第30話 出発

 砂漠を進む中、俺は変わり果てた左腕を見る。皮膚は青黒く変色し、大小異なるが人の腕や手が幾重にも重なり合い、それが群体となり1本の腕の化している。

 それぞれの腕は張り巡らされ脈打つ血管が生々しく浮き出ており、日本の俺ならグロテスクさに目を背けてしまうだろう。


 この腕は俺の悪魔との契約による代償であった。


 俺があの悪魔アナリシアと契約をした。それは俺の肉体、魂と引き換えにアナリシアの持つ魔力を一定時間引き出すことが出来、四肢の一部が悪魔へと変貌する、というもの。


 これにより俺は左腕を差し出すことでアナリシアの魔力を使用し、加えて悪魔としての身体能力を活用したのだった。

 アナリシア曰く、俺のミスリルになった右足以外の3本と頭部を含めた、計4回捧げることが出来る。全て捧げ終わった時、俺という存在は消え肉体は新たな悪魔の依代へと変化するそうだ。

 また感情が希薄になることと、1番はランダムで五感の1つを失うことだろう。


 既に俺は味覚を失っていた。


 最早帰る、ということは絶望的であった。


 腕は元よりあった肉体のソレより自由に動かすことが出来る。まるで今ある悪魔の腕こそ本来の自分であるかのような錯覚に陥る程である。一応普通の腕の大きさまで腕達を絡め1本に収縮させる。

 マントで左腕を隠し、俺は砂漠を歩き続ける。最早後悔という気持ちは心になかった。あるのはひたすらに魔王を倒すこと。


 今思えば正気じゃなかったことは確かであった。




 砂漠を歩いていると目の前に魔物が現れる。大きさは俺と同じくらいの人ほどの体躯で、4足でジリジリと距離を詰めてくる。頭部は猪と人を足した様な、嫌悪感を覚える顔。ブルニコである。


 高速で突進し、ぶつかった相手をミンチにするブルニコは油断することなく俺との距離を測っている。

 俺は悪魔の左腕をゆっくりと構えると、キカチマに対して行ったイメージを思い出し、意識する。すると群体として交差しあっていた腕達が急速に解けゴキゴキと音を鳴らしながら長さ、大きさを変えていく。

 イソギンチャクを彷彿とさせるそれは勢いよく移動するブルニコの四肢を簡単に掴み、空中へと持ち上げる。ブルニコは抵抗するがその度に長く伸びた腕がまるで紐のように絡まり、締めていく。次第にブルニコの動きは弱まり、最後には動かなくなる。

 悪魔の腕越しに魂が抜ける嫌な温もりを感じた。




△ △ △




 とある部屋に1人の女が椅子に座っていた。熱心にパソコンのディスプレイを見つめる女は、今までに感じたことの無い興奮を覚えていた。

 部屋の中はゴミで溢れかえり、ここ最近、いやしばらくは掃除すらしていないことが分かる。カップラーメンの残った汁は乾燥し、他の食べ物の残り香と交わり不快な匂いとなっている。


 パソコン周りは比較的綺麗に掃除されているが、周囲のゴミの散乱と比較して、というだけで決して清潔とは言えない。しかし彼女にとってそれで十分であった。


 不意に部屋の扉がノックされる。ノック音に気づくことの無い女はディスプレイを見続けていた。



「エイモニ!!!いい加減でてこい!!!」



 徐々に部屋を叩く音が強くなり、流石の女も気づく。しかし気づいたからといって今「彼」から目を離す道理はない。無視していると、流石にノックの主も思ったのか、扉を蹴破る。



「…なっ!?ティーモス何を!?!?僕の部屋が!!!」


「僕の部屋がじゃねぇぞこの引きこもり!!いい加減でてこい!!」



 ティーモスと呼ばれた赤髪の男はディスプレイに張り付く彼女、エイモニの首根っこを掴むと無理やり部屋の外に出そうとする。



「なんて事するんだ!!!人権侵害だ!!!断固抗議するぞ!!」


「うるせぇ!!人権侵害なんて俺らには通用しねぇだろ!!」



 抵抗虚しくティーモスに引きずられるエイモニ。結局部屋の外に出されてしまった。



「もう既に会合は始まってんだ!お前も来るんだ!」


「…いやぁ、僕にはやることがあってですね…。」


「自分の仕事をまずやってからゲームしろよ。」


「あああー!!!!待っててね!!僕の愛しい人!!あとお前後で扉修理しろよ!!?」



 結局エイモニはそのまま引きずられていった。

 彼女の部屋で独りうつり続けるディスプレイには俯瞰なのかとあるゲーム画面が映し出されている。そこは砂漠で、現在とあるキャラクターが戦闘を行っていた。

 しかしそのキャラクターは、どこかバグが発生しているのか名前表記がない。加えて、片腕が奇妙に変形していた。




△ △ △




 僕は、まだ名前はない。


 まだ産まれてもいないんだ。


 けどね、もう少しなのは確かなんだ。


 僕の主が毎日そう聞かせてくれる。


 主の声は優しいんだ。


 なんだろう、ごめんなさい、みたいな感じのがちょっと残念。


 そろそろ、僕に気づいてくれるといいなぁ。

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