精霊編

第31話 不能

 街の中心に聳え立つ豪華な城。一見この街の領主か、それ以上の王族が住むようにも思えるそこは階級による差別のない、この世界でも有数の学園であった。


 名をアゴイニア学園。魔法や剣術、スキル等について学び、育てることの出来る有数の機関である。

 前途有望な子供達はこの学園にて自身の持つスキルを伸ばし、はたまたスキルに頼らない技術を学ぶ。卒業生の多くは国に士官したり、冒険者となったりと様々な方面で活躍していた。


 そんなアゴイニア学園が名を馳せている最たる理由の1つが、精霊研究であった。

 精霊とは、魔物や人間と違う、全く解明が進んでいない生命体。

 一説には魔力そのものが自我を持った、ともされているが、その真相は未だ分からない。


 遥か昔、とある男が発現したスキル【精霊感知】を皮切りに世界中で精霊が発見されるようになった。

 精霊の多くは人間が持つスキルと同等の力を有しており、御伽噺のような竜巻や雷、炎を操った。

 その後、精霊使いと呼ばれる精霊と契約、あるいは使役するスキルの発現により人々と精霊はより密着することとなった。


 そしてここアゴイニア学園では世界中の精霊使いが集まっており、精霊に対する理解や新たな発見を求め日々勉学に励んでいる。

 そんな学園内で1人、トイレにてずぶ濡れになる少女がいた。


 精霊科の証である青い制服が濡れて体に張り付いている。よく見ればしわくちゃで、所々が破けていたり焦げていたりしている。

 それを纏う少女はトイレの個室にて俯いており、顔は泣き腫らしたのか赤くなっている。


 彼女の周りには本来いるべき精霊がおらず、たった1人、座っているのだった。



「おいミレーナ!!ここにいるんだろ!?」



 嘲笑うように勝気な少女の声が聞こえてくる。少女はミレーナの入る扉を何度も叩く。少女の周りには他にも笑う声が聞こえていた。



「落ちこぼれなんだからさっさとでてけよ!トイレにいる権利すらないんだけど?」



 爆笑が沸き起こる。

 ミレーナはこの少女たちから虐められていたのだ。正確にはこの少女たち、ではない。この学園に在籍する精霊科の生徒や教師、その殆どからであった。

 ミレーナは悔しげな表情をトイレの扉越しに向ける。その目には憎しみと明確な殺意が込められていた。




△ △ △




 私はとある村で生まれ、平和に暮らしていた。でも、突然私はとあるスキルを発現させた。【精霊■■】。精霊と名のつくスキルであり、黒く塗り潰されている部分があるスキルは前例が無かったため、当時は非常に珍しがられた。

 村の中でも、出世街道を約束されると言われている精霊系統のスキルの発現は持て囃され、皆チヤホヤしてくれるから悪い気はしなかったし、私は一躍ときの人となった。


 が、それも直ぐに終わりを迎えることとなった。


 あれよあれよとアゴイニア学園への入学が決まり、いざスキルを使ってみよ、となってもまるで使い方がわからない。

 スキルの使い方がわからない、というのは希少性の高いスキルであれば良くあることのため、実際に精霊に会わせてみようとしたものの、何も起きず。それから数日ほど検証は続いたが、何の成果も得られず結果私はスキルなしと同等との判断を下された。


 学園側が招いた手前か、退学にはなりはしなかったが自主退学させようと教師は冷遇し、それを皮切りに生徒達も私を虐めるようになった。


 今日もずぶ濡れの制服のまま、私は帰路に着く。寮に住む彼女は他の生徒達と会わないよう遅い時間に帰るため、いつも回り道や散歩してから帰宅するのが日課となっていた。

 今日も街をブラブラしていると、不意に腕を引っ張られた。突然のことのため、力の方向へ抵抗できず引きずられる。足ももつれ、1人転んでしまう。


 顔をあげ、腕を引っ張った原因を見る。そこにはスキンヘッドの体の大きな男がこちらを見ていた。



「遊ぼうじゃねぇか嬢ちゃん…痛いのは始めだけだからよ…?いいだろ?」



 明らかに正気ではないと思わせる表情。一瞬で私の全身を恐怖が襲う。そういえば最近この辺りで暴漢がでるとは聞いていたけど、まさか私があうなんて…。



「いいのかしら!?…私の制服を知らないの!?」


「…!?アゴイニアの制服なのは知ってるさ…グヒヒ…いいねぇ…。」



 アゴイニア学園の生徒の大半は強力なスキルを持ち合わせている、と評判であり、この制服を着ているだけでトラブルは自然と避けていくはず、と思ったが、目の前の男は違うらしい。寧ろ、私が学生である事に興奮していた。



「貴方もタダじゃすまないわよ!?」


「安心しな嬢ちゃん…アンタが弱いってことくらい知ってるからよ。」



 ニタニタと笑いながら男は語る。



「俺のスキル【安心安全】はな、俺にとって危険かどうか、相手のスキルや身体能力を総合して知ることが出来るんだ。俺をすぐに殺せるような相手なら赤、同じくらいなら黄色。雑魚なら緑ってな。嬢ちゃんはとても鮮やかな緑色だ。」



 思わず後ずさりする。しかし引きずり込まれたのは路地裏であり、逃げ場は見当たらない。前の男にも隙がなく、ジリジリとにじり寄ってくる。



「さぁ観念しなグァハッ!?!?」



 飛びかかる男に思わず目を瞑ると、男の悲鳴が突如聞こえる。

 沈黙。恐る恐る目を開けると、そこには私と同じくらいの男の子が立っていた。

 足元には男の子により踏みつけられた暴漢。男を踏みつける足は鈍く銀色に輝いていた。



「ええと、怪我はない?」



 男の子はこちらを心配するようにそう尋ねたのだった。




△ △ △




 俺が着いた街は精霊研究で有名な学園のあるここサキノア。コシから受け取った精霊について知るために来たはいいものの、学園においそれと入れる訳は無いことを考えておくべきだった。

 今から入学することも不可能、というより俺が入学したとして数年も拘束されるのは現実的じゃない。禁術がバレた場合はさらに危険だ。


 そんなこんなで学生に話を聞くため、学園の青い制服を着た人を探して街をぶらついていると、路地裏に引き込まれる女の子をみつけた。歳は俺と同じくらいか、とにかく様子を見に行く。気付かれないように天井へと足場を生み出し登り、2人のやり取りを見ていた。

 するとどうみても暴漢に襲われていたため、上空からヒーロー着地して…と思ったらそのまま暴漢の上に落ちてきてしまった。…死んでないよな?


 少し恥ずかしいがとりあえず女の子の安否を尋ねる。



「ええと、怪我はない?」



 惚けていた女の子であったが、すぐに正気を取り戻したのか慌てて話しだす、



「ああありがとうございます!!」


「ええと、突然なんだけど君ってアゴイニア学園の生徒だったりする?」


「はい、そうです。」


「精霊って知ってるかな?それについて調べててさ。」



 率直に目的を伝えると女の子は顔を暗くした。



「あの…私一応精霊科なんですけど…。」


「本当に!?ぜひ教えて欲しい!もちろん謝礼は支払うよ!」


「いえいえ!謝礼なんていりません!……でも私が本当に教えられることなんてないんです…。」



 そう俯きながら呟くと、突然ポロポロと泣き出した。



「私は落ちこぼれで…精霊とも契約できないし…。私なんて…。」


「えええ!?ちょっ、とりあえず落ち着こう、なにか飲む?」



 急に決壊したように泣き出す女の子。とりあえず彼女を宥めようと俺は街の露店で飲み物を買い、広場にあった噴水近くまで連れてくると、近くに腰掛けて話を聞いた。


 どうやら彼女は自分のスキルが使えないらしく、それによってか学園でもいじめにあっているらしい。…どの世界でも陰湿なモノに変わりはない、と辟易しつつ、自分ではそうしたものをどうこうできないことにも歯痒い気持ちになる。

 俺がXクラスの冒険者であれば学園に口出せる程の権力を持っているだろうが、生憎俺はDランク。まだ下層もいい所だ。金銭には困ってないが、影響を及ぼせるほどは流石にない。



「スキルは…一応俺も似たような話を知っている。」


「ホント!?」


「俺の知ってるのは君や俺と同い年くらいで…まぁスキルについて詳しくは言えないんだけど、時が来るまで使用できなかったんだ。」


「時が来るまで…。」



 俺はキサを思い浮かべながら言葉を紡いでいく。



「結局その子…女の子なんだけど、彼女はスキルを発動させた。どうやらそのスキルを使うには体力とかが足りなかったらしい。一概に同じ、とは言わないけど、スキル発動に何かしらの条件があるんじゃないかな?」


「私のスキルの条件…かぁ。」


「諦めなければ叶う…なんて無責任なことは言うつもりはないよ。まぁでも、頭の片隅にでも入れて置いて。」


「…ありがとう、じゃあ私も精霊について話すね。」




△ △ △




 精霊。【精霊感知】スキルにより発見された生命体の事であり、その多くが強大な力を秘めている。

 精霊は他の生命と少し毛色が違う。人間のように肉体を持たず、また魔物と違い魔力によって構成されていない。全く不明な物質によって存在する精霊は、魔力を使用せずスキルと同等の現象を引き起こした。

 精霊が発見されると、精霊と名のついたスキルが次々と生まれ、今や精霊は当たり前となった。


 精霊は様々な姿をしており、虫の羽が生えた、掌程の小人であったり、腰ほどの大きさをした帽子をかぶった髭男であったり、はたまた角の生えた兎やドラゴンなど多岐にわたる。

 そしてそれぞれが姿に応じた技能を持ち合わせているのだ。例えば、ドラゴンであれば火を吹き宙を舞う。羽の生えた小人であれば、人を惑わす魔法を操る、といった具合に。


 未だ精霊については解明されていないことがほとんどであり、どこで生まれるのか、どのようにして成長するのか。全ては謎に包まれたままである。


 その中でも謎のまま精霊と付き合う者達こそが、精霊の名を冠するスキルを持つ「精霊使い」である。

 【精霊使役】は契約した精霊を意のままに操り、【精霊同化】は肉体と精霊を一時的に融合させることで物理攻撃を無効化し、摩訶不思議な術を操る。【精霊召喚】は文字通り精霊を召喚することが出来た。


 こうしたスキル達により人々と精霊はより密接な関係となっていったのだ。



「……というのが、基本的な情報。」


「なるほど…。」


「そして学園で学ぶのが専門知識になるの。」


「専門?」


「…精霊との契約方法。基本的には秘匿されていて、学園外で知ることはまず出来ない。」



 精霊という強力な存在を、危険思想のあったり、犯罪歴のある人間が契約してしまうと大変な事態になることは容易に想像できる。故に精霊との契約は国や公的機関により厳重に管理していた。


 つまり俺の様に野良の精霊を持っている人間は色々とヤバいってことだな。



「…まぁいいさ、ありがとう。助かったよ。」


「いいの!……私の方こそ、改めてありがとう。助けてくれて。」


「今度また会ったら何か奢ってよ。」


「勿論!」



 そうして俺はミレーナの元を去った。


 それからサキノアの街を軽く観光し、宿に泊まる。ベッドに腰掛け、一息つき思考する。

 あの神が言うに、精霊を進化させる為には魂が必要らしい。……その部分も恐らく秘匿か何かされているんだろうけど、今は関係ない。問題は魂をどう集めるか、だろう。

 俺は鞄の中から慎重に、とある1冊の本を取り出す。


 表紙の劣化し、取り出すだけでもポロポロと塗装が崩れるその本を開き、一文一文読んでいく。

 その本には魂の取得に関する記述が記されていた。


 そう。コシが持っていた禁術本、【命の書】である。


 コシが最期に行った禁術の他にも、生命に関する禁術がいくつか記されている。

 特に今の俺に必要な内容はこの部分だろう。



⚫魂を取り出すことは不可能であるが、禁術により魂と似た性質のエネルギーを抽出することが出来る。


⚫活動し続ける生命体を以下の陣の内側に拘束し、規定量の魔力を流すことで抽出することが出来る。



 陣は複雑であり、かつて見た悪界へと通じる魔法陣に似た匂いを感じる。俺はその陣を確実に記憶していく。

 1度、実践してみる為に俺は街からでて近場の魔物の生息地へと向かった。




△ △ △




 木々に隠れながら移動し、今目の前に1匹の狼がいる。額には身の丈ほどの角を生やし、そもそも一般的な狼より体躯が大きく馬ほどの大きさである。

 今も周囲に警戒をし続けている狼、種族をホーンウルフと言うのだが、それに狙いを定める。


 ホーンウルフを包み込むように魔法を展開し、四方を取り囲むように土壁を生み出す。

 瞬時に反応を見せたホーンウルフであったが、既に包囲は完了しており、逃げ場はない。ならばと自慢の角で壁を破壊しようと動き出すところを、鉄の鎖を生み出し四肢を縛り上げていく。


 鎖に身動きが取れなくなったホーンウルフを確認すると、俺はエネルギー抽出の陣を地面に魔力を展開して描いていく。レーザーで焼かれるように陣が生まれていき、ちょうどホーンウルフの真下に陣が完成した。

 そこにゆっくりと魔力を流していく。どれほどの量が必要か確かめながら行おうとしていたが、この陣は急速に俺の魔力を吸い取っていった。


 それから俺の全魔力の殆どを吸い取ると、陣が光り出す。同時にホーンウルフの身体も同じ光を放ち始めた。自身に起きた異常に対処すべく必死にもがくホーンウルフであったが、次第に動きが弱まっていき、最後にはパタリと動きが止まった。


 ウルフの頭蓋からゆっくりと光る陣と同じ色をした発光体がゆらゆらと浮かび上がる。それはかつてあの神が俺に押し付け、コシが渡したそれと似ていた。

 ゆっくりと俺の前まで飛んでくると、俺の体から似た発光体が飛び出てホーンウルフから出てきた発光体を取り込み始めた。

 事の行く末を見守っていると、先程とは比べ物にならない程の光が起こる。



 思わず目を瞑り、光がおさまったのかゆっくりと目を開けるとそこには1匹の生き物がふわふわと浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る