わかったよ。それじゃあね。」
「そんじゃ俺送ってくよ、先やってて。」
金色の長髪を後ろで束ねた、軽薄そうな男がそう提案する。男はテューラと一緒にギルドをでた。歩きながら2人は目線を合わさず会話していく。
「それで、テューラ様、先の少年は…。」
「おそらく、私達が探し求める「核」の手がかりです。」
「!?…なんと。おめでとうございます。」
「喜ぶのはまだ早いわ。今精霊を尾行させてる。居場所を突き止めたら自然に接触するわよ。」
「承知しました。」
軽薄な男と、本を抱く気弱そうな少女は街の人混みに消えていった。
△ △ △
「ここがサキノアか!!うお!!デカい城があるぞ!!」
「あれが学園よ。……あそこに用があるんでしょ?」
「おうよ!俺の魔法モドキをなんとか完成させる鍵は、おそらく学園にある!行くぞ!」
「……ホランド、あんた伝手はあるの?」
「……てへ。」
「てへじゃないわよ!」
かくしてサキノアを舞台に着々と役者が揃いつつあった。
きっかけは小さな小さな火花。
アキは偶然学園で虐められる少女と出会い、繋がりを持った。その際に彼女に与えた、ほんの少しの希望。それは大きな爆発を起こすには十分な火種であった。
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